第4話 破局、そして新たな出会い
どこですれ違ってしまったのだろう。
あれだけ好きで好きで仕方のなかった恭子。
「追いかければ逃げるのか、それとも、逃げるから追いかけてしまうのか分からないが、まわりから見て、これほど危なっかしくて、いつ別れてもおかしくないという状態で、まるで首の皮一枚でつながっている状態で、よく交際が続いたものだ」
と後から思えば、そんなことばかりを考える。
恭子の方も、
「もうあんたなんか、どうでもいいわ」
と言って、大喧嘩をして出て行ったくせに、二日も経たないうちに、気が付けば戻ってきていた。
その時の甘え方は、明らかに父親を見ているようで、本当であれば、嫌なはずなのに、甘えられると許してしまう。
それだけ、甘えるのがうまいのか、それとも、甘えられることに快感を得るということに初めて気づいたのか、どちらにしても、甘えてこられると、それまでどんなに喧嘩していようが、何もなかったかのように許してしまう。
そこに自分の度量の大きさを感じ、相手にも感じさせたいと思うのか、甘えというのが二人の間の交際において、一つのターニングポイントを握っているような気がした。
「甘えられることを許せなくなれば、そこで二人の関係は終わってしまう」
と考えた。
逆に別れがあるとすれば、この考え以外にはないのではないかと思えるくらい、普段は別れなどという言葉が入り込む隙のない関係に思えたのだった。
二人の関係がすれ違ったのか、ぶつかった瞬間に、反発しあって、すでに壊れていることに気づかなかったのか、どちらかではないかと思えた。
二人がどうして別れなければいけなくなったのかというのは、結婚が二人の間だけの問題ではないということが大きかった。
そもそも不安定な関係でもあったが、それは、いくつかの複合要素があった。
一つには、洋二による恭子の性格の勘違いがあったのかも知れない。
「彼女には父親がいないということで、自分たちにはない力強さがある」
という勘違いである。
確かに力強さはあった。しかし、それはまだ子供の頃にいなくなった父親ということで、寂しさや、辛さはやっかみを生み、まわりに対しての嫉妬が強ければ強いほど、力強さをまわりに見せつける。
そして、父親のいない寂しさが、まわりに父親を求めることと、まわりが、
「自分たちにはない力強さを持っている」
という勘違いから、彼女のわがままは許容するようになってきた。
すると、彼女は思いあがってしまって、甘えることを覚えてしまう。さらに、自分に逆らう人間を許せなくなってしまい、それがそのうちに自分を孤立に追い込む。
そのうちに彼女のまわりには、彼女を可哀そうだと思う連中と、彼女の正体を知って、憎むべき相手だと思う人に二分される。
彼女を可哀そうに思い人たちに甘え、頼りきりになってくると、そのうちに頼られる人たちに降りかかるプレッシャーが、自分の重みになっていること、その原因が恭子にあることに気づき、そうなると、もう彼女を可哀そうだとは思わない。その時になって彼女の正体を知った人たちは、彼女への敵対をもはや持つことはなく、彼女の前から消えてしまうという行動に出る。
つまり、彼女のまわりには、彼女を憎む人たちしか残らないことになるのだ。
だから、彼女は孤立する。
「私は一人でいる方がいいんだ。一匹狼のようなものなんだ」
と感じるようになると、彼女を憎んでいる人も、迂闊に手を付けられなくなった。
一種の硬直状態とでもいうべきか、孤立した彼女と、対峙するだけになった。
ただ、これは悪い傾向ではない。一人で孤立している彼女を表に出さないという意味での防波堤になっているので、余計な犠牲者を出すことはないと言えるだろう。
それでも、いつの間にか犠牲者は出ているもので、昨年、
「恭子と結婚寸前までいったことがある男性」
であったり、今年のように、洋二が転勤してきたりと思惑通りにはいかないものだ。
彼女と結婚寸前まで行った人のことを、恭子はずっと洋二に何も言わなかった。
しかし、二人の関係がぎこちなくなっていたある日、恭子は洋二の胸の中で泣き出すのだった。
今までに涙を流すことは何度もあったが、それは申し訳なさそうに泣いている様子だったが、その時は完全に本気で泣いていた。
「どうしたんだい?」
となるべく優しく聞いたつもりだったが、さらに強く泣き出した。
「今日は、そんなソフトに言われる方が、却ってきついの。私にだって、本気で泣きたくなることだってあるわよ」
と言った。
ということは、今までの涙は、そのほとんどが本気ではなかったということを言っているのと同じであるが、本気で泣いている恭子の顔を見ていると、そんなことはどうでもよかった。
その時に感じたのは、
「何をそんなに本気で泣くことがあるのだろう?」
ということと、
「実際にそこまで本気で泣きたくなるというのは、彼女にとってどういう時なのだろう?」
ということであった。
その涙の理由を彼女は少し落ち着いてから話すようになった。その頃には涙のわけが少しだけ分かっていたような気がしたが、どうも涙の根底にあるものの正体だけは分かっていたようだった。
「実はね。私が昨年まで付き合っていた人が、この間亡くなったの」
というではないか。
涙のわけが、その人にあるだろうということは分かっていたが、まさか、そこに死というものが絡んでいるとは思ってもいなかった。恭子を見ていて、彼女はどうやら、大切だと思った人は、ことごとく死んでしまう運命にあるのかと思うと、一瞬ゾッとした気がした。
「この間、お葬式に行ってきたのね。彼も父親を早くに亡くしていて、おねえさんが私の相手をしてくれたわ」
という。
「おねえさんというのが、しっかりした人で、私に対して、しっかり生きてほしいと言っていたの。そして、最後に、これで吹っ切れたでしょう? と言われたんだけど、それが本当につらくて、涙が止まらなかったの。でも、その言葉があったから、あなたに彼のことを話してもいいという気にさせてくれたのよ。私が思うのに、きっとおねえさんは、二人の関係は実に狭い範囲でのことだったので、吹っ切ることができると、表の広い世界に出ることができると言いたかったのだと思うの」
と、恭子は続けた。
「なるほど、そうかも知れないね。恭子にとって、彼がどういう人だったのかは、僕には分からない。だから、決して君を譲り受けたなどとは思っちゃいないさ。それよりも、君は君の意思で僕と付き合ってくれることを選択したんだよ。その時に、僕は君が吹っ切ってくれたんだと思ったけど、違ったのかな?」
というと、
「私もそうだと思っていた。でも、心のどこかで彼の存在を感じていたのよね。そんな時というのは、自分が自分でいられなくなる時で、あなたに反抗的になったり、自分が分からなくなったりする時だと思うの。そんな時、私は、きっと甘えているんだわって思っていたんだけど、今から思えば、確かに甘えていたんだけど、それは自分に対して甘えていたということだと思っているの。孤独を理由にしていた自分が、なんだか恥ずかしい気がしてきたわ」
というではないか。
洋二は、恭子がそれで、前の男性を吹っ切ることができ、いよいよ自分との本格的な交際が始まるものだと期待していた。
しかし、実際にはそこまでうまくいくようなわけでもなく、洋二に対してどこまで真剣だったのだと感じさせるのだった。
確かに、恭子のことを愛していた。だが、本気だったという気持ちに変わりはないという思いはあるが、果たして、
「本当に愛していたいた」
と言えるのかどうか、怪しいと思うようになっていた。
愛とは何なのか?
愛というのは、人が好きだと感じる、恋というものが、覚醒したものが愛だと言われているが、洋二もその通りだと思っている。
人を好きになると、自分もその人から好かれたいと思う。その時に、
「好きだから、好かれたいのか? それとも、好かれたから好きになろうとしているのか?」
ということが頭に浮かんだ。
ただ、男としては、後者であってほしいと思っている。まずは、女性に好かれるということが大切なことであって、好かれたことが自分に喜びと自信をもたらす。自信を持つことで、自然の好きになることもできると思うことで、
「どちらが本当の感情なのか?」
ということが分からなくなる。
この時点が、恋なのではないかと思っている。
だから、交際というのは、基本は恋から始まるもので、付き合っていくうちに、相性が心身ともに合っているのかどうかを考えて、合っているということを相手と気持ちを共有できた時、それが愛に繋がるのだと思っている。
つまりは、まだ、お互いが好きだという感覚が成長していない間は、恋であり、お互いに好きだという気持ちを共有し、その理由を理解しあうことができて、初めて愛だということになるのだろう。
洋二は、自分が恭子と、愛し合うところまでは行ったと自分では思っていたがどうなのだろう? 愛し合っているからこそ、結婚を考えるようになったのではないか。
洋二が一人で勇み足をしていたのだとすれば、それはまだ恋でしかなかったということだ。
そんな状態をまわりは、冷ややかな目で見ていたに違いない。
怪しいと思っても、もう引き返すことができないところまで来ていることに、洋二も分かっていた。
先に進むにも戻るにも、足が竦んでどうすることもできないという、
「吊り橋の、中腹」
まで来てしまっているのだ。
「行くも地獄、戻るも地獄」
の状態を、いかにして突破できるかというのが、問題だった。
そんな状態を見ていたからなのか、途中まで親も賛成してくれていたのに、急に冷たくなった。
「お前はまだ会社に入ってから間もないじゃないか。恋愛にうつつを抜かしている場合ではないのではないか?」
と言って、結婚を焦る、いや、焦っていることには気づいていない洋二にそう言った。
確かに洋二とすれば、
「結婚してしまえば、何とかなる」
という思惑があった。
ただ、相手の親からせかされたわけではない。恭子の方では、
「早く結婚してm親を安心させてやりたい」
という気持ちがあるようだ。
相手の母親も、洋二のことを悪い人だとは思っていないようで、完全に賛成というわけではないが、反対する理由もないというところで、理解のある母親だと言ってもいいだろう。
そうなると、一人勇み足を踏んでいるのが、洋二だった。
洋二とすれば、
「恭子の心の中に、まだ前の人の意識が残っている、それを打ち消すには結婚するしかない」
と思っていた。
恭子の中に、前の人を意識するつもりがあったかどうかハッキリとは分からないが、無意識のうちに、洋二を前の男性と比較対象にしているのが見受けられた。
洋二にとって、これは容認できることではない。なんといっても、比較された相手がすでにこの世にいない人で、自分のまったく知らない相手だということだ。
競争しようにもどうすることもできない。そうなると、恭子を完全に自分のものにするしかないという考えに至り、勇み足になってしまったとしても、それも無理のないことではないだろうか。
恭子というのは、無言で相手に圧を掛けることに長けている女性のようだった。しかも、洋二は、そんな女に引っかかりやすい男性だったともいえるかもしれない。
つまり、
「この女にして、この男あり」
というべきであろう。
父親は冷静に見て、二人をそう分析した。
「こんな女に息子が騙されているのを、黙って見ているわけにはいかない」
というところである。
しかし、結婚に関しては賛成した以上、今さら理由もなく反対するのは大人げない。そうなると、適当に理由をつけることになるのだが、仕事を持ち出すのは、理由としては妥当であろう。
しかし、実際に言われる洋二としては、
「あからさまな反対をしたいから、仕事を持ち出したんだ」
と思い、逆上してしまう。
もし、父親がこのような姑息な手を持ち出さなければ、ひょっとすると、自力で現状を理解し、解決できrだけの素質を、洋二は兼ね備えていたのかも知れないが、父親のそんな露骨なやり方が、火に油を注いだのだった。
だから、今度は父親に対しての嫌悪から、
「親子喧嘩」
に発展してしまったのだ。
静かに状況を見極めれば、何とかなったかも知れないが、その時点で、もう破局は決定的だったのかも知れない。
後は、どのように推移するかであったが、やはり悲惨な方向にしか行かないのが世の中の常とでもいうべきか、仕事も手につかず、まわりをいろいろ巻き込んで、結局、二人は歌曲。そして、洋二は転勤を余儀なくされた。会社としては、当然のことだろう。
しかし、私恨として残ったのが、親子喧嘩だった。親の思惑通りにはいったが、息子は親を決して許さない。事なきを得たのは間違いないが、気持ちも分かろうともせずに、引っ掻き回されたという気持ちが大きかったのだ。親に対して、
「絶対に許さない」
という気持ちが、ある意味、生きる糧になったわけだから、世の中一体、どうなっているのだろう?
そんな応対でも、仕事はうまく転がるもので、転勤で半年倉庫の仕事をさせられたが、その後、本社へ移り、今度はシステムの仕事という、まったく畑違いの仕事に就くことになった。まわりは、
「おいおい、結構な出世じゃないか。システムって花形なんだぞ」
と言われたのだ。
最初は、システムというところがどういうところなのか、まったく知らなかった。
「伝票の入力でもするところじゃないのか?」
という程度にしか話を聞いていたわけではないので、
「何だ、単純な事務作業か?」
と思っていたが、実際に行ってみると、いろいろな機会が並んでいて、パソコンが長机の上に並んでいた。
当時は、ノート型のパソコンというと珍しく、ブラウン管型のデスクトップで、場所もそれなりにとっていた。
今のように、一人一台などという時代ではない、しかも、パソコンというのは珍しく、当時はオフコンや、汎用機と呼ばれる大型コンピュータが主流であった。
しかも、まだマウスなどのない時代である。キーボードの矢印キーで、カーソルを操る時代だった。
さらに、今のように、一般の会社員が扱えるような表計算ソフトがあったわけでもない。資料もまだまだ手書きが多く、コンピュータというと、専門技術を会得した人が、プログラムを開発することで、社内をシステム化する時代だったのだ。
だから、システムの人間というだけで、専門技術を持った人間という目で見られるというわけである。
そもそも、システムに配属になった時点での洋二は、まったくそんなことすら知らなかった。
自分がプログラマを目指すなどということお分からず、コンピュータメーカーが主催する、
「コンピュータの基礎」
という講座に一日行って、まずはどういうものなのかということを知り、その後で、一週間ほどみっちりと、コンピュータ言語の基礎を勉強しに行ったものだ。
その時は一人ではなく、新人の後輩がいたので気が楽だった。
彼は、当時まだ珍しかった、コンピュータの専門学校を出て入社してきた。
「軽く齧ったくらいですよ」
と言っていたが、洋二には先生に見えた。
後輩の方としても、
「先輩は、こんぴょうたに関してはずぶの素人だけど、会社の業務に関しては、二年間も支店にいたこともあって、よくわかっているんだろうな」
という尊敬の目で見ていてくれたようだ。
会社もそんな二人を一緒に勉強させることで、それぞれにいい影響を与えようと考えていた。
システム部の中でも、お互いに競いあって、レベルの底上げをしてくれることで、全体のレベルアップにつながると踏んだわけだ。
その考えはズバリ当たり、ちょうどその頃から開発すべき案件がたくさんあったので、それに順応できる二人は、十分な戦力だった。
洋二の方もプログラム開発の方も、一年も経たないうちに、かなりの開発ができるようになった。しかも、支店の業務を知っている人はほとんどいないので、強みがあったのだ。
しかし、ちょうどシステムに入って、メーカー研修も終わり、先輩からのシステム講座を受けている頃だっただろうか、恭子との間が破局に向かっていた。
その時は、父親と恭子との間の板挟み状態だった。
恭子の方では、
「お父さんもちゃんと説得できないなんて、何て情けない人なの?」
という罵声を浴びせられ、父親からは、
「男のお前が相手に合わせてどうするんだ。もっとどっしりしていればいいじゃないか」
と言われた。
「何言ってるんだ。お父さんがもう一度、認めると言ってくれれば、俺だって、こんなに焦ったりなんかしないんだ。どうして、どいつもこいつも、俺の考えを裏返すことばかりしてくれるんだ」
と、声にならない憤りを感じていたのだ。
本当は逃げ出したいくらいの衝動に駆られていたので、何とか取り持っていたが、そのうちに、まず恭子の方が切れた。どっしりと落ち着いている父親が切れるわけもなく、分かり切っていたことだったが、おかげで、父親に対する恨みは決定的になった。
恭子に対しても、
「裏切られた」
という思いが強く、結局自分だけが吊るしあげられて、損をしたということで、いらだちは激しかった。
そのまま最後は逃げ出したのも無理もないことだったであろう。
あれは、会社の近くの近くのスナックに立ち寄った時だった。ちょうど、自分と同じくらいの年の人が、酒を飲みながら、店の女の子と話をしていた。カウンターで、二人とも正反対の位置に座っていたので、相手から話しかけられることはないだろうと思っていたが、相手の方から気さくな感じで話しかけてくれたので、ちょうどママさんは仲介してくれる感じで、お互いに仲良くなれた。
同い年くらいと思ったのだが、彼は田舎の高校を卒業してから、都会に出てきたという、自分よりも、四つくらい下の青年だった。
無精髭を生やしていて、神もボサボサなので、自分よりも年上かと思ったが以外だった。
最初に見た時は、よほど何かがあったのか、完全にくたびれた様子だったので、最初の日は、声を掛けることもしなかったが、次に出会った時は、無精髭だけは相変わらずであったが。髪の毛はちゃんと整えていて、服装もスーツ姿だったので、見違えたほどだった。
最初に声を掛けてきたのは、その青年だったが、ママさんがすぐにフォローに入る。その頃には、洋二も常連になりかけていたので、ママさんも協力的だったのだろう。
「彼は田舎から出てきて、一人でいることが多いということなので、仲良くしてあげてくれるかな?」
と言われたので、こちらも、
「いいですよ」
と受け答えをした。
その言葉に彼も感動したのか、
「ありがとうございます。私は、大学を出て今の会社に入って三年目になります。本社勤務なんですが、本社に来たのはこの春からなんですよ」
と言った。
時期的には、そろそろ蒸し暑さが出てくるという七月初旬くらいだっただろうか。
梅雨の時期真っただ中であったが、その年はあまり雨が降っていなかったので、水不足が心配された年であった。
彼は名前を山沖君と言った。
山沖君は、洋二のことを、
「川崎君」
と呼ぶ。
「高校生で就職した人間は、礼儀を知らないのか?」
とも思ったが、下手に反発することも嫌だったので、別にやり過ごしていたが、そのうちにため口になってきたのだが、すでに気にならなくなっていた。
ただ、彼は田舎から出てきて、就職してから勉強したのだろう。社会のこととか、政治経済の話など、結構詳しかった。
話をしていて、頼りになると思ったので、洋二も山沖君には一目置いていた。
それは知識が豊富だというよりも、勉強熱心なところに感動したのである。高校卒業してから都会で就職しようと思っただけのことはある。
「ちょうど今年二十歳になったので、やっと大っぴらに酒も飲めるし、タバコも吸えるようになったんです。しかも、選挙権まで与えられたので、今度の戦況にはいきますよ」
と、選挙を楽しみにしていた。
令和になってやっと選挙権が十八歳からになり、それに遅れて、飲酒喫煙以外の二十歳からという年齢は、すべてが、十八歳になり、法律的に、未成年は、
「十八歳未満」
ということになるのだ。
つまりは、犯罪を犯しても、十九歳も、十八歳も、
「少年A」
ではないのだ。
少年法で守られるため、実名をさらさないということで、マスゴミによって公表される時の名前は、当時、
「少年A」
というのが主流だった。
今はそんな言葉をいう人もいないので、分からないだろうが、そういえば昔、アイドルのヒット曲で、
「少女A」
というのもあった。
同じ含みの言葉なのだろう。
それにしても、今までにも未成年であっても、残酷な犯罪があり、彼らにも、
「成人と同じ罰を」
という話題も結構上がっていた。
そんな山沖君と仲良くなったことで、その店に頻繁に行くようになった。当時はまだバブルが弾けた状態が給与や賞与に大きく反映してくる前だったので、毎日飲み歩いても、何とかなった時代だった。
ただ、恭子と別れたショックは潜んでいて、そのショックをいかに紛らわそうかということで通い始めた店でもあった。
元々は会社の先輩に連れていってもらったのがきっかけだったが、先輩も最近はなかなか行かなくなったので、ある意味、体よく洋二を連れていくことで、
「彼が自分の代わりに常連にでもなってくれれば、このままフェイドアウトができるのにな」
ということを考えていた節がある。
ある意味利用されたと言ってもいいのだろうが、お互いによかったのではないだろうか?
山沖君とつるむようになって、山沖君の会社の人もこの店を使う人が多いというのは聞いていた。どうやら、山沖君がここの常連になったのも、洋二と変わらない理由らしいのであった。
そんな洋二に転機が訪れたのは、ある日、二人の女の子が飲みに来た時のことであった。その時、一人の女の子に、気軽に話しかけている山沖君を見た。
「どうしたんだい? 友達なのかい?」
と聞くと、
「いやいや、うちのパートで来てもらっている人の娘さんなんだよ。よく会社にも顔を出していたので、会社の人も皆馴染みになっていてね」
というではないか。
「そうか、そうなんだ。じゃあ、気軽に話しかけるのも無理もないことだね」
というと、
「うん、だけどね、彼女には彼氏がいるんだよ」
というので、
「おお、それは残念だね」
洋二としても、自分が残念にも感じるほどであり、そういうと、
「それでも、彼氏の方とも俺は仲がいいので、そうでもないんだよ」
というではないか。
なるほど、そうでもなければ、こんなに気軽に話しかけることなどできないのではないだろうか。
それを思うと、洋二も納得できた。
「そっか、だったら分からないでもないな」
「うん、ここでも何度か会ったことがあるからね。お母さんと一緒に来ていることもあったし、彼氏を伴ってきている時もあった。さらに三人で仲睦まじい姿を見せてくれたこともあったからね」
「じゃあ、今日一緒に来ている彼女は?」
と聞くと、
「ああ、一度見たことがあったかな?」
という程度であった。
思ったよりもリアクションは低かったので、山沖君が彼女のことを気にしているわけではないということは分かった。
それが分かって、洋二は安心した。正直、彼女には不思議な魅力が感じられ、あどけなさすぎるくらいにあどけない。同じあどけなさでも恭子に感じたものとは明らかに違っていた。
もし、恭子に対しての未練が残っていなければ、
「彼女に対して一目惚れしたレベルかも知れないな」
と感じたほどで、失恋の痛手を少しでも忘れようと出かけたスナックで、理想と言える女性と出会ったというのも、運命のようなものかも知れない。
話しかけることも容易にできた。
酒の席だというのもあったのだろうが、彼女は自分から話しかけやすいタイプに見えたのだ。
ただ、若干暗めの女の子で、ある意味スナックには似合わないタイプであったが、友達の彼女が結構、口が悪い方で、その中和剤という意味では、重宝されたのかも知れない。
洋二が、彼女に興味を持ったのを察した、彼女の友達は、すぐに、
「おせっかい」
を焼いてきた。
「面倒見のいい」
という性格だと言えばそれまでなのだろうが、どちらかというと、主従関係のように見えている二人の県警性を象徴しているかのようだった
引っ込み思案の彼女は明らかに従であり、口の悪さから感じるその主張は、主であると言えるだろう。
それを思うと、
「彼女は、引き立て役なのかな?」
と思い、
「俺が守ってあげたいな」
と思うようになった。
一目惚れではないが、このような気持ちになったということは、それだけ彼女のことが印象に残ったのだろう。
同じあどけなさを好きになったということも、洋二には強いインパクトがあったのだが、いいことばかりではなかった。
何とか紹介してもらって付き合うようになったのだが、洋二の中ではまだ恭子を忘れることができなかったという理由で、どうしても、彼女と恭子を頭の中で比較してしまって、必要以上に考えなくてもいいくせに考えてしまうようになったのだった。
それが比較することであって、
「そんなことをしてはいけない」
と思えば思うほど、どうしようもなくなっていたのだった。
だが、これが運命の出会いであるというのは事実のようで、二人のことを、友達も、山沖君も悪くは言わなかった。そのこともあり、二人は付き合うようになった。ちょうど、二人にとって、人生の頂点が見えていた頃だったのかも知れない。
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