第2話 トラウマの正体?

 しかし、二つ目の支店においては、それまでの感覚と若干違っていた。最初こそ田舎だと思っていた土地において、パートさんなどは常に声をかけてくれて、嬉しかったものだ。倉庫の人たちも結構声をかけてくれていて、都会の話をしてほしいとよく言われた。

「これが田舎の人の人情というものなのかな?」

 と思い、話に興じていると、

「ずっと前からここに住んでいたような錯覚を覚えた」

 と感じるほど、自分が街というよりも、人間に馴染んでいることが嬉しかった。

 そう思っていると、この街もまんざらでもないような気がした。方言も前の支店よりもそれほどのことはなく、どちらかというと標準語に近い気がした。

 さらに都心部は本当に都会を思わせたが、ただ、それも駅前の一帯だけで、少し入れば、田舎丸出しだったのだが、それでも、都会を懐かしく思わせた。

 ただ、そんな田舎の人情にほだされていた時期が、想像以上に短かったのは、自分でも思ってもみないことだった。

 まだ、支店にも、街にも慣れていない間であったが、パートさんなどが、自分のことをあまりよく言っていないというウワサが流れてきたのだった。

 そのウワサをしてくれたのは、事務の女の子で、最初の頃は陰から洋二のことをじっと見つめるだけで、ちょっと気持ち悪いというくらいに感じていた女の子だった。

 入社六年目ということだったので、事務員としてはベテランだったが、その顔は、正直一目惚れしたレベルだった。

「こんなにかわいい子が、この世にはいるんだ」

 と思ったほどだったのだが、最初の頃はまったく会話もなかった。

 いつも睨まれているような感じがしたので、何を話していいのか分からず、ただ、相手も自分を意識してくれているという思いはあった。

 それでも、睨まれていることで何もいえず、距離を詰めることはできなかった。だから、こちらも相手と同じように陰から見つめているような感覚だったが、どうやら、そういうことはできないので、相手やまわりに簡単に悟られていたようだった。

 どちらが最初に声をかけたのかというと、洋二の方だった。

 転勤してすぐ、その頃は会社でも社員旅行というのがあった。毎年恒例の九月の末か、十月に行われるもので、ちょうど転勤してきてすぐの社員旅行では、皆と仲良くなれるのにはいいきっかけになるのではないかと思った。

 若い人も支店には数人いた。まだ二十代くらいで考えると、三、四人はいただろうか?

 倉庫に三人と、営業に一人、もちろん、女性事務員はのけての話であった。

 女性の好みの話になると、自分がかわいいと思ったその女性のことを、気になると言った人は誰もいなかった。

「川崎君は、彼女のことが好きなんだよな」

 と一人がいうと、後の二人は分かっているくせに、

「誰なんだい?」

 と聞くではないか。

 満を持したかのように、

「高梨だよ。高梨恭子」

 というではないか。

 まさにその人が、洋二の思い人であり、なぜか人気のない女性だった。どうして人気がないのか聞いてみたかったが、聞けないのを察したのか、もう一人が、

「ああ、高梨さんね。あの人はちょっとな」

 というので、

「ちょっとというのは?」

 不安に駆られた洋二が聞くと、待ってましたとばかりに、

「彼女は前にこの支店にいた営業の人と大恋愛の末に、結局破局を迎えて、その営業の人は、他の支店に飛ばされたということがあったからな」

 というではないか。

 なるほど、彼女が元気がないのは、そのあたりに理由があるのかも知れない。もっと詳しいことを知りたかったが、ここでこれ以上のことを今聞くのは時期尚早だと思った。彼女のことを何も知らない自分、そして、まわりがどこまで知っているのか分からないということもあり、話が微妙な問題をはらんでいることで、間違った情報や思い込みに悩まされることになるのではないかと思ったからだ。

 その時は、話をそこで終わったのだが、一人になると、余計に寂しさがこみあげてきて。

そのまま、宿の外に涼みに出たのだった。

 夜は完全に更けていて、まわりには誰もいないと思っていたが、何とそこには、高梨恭子がいたではないか。

「どうしたんですか?」

 と声をかけると、

「私、あまりお酒は強い方じゃないのよ。ちょっと飲んだだけで、酔っぱらっちゃって」

 とニコニコした表情で、エクボを浮かべていた。

「僕も何ですよ」

 と実際に顔が火照っているのを感じたが、その火照りは酒の影響でも暑さからでもなく、恭子と二人きりになっているというシチュエーションに感じたことが原因だった。

「そういえば、初めてお話しますよね?」

 と言われて、

「ええ、そうですね。僕も話をしてみたかったです」

 というと、彼女はさらに笑顔を見せて。

「私もなんですよ、最初の頃から」

 というので、ビックリして、

「そうなんですか? 僕は睨まれているような気がして、少し怖かったんですよ」

 と、敢えて、本音をぶつけてみた。

「そうだったんですね。でも、私、人を見つめると、よく、睨まれているようだって言われるので気を付けていたつもりだったんですが、そう思わせてしまったのなら、申し訳ないという思いでいっぱいです」

 という。

「いえいえ、いいんですよ。こうやってお話もできて、お互いに勘違いだったということが分かったんですからね」

 というと、一瞬、沈黙があった。

 思わず、その沈黙を破りたい一心で、

「高梨さんは、今誰かとお付き合いされているんですか?」

 と聞いてみた。

「いいえ、そんな人いませんよ」

 と少し寂しそうな表情になった。

 それは、彼氏がいないことに寂しさを感じたのか、それとも結婚まで考えて、あきらめなければいけなかったその人を思い出してのことだったのか、気になるところだった。

「じゃあ、僕とお付き合いしてくれませんか?」

 といきなり、何をいうのかと自分でも思ったが、言ってしまった以上、それが本音なので、否定することはできなかった。

「私は、あなたよりも年上なのよ」

 と、言い訳になっていない言い訳をしているようだった。

「関係ないですよ。僕はあなたのことが気になって仕方がないんですよ」

 というと、

「それは嬉しいけど……」

 と戸惑っているようにも見えるが、

「女性は、男性から気になっていると言われて、嫌な気分になる人なんていない」

 と言っていたのを思い出し、脈がありそうに思えたのだ。

「じゃあ、一度デートしてください」

 というと、

「ええ、いいわよ」

 と、即答だった。

 今までの自分にはありえないほどの積極性に、自分でもビックリした洋二だったが。その思いを今まで学生時代に感じたことがなかったのは、

「社会人になってから、自分が上り調子になっているということを感じたからなのではないだろうか?」

 と感じた。

 だから、恭子とも出会えたのだという思いが、頭の中で余計なことを考えさせているようで、それこそ、社会人になった証拠のように思えた。

 その頃になると、

「何事もうまくいくような気がする」

 と、根拠もなく感じていた。

 実際に、何かがうまくいったというわけではなく、むしろ綱渡り的なことが、いい方に転んでくれているというだけのことだった。

 大学の卒業も就職も、何とかなったというべきで、少々きつくても、それはしょうがないことだと思っている。

 そういう意味では、うまくいっているというのは、他力本願で、最悪なことにはならないというだけのことであり、危なくなっても、最後には歯車が噛み合うという意味での発想であった。

 一歩間違えて、歯車が狂ったままであれば、どうなったであろうかということを考えるのは恐ろしかった。

 ただ、逆になれば、すべてうまくいくということで、歯車がガッチリ噛み合っていることになる。

 ただ、一度、歯車というのが噛み合えば、それ以降、歯車が外れることはないと言い切れるわけではない。その時と気で事情やタイミングが変わってしまうことで、それまでのノウハウが通用するとは限らない。微妙に狂ってしまうとそこからは、平行線のように、二度と交わることがないとも考えられる。

「いい時はいいのだが、悪い時だって続くのだろうが、どちらも永遠ということはない」

 と言えるのではないだろうか。

 今まで、洋二は好きになった女の子はいたが、一目惚れというのは初めてだった。

 大学時代の友達からは、

「お前の女性の好みは分かりにくい」

 とよく言われていた。

 しかし、少しでも仲のいいやつらは、

「お前ほど分かりやすいやつはいない」

 と言われた。

「どうしてなんだ?」

 と聞くと、

「お前はあまのじゃくだから、俺たちと違う相手を好きになってくれるので、俺にとってはかぶることはないので、安心なんだがな」

 というではないか。

「それはいいことだ」

 というと、

「だけど、どうせかぶったとしても、負ける気はしないけどな」

 とも言われた。

 言い返せない自分がいることに気づいていたが、それだけm人とかぶると自分に対して一気に自信をなくすのも、今に始まったことではない。

 最初の頃は、

「お前は、自分に自信がないから、人とかぶらない女性を好きになるんじゃないか?」

 と言われていたが、どうもそうではないような気がしてきた。

 そのことにまわりの連中も分かってきたようで。

「お前は、要は相手は誰だっていいんだ」

 という結論に至ったようだ。

 確かにそうかも知れない。ただ、苦手なタイプが、

「誰もが綺麗だと言って、我先を争ってしまうような女性」

 が相手であれば、洋二は敬遠してしまう。

「やはり、自分に自信がないから、人とかぶることを敬遠しているのだろうか?」

 と感じたが、自分でも、考えれば考えるほど分からなくなってしまうのだった。

「本当に俺って、自分に自信がないのかな?」

 というと、

「そんなことはないさ。きっとお前ではないと嫌だという女性が現れるに決まっているだろう」

 と言ってくれたが、ただの慰めにしか聞こえなかった。

 ただ、最近では、

「誰でもいい」

 と言っていた言葉が当たっているような気がしていた。

 ただ、誰でもいいというよりも、人が敬遠したがるような相手であっても、洋二が気にかけているのを見ると、本当に誰でもいいかのように思われるのも無理もない。あまのじゃくだということを自分で認めたくないという意識からも、

「本当は誰でもいいんだ」

 という言葉に信憑性が感じられるのであった。

 大学時代に好きになった女性は何人かいた。実際に付き合ったのは数名しかいないが、それでも最高で三か月という、

「それで付き合ったって言えるのか?」

 というような、浅い付き合いしかなかったのだ。

 そういう意味で、実は洋二はまだ、

「素人童貞」

 だったのだ。

 大学生で童貞だというと、先輩がm風俗に連れて行ってくれるという話もよく聞いたものだが幸か不幸か、そういう先輩がまわりにいなかった。

 しょうがないので、自分から度胸を持って風俗街に出かけていって、一人で店に入り、童貞をめでたく卒業したのだった。

 実際に待合室に一人でいると、後から入ってきた同い年くらいの人も、まわりをやたら気にして、キョロキョロしていたが、とにかく、雑誌に目を落とし、顔を上げることのできない洋二が気になるわけでもなく、まるで洋二の存在に気づいていないのではないかと思えるほどだった。

「いらっしゃいませ」

 と、待合室に自分が指名した女の子がきてくれた。

 パネルにはぼかしが入っていたので、その女性が自分の指名した相手なのかどうか自信がなかったが、店員が、

「お客様でございます」

 と言ってくれたので、ハッとなったが、彼女はニコニコとほほ笑んでいる。

 よく分かっているようだった。

「こちらでございます」

 と手を握っておくの部屋に連れていってくれた。

「ぼかしがあるから分からなかったでしょう?」

 と言われて、

「あ、ええ、そうなんです。僕はそれでなくとも人の顔を覚えるのが苦手な法なので、自分から相手を特定することも苦手だし、相手に自分の知り合いだと指摘されても、俄かには信じられない方なんですよ」

 と言った。

「そういう方、結構いるみたいですね。私も誰かと待ち合わせをした時なんか、間違えたらどうしようってすぐに思っちゃって声を掛けられないんです。だから、本当は声を掛けてほしいくらいなんですけど、今はそこまではないですね」

 というので、

「どうしてですか?」

 と聞くと、

「ここで、さっきみたいにお客さんに声を掛けるようになってからかな? 気にならなくなりました。ここでは、お客さんも緊張しているから、私がもし間違えても、怒る人なんかいないんですよ。それにね、笑顔でごめんなさいっていうと、お客さんも笑顔になってくれるんです。緊張がほぐれた感じというのかしら? だから私も最近は少しあざとい手を使っているんですよ」

「どういう手ですか?」

 と聞くと、彼女は、フフフと笑顔を浮かべて、

「わざと間違えることもあるんですよ。そしてね。ごめんなさいと言ったうえで、小声で、自分の名前を言って、ニッコリと笑うんです。そうすると、次回、私を指名してくれることもありますからね」

 と言うのだ。

「でも、ぼかしを入れるということは、お客さんに名前をいうのは危険なのでは?」

 というと、

「そんなことはないですよ。どうせ、相手をすれば、顔バレはするわけですからね。ただ、ネットやお店で顔を出しちゃうと、公開していることになって、学生だったら先生や親に、別に職を持っていれば、上司などにバレる可能性がありますからね。向こうはお金を払ってきているんだから、お役さんなので、責めることはできませんよね」

 というではないか。

「そうだね、バレちゃったら大変だよね」

 というと、

「私は、別に顔バレを気にしているわけではないんだけど、お店の方から、ぼかしを入れた方が想像力を掻き立てるって言われてね。失礼しちゃうわって感じなのよ」

 というので、

「でも、それはあるかも知れないよ。君の場合は、確かにパーツが整っていて、目力が強いのが分かるから、あなたを好きなタイプだと思う人はたくさんいると思うんだけど、初対面で、しかも、童貞だったら、ちょっときついと感じるかも知れないと思うんだけど」

 というと、

「あなたも?」

 と言われた。

「どうしてわかったんだい? 会ってからほとんど経ってないのに」

 というと、

「これでも私はプロですよ。見れば大体分かるわよ」

 という。

 その言葉は、すでにため口だった。

 女の子からため口で言われるのに慣れていない洋二だったが、嫌な気はしなかった。これが大学卒業くらい前だったら、少し嫌な気分になっていたかも知れない。なぜなら、付き合った女性のほとんどが、もって三か月だったからだ。

 三か月というと、やっと相手のことが分かりかけてきた頃で、そんな頃に別れてしまうということは、頂点まで上り詰めたと思うと、奈落の底に突き落とされたそんな感じである。

 最初の頃は、

「一体なぜなんだ?」

 と理由が分からなかったが、途中から、

「やっぱり自分が分かりやすい人だと思えれているからなのかも知れない」

 と感じるようになった。

 女性の好みも分かりやすいと言われる。付き合った女性も、最初の頃は、

「僕のどこを好きになってくれたのかな?」

 と聞くと、

「分かりやすいところかな?」

 と言われた。

 確かに、分かりやすい相手だということは言えるようで、皆から同じことを言われていた。

 しかし、付き合い始めてちょっとしてから、聞くことではないというのが本音だろう。答えてくれた女の子は優しい方で、どんどん、答えるのが億劫になっているのが感じられた。

 しかし、どうして皆億劫に感じるのか、それ自体が分かっていなかった。

 きっと相手がこれを聞けばどう感じるのかということを考えたこともなかったからだろう。

 もし、自分が女性の立場でそんなことを聞かれたら、

「どうして自分が相手の自己満足のために、相手が傷つかないような言い方を選んで話さなければいけないのか?」

 と考えるだろう。

「女性からの答えは、自分を傷つけることはない」

 と思い込んでいる男性も少なくはない。

 洋二もそうであった。

 だから、相手が気を遣わなければいけない質問が平気でできるのだ。それを思うと、

「これからも、この人と付き合っていれば、ずっと気を遣っていかなければいけないということになるのね」

 と、相手に思わせてしまうということになり、それは、お互いに不幸なことだった。

 女性の方も、

「悪い人ではないと思うんだけど、どうも会話に押し付けがましいところがあって、ちょっときついの」

 とまわりにはいって、洋二との別れを切り出すことだろう。

 洋二にはハッキリとは言えない理由なので、

「性格の不一致」

 と言ってごまかしたり、何も言わずに、フェイドアウトしようと思っているのだ。

 そういえば、いつも洋二は、別れる時に、理由が分からないことが多い。言い訳に納得できなかったり、会話をすることもなく、ただ避けられているだけだったりする。

「結婚よりも、離婚の方が数倍疲れると聞いたことがあるけど、こういうことなんだろうか?」

 と、実際には違う意味であるが、その言葉を思い出したことも、洋二が、すぐに勘違いしてしまう理由の一つなのかも知れない。

 洋二が人の顔を覚えられないのは、子供の頃、父親に似ている人がいて、思わず後ろから父親のつもりで話しかけると、まったく違った人で、

「なんだ、てめぇ」

 とばかりに、少し怖いお兄さんだったことがトラウマとなって、それ以降、人に声が賭けられなくなった。

 だから、待ち合わせをした時も、相手に声を掛けてもらえなければ、待ち合わせは成立しない。ただ、洋二と同じようなトラウマを持っている人も結構いるようで、友達の中にも一人いて、そいつとは絶対に人ごみの中で待ち合わせをしないようにするか、あるいは、目印を持つかなどして、分かるようにしておかなければ、待ち合わせなどできないと思うのだった。

 もうそこまでくると、

「顔が覚えきれない」

 というレベルとは違ったものになっていた。

 いくら何でも、いつも一緒にいるクラスメイトが分からないわけがない。それでも、お互いに自信がないということは、単純に間違えてしまって、相手を不快にさせてしまうと、もう自分が何もできなくなってしまうのではないかということが分かり切ったことになってしまうという考えに至るからだった。

 しかも、人の顔を覚えられないのも事実で、それが、

「自分に自信が持てないからだ」

 と感じていたが、どうもそうではないと分かってくると、またしても、どこかに別のトラウマが存在しているように思えてならなかった。

 洋二は、風俗のおねえさんと話をしている時に、そのことを思い出した。そして、一つ思ったことは、

「風俗のおねえさんと一緒にいる時は、他の人に感じたようなトラウマを感じなくてもよさそうだ」

 というものであった。

「おねえさんと話をしていると、何でも言えるような気がするんだ」

 というと、

「そう? そういってくれると嬉しいわ。実は私もこのお仕事をしていて、お客さんから、そう言ってもらえるのが一番嬉しいって、最近気づき始めたの。そういう意味で、お客さんとの最初のコンタクトって、私たちが待合室に行くことでしょう? 他の子はどうか分からないんだけど、私は嬉しいのよ」

 と彼女は言った。

「他の子は嫌なの?」

 と聞くと、

「実はこれ、お客さんにとっても、問題があったりするんですよ。だから、キャストの中には、常連客を持っている人は、待合室に自分の客以外の誰もいない時だけ、待合室に出ることにしている子が多いのよ」

 という。

「ますます、分からない」

 というと、

「だって、考えてみてくださいよ。もし、常連を持っているお客さんがいて、そのお客さんが、ちょうど、自分の指名したいその子にお客がついていて、しょうがないから他の女の子を指名したとして、一緒に待合室にいたとすれば、どうかしら? お客様は、本当は自分の入りたかったお気に入りの子が、他のお客さんをお迎えに出たら、どんな気分がする? きっといい気分はしないと思うの。女の子も気まずい気分になって、それ以降、そのお客さんがいつものお気に入りの子を指名しなくなる可能性があるでしょう? だから、こういうお店では、指名客とキャスト以外とは顔を合わせないようにしているのよ」

 という。

「なるほど、そういうことなんですね」

 と納得すると、

「このお店は、お役様もデリケートな人が多いと思うの。いろいろな理由でお店に来る人が多いでしょう? モテないからという人もいれば、プロのサービスを受けたいという人もいる。普通の女の子ではなく、割り切った付き合いで、大事にされたいという思いのお客様もいれば、普通の女の子にバカにされたことで、トラウマになってしまって、風俗の女の子としかできなくなってしまったお客さんとかもいるでしょうし。どちらにしても、デリケートなお客様が多いということ。だから私たちもそれだけ、真摯にお客様と向き合っていきたいと思っているのね」

 というのだ。

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