[第四章:狂人遊戯/鎖の破壊]その5
ニロイは、紫目の舞踏姫と対峙していた。
敵は背中にクレーンアームを背負い、本体の腕にショートレンジのライフル、背部に大型の重量剣を装備している。
そして、返り血かなにかで、その腹部と左ほおを汚していた。
「………」
「楽しい事をしに来たのですか?」
その問いに対し、ニロイは思う。
(遊び…)
自分が渚や凪と行った楽しいこと。ニロイはそのことを思い出し、それに付随する自身の思い、行動、先刻の出来事を連鎖的に思い出す。
「…しに来ていない。当機はそんなことを…」
(…許さない故の行動は)
少々の沈黙。
先ほどの吐き気を催すような体験が鮮明によみがえる。
「……。そんなことはいい」
ニロイは頭にこびりつく過去を振り払うかのように首を振り、紫目の舞踏姫を見据える。
「当機はそちらを排除するよう命令を受けている。故に」
言って、ニロイは背中の装備に手を伸ばす。そんな彼女の装備は、都市の圧縮前よりも少ない。
実は先ほどの圧縮時、ニロイは司令官であるために優樹を守り、装備の一部を失っていた。元々基地内の武装を奪っていたことや、圧縮なども重なり、装備の追加はならず、現状は腰の側面の装甲と、肩の装甲とその内部の武装二つのみとなっている。
「…当機はそちらの撃墜を宣言する」
紫目に殺意のこもった視線を向けて言う彼女と、優樹は別行動である。
そうなっているのは、彼が圧縮後、基地総司令に来るように言われたことに起因する。
優樹の立場上、基地総司令には言うべきことがあり、非難すべき行為がある。優樹は現在の状況も見て、自分は基地総司令と対面してあわよくば説得。ニロイは紫目の舞踏姫の排除、と言う風な二方面作戦をとり、エンジェル群体に支配されたこの都市より、姉を含めた人を逃がすという考えを出し、今現在それを実行中だ。
そして、ニロイと優樹は現在、都市の通信中継地点が壊れたせいか、連絡がとれない状態にあり、彼女は出された命令にのみ従い、単機で行動しているのであった。
「分かりました」
ニロイが右手にマシンガン、左手に長めの軽重量の剣を構える中、紫目は応えるように言う。
「楽しい事を、始めましょう」
その瞬間、二機の舞踏姫による戦闘は開始される。
「排除する!」
先手を取ったのはニロイだ。彼女は叫び、マシンガンを乱射。一気に加速する。
展開可能な弾幕は彼女の方が薄い。手数も多くはない。であるならばと、マシンガンの弾幕を盾に突撃し、即座に勝負を決めようというのだ。
「……」
紫目は無言で、それを迎え撃つ。
すぐに、薄暗く、壊れかけの都市に火花が舞い、銃撃音、剣戟の音が鳴り響きわたる。
そして、周囲へと被害を及ぼしていく。流れ弾が家の残骸を砕き、弾かれた剣が形を保って嫌家屋にとどめを刺し倒壊させる。吹き飛んだ装甲の破片は面ひび割れた地面に突き刺さり、その衝撃で崩壊を誘発していく。
そのような余計な破壊の中に、ただでさえ遅い歩きを邪魔され、呟くのは。
「…どうして」
凪だ。
「どうして…早く、私は…」
なぜ邪魔をするのかと。
…振り返ってみれば、すべてが彼と渚の時間を妨害または制限していた。今の社会情勢も、エンジェルも、渚の主も、ニロイも…そしてなにより、プログラムも。
それらに苛まれることがなければ、彼は、彼女は、きっと…。
▽―▽
「ここがその場所のはず…」
凪はようやく、渚の生存報告を受けた時、指定されていた場所にたどり着いた。
目の前に広がるのは、周囲と同じような光景だ。道路は割れ、家々は潰れている。
前方にある、元は白かったのであろう家も例外ではない。
地面から突き出た鉄骨に貫かれ、歪んだ道路になぎ倒されるように潰され、原形を保っていない。
「…渚」
凪は周囲を見渡す。視界に入るのは崩壊の光景のみだ。求める彼女の姿は確認できない。
「…渚、渚!」
彼はその名を何度も呼ぶ。答えてくれ、返事をしてくれと言う意思を込めて。
「渚!どこに、どこに……!」
中々答えは返ってこない。音もしない。それ故、ここには彼女も、他の誰もいないのかと彼は思い始める。
しかし、である。
「…!」
何かを落とすような音が、鳴った。それを察知した凪は、急いで音の下の方、目の前の家の残骸に向かう。
「渚、そこにいるのは、渚…?」
(どうか、そうであって…!)
凪は願う。望みを心の中で呟きながら、家の裏へと回る。
そして、目的の人物はそこにいた。
「渚!」
「…?」
凪は嬉しさのあまり、感極まる。
しゃがんだ状態で、瓦礫に手を触れ、彼に振り返っているのは、間違いなく渚であった。
「渚!」
「…うん?」
どこか呆けたような様子で、渚は反応する。
視線はどこか朧気で、まともに思考しているのかも少々怪しい様子だ。
だが、凪はそれに気づかずに彼女を抱きしめに行く。
「渚…!よかった……!」
「…?…?」
渚は困惑したように視線をさ迷わせ、首をかしげる。
「…あの」
「……どうした?」
少し渚の体から離れ、凪は聞き返す。
「…誰?」
「…………………………………………………………………………ぇ?」
その瞬間。凪の顔が驚愕で染まった。
「誰、知らない…ない?私は…大好きなマスターのた、めに…助けなきゃ」
どこか、壊れた機械のように呟き、渚は凪に背を向ける。
そして、再び瓦礫に触れ、それをどかそうと腕を動かす。見れば数個の鉄骨が、渚の足元に転がっていた。
「こ、れは………………………………………」
凪は、困惑する。何故、渚は自分のことを分からないのか。何故、見向きもしないのか。何故、自分を自分として見ることをしてくれないのか。
「なんだなんだ………」
彼は首を横に振りながら後退る。その心を恐怖と絶望が支配していく。
目の前の彼女は明らかにおかしい。捨てたいとまで言っていた主を大好きといい、凪に一切の関心を持たない。
…その原因は、寄添が調整の際に渚の記憶の一部を消し、精神の一部を破壊したことにあった。
「どうして……」
凪は呟く。
大切な、自分を見てくれる、一緒にいたいと言ってくれる彼女がいないことを認めたくない。
それゆえ、彼は目を瞑り、現実を拒絶しようと、意識をそらそうとする。
だが、一つの笑い声が、現実を嫌が応にでも認めさせた。
「ははは…ははは!」
「!?」
出所は、家の残骸に空いた、小さめの穴からだった。
瓦礫を除去しようとする渚のすぐ前にあるそれから、声は続く。
「お前、今、嫌な気持ちか?」
「……」
「そうだよなあ!嫌な気持、ちだよなぁ…!」
絞り出したようにも感じる声は、どうやら凪に向けられたものであるらしい。
「…誰だ。誰、なんだ…」
もはや訳も分からず、凪は返す。
「俺はなぁ。そこの渚の主だよ」
「…渚の?」
目を見開いて驚く凪に対し、渚の主…龍太郎の言葉は続く。
「俺は渚…を調整した。異常があった、からなぁ。…お前との時間がいいだのとのたまうような!」
「……渚を、こんな風に…お前が、した…?」
震える声で、凪は言う。
「そうだ!これ、でお前への気持ちはなくなった!…どうだ!?嫌な気持ちだろう!不快だろう!」
龍太郎の叫びが響く。
それは震えながら立つ凪への害意を持ったものだ。
彼を傷つけようと、言葉は投げかけられる。必死に、そうなってくれという願いでも込めているように。
「嫌な気持ちを絶対に感じているはずだ!そうだろう!?ざまぁみろ!」
「…」
「お前はショックだろう!?それが、それがなぁ…!」
龍太郎は言い続ける。凪に対し、嫌な気持ちになったと認めろというかのように、必死の叫びは続く。
そしてそれは、どこか空虚だ。
今現在の現実に向けられているようで、そうでない。言葉はどこか別のところに投げかけられているようにも取ることができる。それこそ、過去などに対して。
「お前はお前は、…そう、お前は俺を…!」
龍太郎の声が幾度にも渡って響く。それを聞き続け、振り返りもせず、主のために瓦礫を除去し続ける渚の姿を見て、凪は。
「俺を…」
「どうして…!」
涙目で、叫んだ。
「………」
そこに込められた感情を感じ取ったのか、龍太郎は押し黙る。
「私は、私は…今までの渚とただ一緒にいたい…それだけだったのに…」
「…」
言葉は、返されない。
「私に何の恨みがあるって…言うんだ…。渚をこんなにして…」
涙が、地面に落ちる。
幾つもの涙が、凪の頬を伝い、地面を落ちていく。
「……お…れは」
その様子を穴から見でもしたのか、龍太郎は言葉に詰まる。バツが悪そうに唸り、黙ってしまう。
「……」
「渚……」
凪は、彼女に再び触れる。
「…行こう?一緒に」
「……うん?」
首をかしげて振り返る渚。
凪はその手を引く。
「こんな奴のところにはいたくない。渚もそう言っていた…だから」
凪にとって、龍太郎の印象は最悪となった。渚を害し、彼女の心までおかしくしてしまった彼のいる場所にいることは、彼は耐えられない。
だからこそ、彼は渚の手を引く。
彼女とここを離れ、別のところへ行く。彼女は既に、今までの彼女ではないし、それはとても嫌ではある。だが、一緒にいたい気持ちに変わりはない。
「渚…」
凪は、大切な彼女の名を呼ぶ。
「渚…渚」
何度も。何度も。それで、思い出してくれと言わんばかりに。
「……」
渚は繰り返される自分の名を聞き、首を傾げ、しかし何かを思い出したかのように思案する。
けれど凪に手を引かれるままにはならず、あくまでも瓦礫除去のため、腕は動かそうとする。
「渚…一緒に、一緒に…!」
必死な声を上げ、凪は彼女の手を力強く引く。
「……いっしょ…」
渚がそう呟き、凪がさらなる言葉を駆けようとする。
その様子を龍太郎が見つめる中、彼女(・・)はやってきた。
「凪沙君」
「…!?」
声を聴き、凪は驚く。
何故、彼女がここにいるのか。何故このタイミングで現れるのか。
疑問がよぎり、混乱が発生する。
そんな彼を余所に、彼女…雲日は。
「ここに、いたんだね」
ゆっくりと両手を指し出し、凪の開いた手を握る。
「雲日…」
凪がゆっくりと振り返る中、彼女は再び口を開く。
「一緒に、この都市から、出よう?」
「……出る?」
信じられない言葉を聞き、凪は聞き返す。
「そうだよ?私と一緒に、ここから出ていくの」
雲日はのほほんとした様子で言う。
「凪沙君がいれば、私は満足なんだからぁ」
柔らかな笑みを浮かべ、彼女は凪の手を引く。
「…い、いいや、私は……」
凪は渚を見る。分からないことでもあるのか、首をかしげる彼女を。
「渚と…渚と…!」
「…?誰だが知らないけどぉ、凪沙君は私の夫だからねぇ?渡さないよう?」
雲日は渚を見て言う。
その視線を受け、彼女は眉を顰めるが、自身のその行動に対し、さらに首をかしげる。
「…ね、凪沙君。ほら、はやくいこ?早くしないと潰されちゃうよぉ」
「く、雲日…私は」
凪は断ろうとする。渚を置いてこの都市から主と逃げ出すなど、彼には受け入れられない。
雲日が渚を連れていかないつもりであることは先の発言から明確であるし、ならば余計にそうである。
そもそも凪は、雲日のことを…。
「私は……!」
「いいから…ね?お願いだから…一緒に来て?」
「……!」
やや涙ぐんで、雲日は言う。それを見た瞬間、今までは渚への強い気持ちで満ちていた心に、例のものが入りこむ。
好意プログラムによって発生する、主への気持ちが。
(雲日の必死のお願いを断るなんてありえない…。…また、またなのか?)
再び、拘束の鎖であるプログラムが原因となり、凪と渚を引き離す。しかも今度は、本当に二度と会えないように。
「私は……」
凪は抵抗しようとする。だが、体育館の時とは違い、主を目の前にしたせいで、彼は抗えない。
その気持ちと主の存在で強まるプログラムのために、彼の体は動かない。
プログラムに罅があるからこそ、拒絶したい気持ちは生むことができるがそれ以上は…。
「それじゃぁ、行こう?」
言って、雲日は凪の手を引く。
自分の意思で動かない彼の体は、引っ張られる形で彼女へとついていく。
「渚!」
「?」
呼ばれ、不思議そうに反応する彼女。
「私は、私は…渚と…!」
再び涙を流しながら、凪は呟くしか今はできない。
(雲日っ……!)
まだ少し足りないのだ。たった一つの、些細なきっかけさえあれば、きっとプログラムを…。
「渚ぁ………!」
彼女の名を呼ぶ中、凪に以外に興味のない雲日に、彼は連れていかれる。
それを彼女はぼうっと見て、そして。
「……な。ぎ?」
半ば無意識に呟くのだった。
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