[第四章:狂人遊戯/鎖の破壊]その3

「…?」

 ニロイは首を傾げた。

 自分が優樹に肩を掴まれ、揺さぶられている理由が分からず。

「どうして…なんだニロイ…!」

「?」

 場所は基地の格納庫。

 襲撃前、ニロイが紫目の舞踏姫に、武装を手伝ってもらった場所である。

「ニロイ…!」

 優樹は、あふれんばかりの感情を露わにしている。

 それはニロイが前見たときよりも酷い状態の格納庫に戻ってきたからだった。

 格納庫をうろついた彼は、彼女を見つけるや否や駆け寄り、彼女を揺さぶり、叫んでいる。

「どうして、どうしてなんだ…!僕は、僕はなぁ…!君に…!」

「……?」

 何故、優樹はここまでの激情を露わにし、何かを言おうとするのか。

 その心当たりはニロイにはなく、ゆえにやはり、首をかしげるしかない。

「…何かあるのですか?」

 何か、責められるようなことがあるのか。だから自分は揺さぶられているのだろうか?

 彼女はそう思い、それを聞こうと言葉を投げかける。

「当機は、何かしましたか?」

 その質問に悪意はない。

 純粋な疑問から来る問いに過ぎなかった。

「何か?…ああ、君はしたよ…!」

 俯き、震えながら優樹は言う。

「何を…?」

「人殺しをだよ!」

 いきなり顔を上げ、優樹は叫んだ。

「僕は見たんだ。君が人を攻撃しているのを。そして、武器を使って、地面ごと消した…殺したのを…!」

「……」

(それが、どうしたというのだろう)

 感情を溢れ出させて言う優樹に対し、ニロイは冷静…というより、感情が動いてはいなかった。

 ただただ疑問と困惑がある。

「どうしてなんだ、ニロイ!どうして人を…!」

「……」

「なんでそんなことをしたんだ!」

 叱責するように、優樹は叫ぶ。

 心当たりのないニロイは、ただ困惑するしかない。

「当機は、司令官の言うとおりにしただけです」

 ひとまず、彼女は優樹の問いに答えることにする。

「…僕の、言う通り?」

 そう言われ、彼は絶句する。

 ニロイは彼が反応を返せない間に、言葉を続けていく。

「当機は考えました。人間らしさを。様々な体験をする中で考え、その末に結論を出しました」

 彼女は思い出す。問の結論を出した時のことを。

「思いを剥き出しにして、行動するのが、それだと」

「……」

 言葉は帰ってこない。

「そして当機は、行動しました」

 ニロイの言葉は続く。

「人らしくあるために。司令官の求める形にあるために」

「……」

「当機はそれが必要だと考えたからこそ、動きました。舞踏姫を戦わせる中、楽しい遊びをする人々に…」

 ニロイの肩に置かれた、優樹の手が再び震える。

「怒って。攻撃をしました。普通の人間らしく、自由に。感情をむき出しにして行動したのです。ただ、それだけです」

(そう。それだけ。それなのになぜ司令官は?)

 これまでの過程を発言と共に振り返ったことで、ニロイの疑問は大きくなる。

(当機は司令官の言う通りにし、人間らしさを獲得した。…要求を満たしたのに)

 ただただ分からず、伝え終えた彼女は、優樹の言葉を待つ。

「…僕の?」

 震え声で、彼は呟く。

「僕の言う通り?」

「はい」

 当然だというように、ニロイは頷く。

「僕が…そうしろって?」

「はい。…直接的には言っていませんが、実質的にそういうことになります」

 言いつけに従った結果の行動なのだから、そうとも言える。

「……違う」

 優樹は首を振る。

「違う?」

(一体何が?)

「僕は…だから、僕は!」

 ニロイの肩にかかる力が強まる。

 そして、再び感情をほとばしらせ、優樹は叫ぶ。

「僕は君にそんなこと望んでないんだ!」

「………」

 沈黙を返すしかないニロイに対し、優樹は続ける。

「僕は君に普通の人になってほしかった」

 過去を思い出しているのか、言葉はところどころ少し止まりつつも、続いていく。

「朝起きて。ご飯を食べて。外に出て、遊んで。帰って、寝て」

「…………」

「仕事をしたりもして。誰かと恋なんかもしたりして…」

「……」

 沈黙。

「誰かと笑いあって、平和に、悪い事なんてせず…そんな」

「…そんな?」

「そんな普通の人らしさを!僕は君に望んだんだ!決して、決して人を殺すような、狂ったらしさを求めたわけじゃない!」

「……」

 ニロイの視線が、下がる。

「…僕は君に、ただの普通になってほしかった。そうあって欲しかった。ただそれだけなんだ…」

 それを最後に、優樹の言葉は一旦途絶えた。

 沈黙が横たわり、双方言葉を発さない。優樹はニロイの肩に手を置いたままで、彼女は先ほどから少しうつむいたまま。

 その状態がしばらく続く。

 嫌な感情が二人とその周囲に渦巻き、停滞する。

「…」

 それを破ったのは、ニロイだった。

「そう、ですか」

 彼女は何かを悟った様子で、言う。

「当機に、そうあって欲しかったと」

 半分呟きのような言葉が続いていく。

「そのような像を求めていたとは…」

 ニロイは視線を、ゆっくりと元の位置に戻す。

「…当機は」

 どこかぼんやりと、彼女が言うその時だった。

「ニロイ!」

「……!」

 突如として、優樹が名を呼ぶ。両手を動かし、触れているところを肩から腕へ。

 そして息を吸い、彼は言い始める。

まるで、間違ったものを諭すかのように。

しかして、行われるのは命令。彼がそうとは思わない言葉だ。

「二度と、今回みたいなことはしないでくれ!」

「ぇ………」

 その言葉を、自身の指揮官という絶対服従の存在から言われたその瞬間。

(当機は…)

 ニロイは。自分で考え、感情さえも生み出し、人らしさとやらを獲得した彼女は。

「……了解、しました。司令官、二度と今回のような行動はしません」

 自由を、失った。

「…わかってくれたのか」

 安堵し、優樹は胸をなでおろす。

「…人間は殺してはいけないんだ。君は守るものなんだし、余計にね」

 彼は落ち着いた反動か、やや饒舌に喋る。

「…今回のことは反省してくれるなら、許す、よ…問題には、しない、さ…。過ちはあるんだから」

 ところどころ詰まりながら、優樹は言う。実際には、ニロイの反省の言葉を受けたからと言って、すべての感情を処理できているわけではないようだ。

「……」

「また今度、状況が落ち着いたら、普通の人らしさを、もっとちゃんと教えていくよ」

 優樹は、笑って言う。そして、ずっと沈黙しているニロイを抱きしめた。

「ニロイ…」

「………」

 そのさなかにあって、彼女は思う。

(司令官は…蓮本優樹は。当機に望んだ。自分の理想であることを)

 先ほどの優樹の発言の数々から、それは明らか。

(理想どおりでないことを、彼は嫌がった。怒ってすらいたのかもしれない)

 だからこそ、あそこまで感情を露わにして行動したのだと。

(当機は言われたとおりにしただけなのに。それが想像の通りのものでなかったから。それを否定した…)

 彼女が獲得した心の全てを、無自覚に、である。

(当機に送ったパーカーも、自分の理想通りになることを求めてのこと)

 自分の中で作り上げた、理想の在り方を、優樹はニロイに押し付けた。

 それを実現するために、自分の望む形で、彼女を飾ろうとした。

(……当機を思う通りの在り方の人形に、仕立てたかっただけ)

「…」

所詮。彼の優しさというものなど、独りよがりにすぎない。

ニロイのためを思っての願望は、彼の理想を押し付ける、独りよがりにすぎないのだ。

「…ところで、ニロイ」

 ふと、手を放し、優樹が口を開いた。

「……はい」

「さっきのことはいいとして、ね?今不味い状況にあるんだ」

「不味い状況?」

 頷き、優樹は言う。

「さっき、指令から動画を、送り付けられただよ…」

「それがどうかしたのですか?」

 自由を失い、完全に従順な、機械として動くしかないニロイは、優樹の話を指揮されるものとしてただ聞く。

 今回のようなことを二度としないということは、彼女の唯一の自由意志を永久に封印することに等しい事であったからであった。

「この都市は半日もなく爆破される。しかも、彼らがエンジェルの進化体というのを招き入れているんだ」

「…それは」

「ああ。僕たちはやらなきゃいけない。……都市を守るのはおそらくもう叶わない。現場判断としては、住民の退避のため、動く」

「具体的には?」

「動画で宣告されていたんだけど、指令たちは今稼働している唯一の別都市への輸送路に陣取り、来る人を殺すつもりらしい」

 鬼気迫る顔で、優樹は言う。

「それは、非常に不味い状態ですね。テロリストの排除が必要です」

 その言葉に、優樹は頷く。

「なんと、してもね。…それにこの都市にはまだ、僕の姉が残ってる。彼女をなんとしても逃がすため、には……」

「なんですか?」

 言葉に詰まる優樹に、どこか薄っすらとではあるが怒気を孕ませて言うニロイ。

「君を。…使わないといけない」

「…そうですか」

「本当に済まない。君を兵器として、…扱いたくはないけれど」

「いいえ。私は兵器です」

 やや力強く首を振って、ニロイは言う。

「そんなことを言わないでくれ…。まぁ、なんにしろ。…すまないけれど、僕は、君を使う」

「………」

「だから、準備をしてくれないか?」

「了解しました」

 どこかわざとらしく敬礼し、ニロイは答えた。

 そして、二人は動く。基地の状況を把握し、今までに起こった事、与えられた情報を整理し、動いていく。

 その中で、ニロイは思っていた。

(司令官……)

 感情の獲得に成功したが故か。自分の理想を押し付け、その通りでないことに声を上げた優樹を。

(気持ち悪い)

 と。

「……」

 そうニロイが思った時、基地内を特大の大きな揺れが襲った。

 

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