[第三章:消え去るべき鎖/暴走者265]その7
ニロイの襲撃が行われる少し前。
国際連合会議の調査団は、基地に到着していた。
そんな彼らの目的は、当然ながら優樹の拘束である。
今は格納庫にいると基地総司令からの情報提供を通信越し受けた彼らは、使用停止状態であった格納庫の昇降機を利用し、直接そこに至ることになる。
「これは……」
そして彼らは、現れた光景に愕然とすることになった。
「殺されているだと…?」
不可解なことである。
車両に乗って昇降機を降りた先、基地の格納庫には死体が存在していた。
数は二つ。どちらも数少ない基地職員のものだ。双方昇降機近くの通路の入り口で大量出血により死亡し、倒れている。
「…容疑者が何か起こしたのか?」
「どうでしょうか…」
降車した調査団の面々は警戒の意味も含め、周囲に視線を投げる。
その視界に映る、暗い格納庫は汚い。
並べられていた整備用の機械類は散乱し、壁には銃弾の痕が見て取れる。
格納されていた離れた場所にあるはずの兵器の一部が床に転がっているのが見え、明らかに破壊されたものであることを確認することができた。
「……」
最大限の警戒をしつつ、七人は進む。
照明が落ちているために視界は良くない。銃器を構え、周囲に視線を巡らしつつゆっくりと、輪型の陣を維持して進んでいく。
物音は聞こえない。通常なら、機械の整備の音や職員の話し声が聞こえてもおかしくはない。だが、そういったものは一切彼らの耳には入ってこない。
「……」
ある程度進むと、昇降機関連の区画から外れ、兵器の格納用区画に入る。
ここには舞踏姫用の武装類や、非常時用の大型車両などがある。ただし、いくつかは破壊され、不自然にも武装の数は極端に少なかった。
そんな場所を、さらに奥に進めば舞踏姫のカプセルがある場所にたどり着くことになるだろう。
「敵は?」
「…敵かは不明ですが、動く熱源が一つ。この先の舞踏姫保管用施設です」
代表者が答え、装甲服の一人が答えたその時。
『…!』
突如として、近くから爆音が響き渡った。
代表者が素早く指示を出し、二人が爆音の方向を、残りが周囲の警戒を行う。
彼らの意識を別に向かせ、不意打ちを狙う敵の作戦かもしれないからだ。
「どうだ」
「…熱源は、近づいてきています。しかし、歩きの早さです」
「爆発は格納庫の端。都市内部に繋がる非常用隔壁の方向からです」
彼らは最速での優樹の拘束のために格納庫内の構造を、基地総司令を通じて受け取り、全員が既に暗記している。
そのため、素早くこのような結論が出せた。
「いったい何が…」
「報告します」
『……』
近い二人が、声の主に警戒の目を向ける。他も意識はしながら周囲の警戒を怠らない。
そんな状況下で、調査団の前に現れたのは、一機の舞踏姫だ。
戦闘用のバイザーをつけて、中破した装備の彼女(素体は無事なようだ)は、ゆっくりと彼らの前に歩み出る。
「当基地所属の舞踏姫[uNoJ-F-13:ケルビムⅣ]、二百六十五号機が自発的に起動。基地の職員を殺害した後、武装を奪取。基地内の破壊を行った後、今しがた基地を脱走しました」
「なんだと…?」
伝えられた事態に多少なりとも困惑した様子の代表者。
舞踏姫が自発的に起動するのはあり得ない。基本的に外部操作で起動するようになっている。
その前提が崩れるとは、どういうことなのか。
「原因は蓮本優樹にあるようです」
舞踏姫は言う。
ニロイの起動だけでなく、基地内の破壊行動も、全て彼の指示と思われると。
「根拠は?」
「[uNoJ-F-13:ケルビムⅣ]、二百六十五号機が、非常事態警報の自動発令により、起動された当機と遭遇した際に発言したためです。司令官の命令だと」
「…蓮本優樹」
代表者は苛立ちをあらわにして言う。
「これほどの問題人物を自由にさせておくとは…ここの指令職にはやはり、厳重な処罰が必要だ。なにもかも遅い……無能め」
既に、基地総司令は情報提供の度、その管理責任を追及されている。事態が収まれば、相当な処分が下ることは免れない。
それは明らかなはずであるのに、彼は代表者との通信をした時も、余裕のある様子だった。
一切の危機感が感じられないのである。
「あなたがたは国際連合議会の方とお見受けします」
舞踏姫は代表者のスーツにつけられたバッジを指さし言う。
「そうだが」
『であるなら、お願いしたいことがあります』
そこに、通信が入る。相手は基地総司令だ。
「貴様、何の用だ…!」
『いやぁ、それがですね。今伝えられた通り、舞踏姫が一機、勝手に出てしまってですね。完全武装状態で非常に危険なんです。基地を破壊した以上、何をするかわかりませんし。そこにいる方々に、ぜひ対応をしてもらいたいのです』
基地総司令は、内容の割にはどこか緊張感に欠く雰囲気で言う。
そこにいる方々とは、代表者の周りにいる六人の装甲服だろう。
「貴様…どこまで無能だ。貴様のような奴がいるから、事態がより悪くなる……」
代表者は愚痴る。
「…ふざけるのも大概にしろ…これだから無能は」
『いやぁ、すみません。まぁそれはそれとしても、事態は一刻を争うのです。お願いできませんかね?』
代表者の言葉を意に介した様子もなく、基地総司令は再度要求する。
そして、調査団にとって無視できない言葉を発する。
『ああ、それと、あなた方の求めてる人物は拘束したので、代表者に受け渡したいのですが、良いですね?』
「なんだと?できるならもっと早くしておけ!」
『いやぁ、すみません』
飄々とした様子の総司令。
通信の向こうでニヤニヤとしていそうだと、代表者は思う。
そう考えたことで、さらに苛立ちが増し、眉間にしわを寄せて震える彼であるが、感情で動くことが良くないことは分かっているようだ。
意識を切り替えるために大きく息を吸って吐き、目を一度瞑って開いたのち、装甲服たちに命令する。
「貴様ら、追撃に行ってこい。場所は送ってもらえ。…送れよ?」
『分かっていますよ。あなたの方は、引き取りお願いしますよ?』
「貴様…」
あくまでも自身の要求しか視野にない様子の総司令に、代表者は再び苛立っていく。
「…とにかく、貴様ら。脱走した舞踏姫を追撃しろ。持って着た新型を使ってもよい。むしろ使え」
「え、あ、はい。了解です」
半ば当たるように言う代表者に、装甲服の一人はややおびえながら答える。
そして、六人の装甲服は格納庫を出ていった。
「…さて。それでどこに拘束していると?」
『そこの舞踏姫に案内してもらいましょう。ちょうどいいところにいますし』
「了解です」
舞踏姫は敬礼し、了承する。
どうやら、既に舞踏姫の指揮権は総司令が握っているようだった。
「では。少しお待ちください。余計な装備を解除してきます」
「早くしろ」
苛立ちを隠さずに言う代表者から数歩離れ、舞踏姫は体を覆っている、損傷した装甲を分離する。
「準備できました。それでは」
舞踏姫は、短時間とは言え戦闘を行ったにしては小綺麗な体を動かし、代表者の前を歩きだす。
彼はその後に続いていく。
「…全く…ここの管理職も、戦闘指揮官もなっていない。状況が分かってないのか?」
代表者は舞踏姫の後ろを歩きながら呟く。
「人類は滅亡の危機に瀕している。地上も、空も奪われ、今はその狭間にいるしかない。そして、双方から攻められている…」
「……」
舞踏姫は無言で歩く。
「資源も足りず、都市は今なお破壊または廃棄だ…。既に十二の都市がこの半年で消えた。状況は最悪に近い」
代表者は続ける。
「…いくら新技術の…物体の変化の方向性を操作する技術ができたところで、それを発展させる前に人類が滅びては意味がないというのに…」
舞踏姫は十字路を右に曲がり、不気味なほど静まり返った通路を進み、代表者はその後に続く。
「全く。こんな間抜け共が都市の破壊や敵の侵入を助長しかねないことをすることで、滅びが早まりかねない。…クソが」
長い、長い坂道を降りていく。
「…なんとしてでも、持たせなければならないのに、だ」
ふと、舞踏姫が足を止めた。
「…?」
代表者も、愚痴るせいで下がっていた顔を上げ、止まる。
「…無駄です。これまでとは全く系統の異なる技術の発展には、時間がかかります」
「…急に、何だ?」
いぶかし気な表情を浮かべる代表者。
それを無視し、舞踏姫は続ける。
「十数年は、少なくともかかるでしょう。そしてそんな時間が経つ頃には、人類は消えている。もしくは少数がひっそりと生き伸びる程度でしょう」
「……?」
舞踏姫は振り返る。
「何故ならば、人類は確実に勝てないから。空の敵は殲滅できても、地上の敵は絶対に滅ぼせない」
「…どういうことだ」
妙な雰囲気を感じ取った代表者は、舞踏姫を見ながら身構える。
「地上の敵、エンジェルは自然界に完全に定着しました。そして、突然変異と進化までも起こしています」
「突然変異と進化、だと?」
「今のままでは人類殲滅を成し遂げられない。そう本能的に悟ったエンジェルたちは、既に姿を変え始めている。そして。ここにいるのが、その第一号と、なる」
「ここに、いる……だと!?」
舞踏姫の言葉により、危険を悟った代表者は逃げようとする。
その瞬間であった。
「……」
舞踏姫が飛び上がり、いつの間にか天井にあった穴に滑り込む。
直後。
「な……」
奥にあった壁を突き破り、それは迫ってきた。
「これは……」
『見て、もらえたかな?』
総司令による短い通信。それが聞こえたときには、代表者は既に飲まれていた。
植物と翼と穴が融合した何かに。
「…こんなものが出現する以上、人類に勝ち目はない。…と、基地総司令は言っています」
床となった天井の穴を閉じ、上に退避する舞踏姫。
『いやぁ、せっかくだから見てもらいたかったんですよぉ。人類が必ず敗北する証拠を』
総司令は言う。
声は飲み込まれた代表者の通信機くぐもって響く。
『だからね。どんなに頑張っても無駄なんですよね、こ』
通信機が瞑れ、もはや独り言と化していた通信は切れた。
▽ー▽
「やったのだろう、蓮本。お前が!」
基地内の一室で、両手両足を縛られ、床に転がされた優樹を総司令の報告役が蹴る。
「なんの、こと…」
「とぼけるな!お前、見逃されると分かっていて、最悪なことをやらかしてくれたそうだな!こんな人類危機の状況で無駄な混乱を招くようなことを!」
報告役は激情を露わにして叫ぶ。
そんな反応に対し、困惑と恐れが混じった表情で、優樹は言う。
「なんの、ことだ」
「まだ白を切るか!いい加減に認めろ!この極悪人!お前が、襲撃をして爆弾を奪取したんだろ!それで社会を混乱させた!それで国際連合議会は無駄な時間を消費し、それによって多くのことが後になった!そして!」
報告役は息を吸い、叫ぶ。
「援助を即行うべき都市の援助が遅れ!俺の家族が死んだんだ!」
「……なんの、なんのこと。なんのことなんだよぉぉぉ!!」
優樹は叫ぶ。分からないという思いで。
そんな彼が昨晩持っていた直方体…包装された赤い箱は、基地総司令の手元にある。そして、その中身とは……。
「…これは、手の込んだつくりのマフラーですね」
ニロイに送る、手作りのプレゼントだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます