[第三章:消え去るべき鎖/暴走者265]その6

 その日の朝は、とても静かだった。

「楽しみだね」

「そうだな」

 交流会へ向かう渚と凪の、二人の時間を邪魔しまいとするかのように。

 前者は逃げるように、後者は誤魔化しを主にして、集合場所の公園に九時にやってきた。

 そして今、交流会の場所へと歩を進めている。

 イベントの始まりは九時二十分。公園からは徒歩十五分の距離だ。

 二人は談笑しながら、不気味なほど静かな町を歩く。

 町の住人はほぼいなくなり、残った者たちもほとんどが、今日のイベントを境にいなくなる。

 彼らの廃棄決定都市での仕事も、この日かその前に終わりを迎え、去るための荷造りもできているからだ。

 そのため、今回の交流会が、本当に最後のイベントだ。終わった後には渚たちや、基地の者くらいしか都市に残らず、後者の者たちも廃棄当日にはいなくなるだろう。

「具体的な装飾は…」

「形は…こんなのが、いいと思うなぁ」

 二人は歩いていく。同時に、残り少ない普通の時間を消費していく。

 そして。

「着いたな」

「もうすぐだね」

 巨大な体育館に凪と渚は到着する。

 そこでは、先に来た十数人の参加者と、入り口で大旗を振る主催者二人がいた。

 一人は妙齢の女性で桃色の和服の下にロングスカートを着用。もう一人の少女は彼女のADのようで、似たような恰好であるが、スカートがミニであることに違いが見受けられる。

「ようこそ!私の自腹腹切り交流会へ!会場開けるのは後五分なので少々お餅…あ、神田」

「主様、噛んだのに気づいたのはいいのですが、その言い方だと神田さんがいるみたいです」

「…え、呼びました?」

 参加者の一人が手を挙げて言う。

『神田さんいたぁ!?』

 主催者二人は息ぴったりで叫ぶ。

「……すんごいハイテンションな人たちだね…。ちょっと馬鹿っぽいような…」

「少なくとも、ボケ気質はあるとみて間違いないようだ…」

 神田さんの存在から続けて変なボケ反応を続ける主催者を半眼で見つつ、渚と凪は開場を待つ。

 そして五分が経過する。

「ちょいちょい主様、主様。時計を、ほら時計」

「ありがと時計」

「語尾が変です主様。時間です主様」

「そなたも変だぞ主様…、あ、時間。それではお待たせいたしましたぁ!会場です主様ぁ!」

「主様、語尾がまたおかしいです」

『………』

 天然系漫才をもはや呆れ顔で見ていた参加者たちは、主催者二人によってあけられた扉から中へと入っていく。

「先頭から奥へどうぞ~。複数人参加ならシートをご利用ください~」

 渚と凪も、他の参加者に続いて中に入っていく。

 進んだ先は、天井の高い木製の床を持った空間だ。

 床の上にはブルーシートが十枚ほど二列に敷かれ、それらの間には通行用の道がある。また、シートはお菓子か何かの空き箱で左右に区切られていた。

 参加者は奥のシートから座っていき、渚たちは入り口側から二番目の左側のシートの右側に座る。

 そして全員が座り終わり、静まったところで、

「…さてさて。皆さん座りましたね?」

 主催者の女性は軽快な身のこなしで開いた通路を駆け抜ける。最奥のシートを過ぎてすぐのところには、十数の空缶を縛って作られた台があり、彼女はそこに飛び乗る。

 彼女のADも後に続いた。

「マイクはないので肉声行きますねぇ。それではまず、シートにおいてある道具と材料の確認です!」

 女性は手の形だけマイクを持っている風にして言う。

 なお、かつて使われていたマイクは廃れているため、参加者のほとんどが、女性が何を持っている風なのかは全く分からない。

「皆さんのところに工具箱と材料をいれた木箱がありますね?工具箱にはプラ板カッターと木工用ナイフがそれぞれ二つずつ、目の粗いのと荒くないヤスリが計四つ入っています。調整用の定規と下書き用の鉛筆もね?材料はプラ板、木版ともに二枚ずつです。後接着剤も入ってますよー」

「換気のために体育館の窓は全部開けてあるので安心してください」

 女性のADが付け加える。 

「使い方は蓋に印刷したものを貼ってあるので見てくださいねぇ。…さてさて。最低限の説明はこ・こ・で・終了ですよぉ。皆さん、開催時間の間、自由に作品をおつくりくださいねぇ?途中でも道具は全部差し上げるので、心配はご無用ですよぉ!」

「それでは。主様に代わって宣言します。交流会開始です!質問はいつでもこちらに!」

 その言葉と共に、交流会は開始される。

 参加者が道具の使い方を確認し、何を作ろうかなどと話す中、渚と凪も他の人と同じように工具箱を開け、使い方を確認する。

「それじゃぁ始めよ、凪」

「よし。やろうか渚」

 二人は確認終了次第、ブルーシートの上に置かれたカッター版(物を切るときに机などが傷つくのを防ぐもの)に木版を乗せる。

 次に定規と鉛筆を用い、それぞれ木版につくものの大まかな型を作る。

 これを切り出した後、さらに細かな形を削っていくのだ。もちろん、二人は素人であるため、そこまで細かい形を造形することはできない。

 他の参加者の中にはできる者のもいるようで、わざわざ事前に作った、緻密な設計図を持ち込み、作業に打ち込んでいる。初めの型取りから、技術の高さが伺えた。

 そんな上手な人の手際のよい作業を見つつ、二人は作業をしていく。ちなみに、他の人のものを見るときは手を止めている。刃物を扱うときによそ見をするのは、何に使っていようが危険だからである。

「…か、硬い」

「ずれた…」

 二人は型の彫り出しに苦戦する。

 ADつまりは機械である以上、動作はある程度正確にできるが、造形に完全対応したようなものではない。日常でやるようなものではないため、製造段階で想定されていないためだ。

 そういった事情から、二人は考えたようには彫れず、小さく唸ることになる。

 彫るというのはもとより難しいものであるため、それに拍車がかかる。

「…よ、ようやくできたぁ…」

「次は細かい造形か。一人がやって、もう一人が道具を手渡したり、ミスの指摘をするのが、いいか」

 凪が判断を口にし、渚が了承。

 後者が彫り出したやや不格好な型を手に取り、前者が補助に回る形となる。

「次は、細かい造形のため、線を引こうか」

「そうだね」

 二人は徐々にではあるが、苦労しつつも製作を進めていく。そう上手くはいかないものではあるが、それでも、二人でやっていること、ともに何かを作り上げていくことは、非常に楽しい事である。

 何度もミスを重ねつつも、二人はまず渚の物から、次に凪のものと、昨夜決めておいたものを作っていった。

 そして、二時間ほどが過ぎた頃。

「できたね、凪!」

「そうだな。渚」

 笑顔の二人。その手の中には、それぞれ一つの小さなキーホルダーがある。

 渚の物は、木製の桜の花を象ったもの。

 凪の物は、木製の葉っぱを象ったものだ。

何分初めての作品であるため、正直なところだいぶ出来はさほど良いとは言えないだろう。

 ちなみに、もともとはお互いにもう少しは複雑なデザインのものを作ろうとしていたが、断念している。

…しかし、出来が多少悪かろうと、本人たちとしては一向にかまわない様子である。

「これで、思い出作れた…!」

「そうだな」

 二人は笑顔で頷きあう。

 初めての工作。作品は失敗作かもしれないが、その時間が過ごせただけで、二人は満足な様子であった。


 …そして。これで終わりとなる。二人の楽しい時間は。



「…気に入らない」


 瞬間。

 体育館は、爆炎に包まれた。


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