[第三章:消え去るべき鎖/暴走者265]その5

『そういえば、初めてだよね。一緒にイベントに行くなんて』

「うん。そうだな」

 交流会を明日に控えた夜、凪は渚からの電話を受けていた。

 予告なくそれを行った彼女は、そのことを謝りつつ、話題を明日のイベントに振っている。

(渚…)

 凪はその際、初めての彼女との電話と、昼間の会話の内容と彼女の様子などから、彼女が嫌なことがあり、それから意識をそらすために通話をしているのだと理解した。

(渚の…)

 凪は推測する。おそらく、彼女の主である龍太郎が原因であろうと。

 彼が彼女に対し、今まで何をしてきたのか、凪は良く知らない。

 だが、渚を嫌な気持ちにさせるようなことをしてきたのは間違いない。

 であるからこそ、彼女は主を捨てたいと言っているのだろう。

(渚……)

 それが事実であるならば、凪は龍太郎を良く思うことはできない。

 もし対面したならば、彼が彼女にした行動を咎めることは間違いない。

(そうなったら…私は)

 そして、彼は思う。

 過程が事実で、かつ渚の主と対面した時、自分は渚のために怒り、彼女の主を攻撃するであろうと。

(そうしなきゃ、ならない。………雲日)

 自身の主が彼にそうあることを望んだこと。

 誰かのため、ときには怒って悪い奴を倒し、ときには身を捨てて助ける、ヒーローのようなあり方を、彼は受け入れたままであるから。

 …ちなみに、そういうことがあるからこそ、渚をあの時、彼は助けたのであった。

『凪。明日、楽しみだね』

「うん、そうだ。せっかく何か作るんだ。手の込んだものを作ろう」

『うん。それじゃぁ、何がいいかな?ちゃんと考えようよ』

「そうだな…。携行したいなら、小さいものの方がいい。飾っておきたいなら、大きなものもいいなぁ」

『あっまりおっきいと困るかな。…あ、キーホルダみたいなのとか』

「…たぶん大丈夫じゃないかな?素材がプラや木材なら加工も容易だろうし」

『じゃぁ、それ作ろう。一緒に。…できたら、私が持っててもいいかな?』

「構わない。ああ、そうだ。私もせっかくだから作ろうかな。記念に」

『いいと思う!私も手伝うよ。だったら全部で二個、二人で作るってことになるね』

「ああ。楽しみだ」

『うん!』

 二人は楽し気に言葉を交わす。

 物理的に離れていても、二人の間の空気は温かい。

 軽く明日のことを考えて、思ったことを軽く言って。二人は何気ない…だが大切な時間を過ごす。

 お互いに、主とのものとは違う、それらより遥かに心地の良い時間を過ごしている。

 二人共が、会話の中で思う。こんな時間がずっとあればいいと。

 もし、渚が言ったように、主を捨てられたら…邪魔なプログラムがなくなれば、その望みは叶うかもしれない。

『……………ねぇ』

 ふと、渚が言った。

『…凪。私たち、いつまで遊べるかな。いつまで、会えるかな』

「それは……」

 凪は沈黙する。

 簡単に答えられはしない。雲日がいつこの都市を離れるのかは分からない。

 もしかしたら、離れないのかもしれない。亡くなった夫に執着を見せる彼女は、このまま家に居続け、都市と運命を共にする可能性はある。

(…十二分に、ある。雲日なら)

 凪はそう判断する。そこに、願望のようなものも交えて。

『私…ずっと凪と』

「…渚」

『うん?』

 凪は言う。

 推測と、願望を交えたことを。

「きっと。私たちはここがなくなるまで会える。可能性から考えて、私がここに残る可能性は十分にある。むしろそうなる可能性の方が高い。…大丈夫。明日が終わっても。二週間と少しの間、毎日遊べる。一緒に、過ごせる」

『そうかな?』

 不安そうな渚の声が、凪の耳に届く。

「…ああ」

 彼は、静かに頷く。

『だと、いいね。そうだったら、私嬉しい』

「私もうれしい」

 二人は笑う。

『できれば、一緒にここから出たいけど…それで私は十分だよ。…そうだ。明日のことはさっき決めたし、その後のことも考えない?新しい遊びとか。残りの時間目一杯でやる』

「いいなぁ。交流会が終わった後も、二人で楽しもう」

 二人は約束する。永遠ではなく、決して長くもない時間だが、より良い時間にしようと、その意思を確認しあう。

 その僅かなときがあると…何の疑いもなく思って。

 


▽―▽


「よし…」

 深夜の格納庫の一角で、優樹は言う。

 その手には、小さめの直方体がある。

 材質や色は、格納庫の明かりがほとんど落とされているために判別不能だ。

「これで…彼女を」

 優樹はニロイのことを思う。

 兵器としてつくられた彼女。だが人であるの彼女。普通の人らしくあってほしい彼女。

 そんな彼女のために、彼は行動する。

「明日に」

 呟く。そんな彼の後方には、ある存在がいた。

「……」

 沈黙するそれは、舞踏姫だ。

 しかもその姿は、新型爆弾を奪取に向かった三機の一機。クレーンアームのものである。特徴的なアームこそないが、以前と同様の装甲を装備している。

 優樹を背後から無言で見つめる舞踏姫の目は、紫だ。

「………」

 そんな格納庫の様子を、捉えているカメラがあった。

 天井に備え付けられたそれは、静かに現場を記録して納める。そして、そのデータを基地総司令のもとへ送るのだった。


▽―▽


 渚や凪が充電機で眠りにつく中、車両に乗って[能勢口]へと向かうのは、国際連合会議の調査団だ。

 だが、そうは言うものの、代表者の大男を含めた七人に、まっとうな調査をする気はない。

 速やかに容疑者を捉え、拷問の後、情報を吐かせる。必要であれば、暴力も厭わない。

 それが世界の現状から見れば、禁忌とも言うべき行為を行ったものへの報いだと、全員がほぼ同じように考えているからだ。

 なお、武器を六人が携帯しているが、その理由は次のようなものだ。容疑者の手元には舞踏姫が少なくとも一機、手駒として存在する。攻撃された際に備えてのものだというのが、武装の理由である(舞踏姫などを持ってくるわけにはいかないので人が武装している)。

 そして、そんな彼らには、別に任務もあった。

 この、ある種都合の良い事態を利用し、新技術による銃弾を試用するというものが、である。

 間違いなく、容疑者…というか犯人は反撃を行うだろう。

その際に弾の性能を試すのである。

後々のことを考え、人が使用することも視野に入れたそれを使うには、今回の事態はうってつけだ。人類防衛の輪を乱す相手に対して使うには、危険な威力であろうがなんだろうが何の問題もない。

「明日の朝には到着する。着き次第、ただちに行動を開始する」

『了解』

 代表者の言葉に、その他六人が整った返答を行う。

 そして彼らは、都市へと近づいていく。


▽―▽


「後…十…いいえ。せいぜい、三日ですかね?」

 総司令は、今日も一人で呟く。

 そして、日付は変わる。六、七時間が経ち、朝が到来する。

 ついに、最悪の始まりの日が、やってきた。

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