[第三章:消え去るべき鎖/暴走者265]その4
「……」
ニロイは、格納庫で作業を手伝いながら考えていた。
人らしさとは何なのかを。
「……」
今まで、優樹から様々なことを聞かされた。様々な遊びを体験した。幾人かの、人物を見た。
(人らしさとは……)
今まで見た人々は誰もかれも、自身の感情と思しきものを露わにしていた。
時に、恐怖から逃走を選択し、時に怒りから攻撃を選択していた。
「……」
優樹や渚、凪、オカマ(段ボール装備型)等々。
彼らは思うことを吐露し、他人に何かを求めた。
それは人と思われる全員がやっていたこと。であるならば、それは普遍的なことであり、普通な人に当てはまることで。
(…思いをむき出しにして、行動するのが、人らしさなのでは)
結論が出る。
そのことにニロイは少なくない達成感を感じる。
(であるならば。当機は…)
人らしくあるために、行動せねばならない。
彼女はそう考える。
ちょうど明日に、工作交流会なるものが開催される。
(…それはとても)
彼女は作業の中思う。
育んだ感情を、燃え上がらせていく。
▽―▽
「…おい」
渚が凪を、明日の交流会に誘った日。
夕暮れ時から、夜へと移行する時間に家に戻った渚に対し、龍太郎は声をかけたのだった。
「…お前、最近何をしている」
彼はいつも通りにリビングから離れずにいる。酒瓶は相変わらず転がっているが、もう家の在庫もないし、店で買うことも都市廃棄の関係できず、数は増えていない。
つまりは、彼は素面に近い状態であった。
「…マス、ター」
リビングの入り口近くに立つ渚は、不安そうにそれだけ言う。
「…お前は今まで、ずっと俺に尽くそうとした。常に、それだけのために動いていた。だが…」
龍太郎は、顔をしかめる。言っていて彼が思い出したのは、そこまで昔でもない自分。
今は苛立つだけの過去だ。
「……」
彼は沈黙し、記憶を追い出そうとでもするかのように、激しく頭を振る。
尋常ではない振り方に対し、渚は声を上げようとするが、口を開けたところで止まってしまう。または、止めたのかもしれない。
「…お前は最近、買い物にかこつけて…どこかにいっているな」
「……それは」
渚は俯く。
「……俺が命令したわけでもないのに。勝手に」
「……」
龍太郎に言われ、渚は縮こまる。
「……お前は、何を?」
彼は問う。ここ最近、正午過ぎから夕刻まで高頻度でいなくなる自身のADに対して。
何をしに行っているのか。何がしたいのか。何の狙いなのか。
もしそれが…。
(……、なら)
とても…気持ち悪い。そう、彼は思う。
「お前は……」
問いに対して、すぐに帰るのは沈黙だ。
渚は黙って、体を僅かに震わす。
「…なぁ」
答えが一向に来ないため、龍太郎は再度答えを求める。
と。
「…いや」
「?」
呟きが漏れた。
(嫌…?)
「…マスター、には…。言い…たく…ない」
「なんだと……?」
渚は何かに阻害されているかのように、ぎこちない回答を返す。
そしてその返答の内容に対し、龍太郎は驚く。
(ADが主に逆らった…?)
あり得ないことだ。
ADは好意プログラムの存在により、主に足しては基本従順だ。改善のための助言をしてくることもあるが、それはあくまでも主の補助の意思によるものであって主に逆らっているわけではない。
主の言い方の問題で、ADの思考の結果、主の望みと違う回答、行動を行うことも、ないわけではない。
だが、主の意思に対する明確な拒絶と言うものは、あり得るはずがない。正常なAD…機械であるならば、今の渚のような状態に至ることはない。
(……こいつ)
龍太郎は直感する。渚は、何かおかしくなっていると。バグでも発生しているのかもしれない。
そんな風に彼が思う中、渚は半分、自分に言い聞かせるように言う。
龍太郎には、自身の中の何かに抗うかのように見える。
「私は…マスターには言いたくない…凪のことは…。マスター、なんかに…私の気持ちを…」
「………」
龍太郎は沈黙する。
そして、渚が今しがた言った、凪という存在について考える。
(確か…[フービ]にそんな名前の連絡先の新規登録があった……)
渚は現在、龍太郎の持ち物だ。私物を管理する責任と権利が彼にはあり、そのために彼女の情報はある程度彼が握っている。さすがに彼女の頭の中までは知りえないが、彼女のフービのデータぐらいは手元にある。というか、共有状態にある。
今までは酒で酔っていたために気づきはしない彼であったが、素面に近い今であるからこそ気づけた。
「…お前」
龍太郎は渚の性格と、最近の行動から、その凪と言うものと何かがあると察する。
「……聞かな、いで…。やめ、て…」
言いながら、渚は自分の部屋へと去っていく。そんな彼女は、自分の主のための行動を、以前ほど行わなくなっていた。
この日行ったのも、朝、昼、そして帰ってきたときにした龍太郎の生存確認程度だ。
ADにしては主への扱いがぞんざいに過ぎる。
(まるで、壊れでもしているようだ……)
その可能性に思い当たり、龍太郎は少し思うことがあった。
だが、彼は思考をすぐに止めてしまい、それ以上考えない。
また酒を飲み、嫌なあの時を忘れたいと思う。
「ああ…。だが、もうない…」
この都市は捨てられる。その期限は迫り、生きたければ今すぐにでも退去するべきだ。
だが、彼はそうしない。渚に全力で説得されても、絶対に動かず、このまま二週間と少しの後、都市と運命を共にする。
…だが、彼にとってはそれでよいのだ。
「ここを出てしまったら…俺はずっと…」
忘れたい体験に蝕まれ続ける。そうなるくらいなら、ここで消えてなくなった方が楽なのだ。
「…………ああ」
彼は思う。もし、あの時のままだったら。あの状態のままであったら、どれだけ良かったろうか。都市廃棄の決定より始まるあの出来事さえなければ。
「……」
だが、思っても、呟いても、言っても、全ては後の祭り。
その胸には、後悔はないが未練はある。
「……くそ」
酒で忘れることも、暴れることも叶わない彼は嫌がおうでも過去を思い出すしかない。
それにより、不快極まりない気持ちを繰り返すしかない。
「ええい…。なにか、なにか…」
彼は別のことをして気分の誤魔化そうと、視線をリビング中に向ける。
酒瓶が視界のほとんどを占める中、彼は足元に転がったあるものに目を止める。
「…フービ」
渚が先ほど言っていた、凪と言う存在。その二人の通話記録が、この汚れたフービには入っているはずである。
「……」
その考えに至った彼は、興味本位の面強くで、フービを手に取る。
「あいつは…」
指に巻き、起動させ………彼は記録を見た。
たっぷり深夜までかけて。その最中に行われたらしい、渚と凪の会話記録も。
「……………………う」
そして。彼は思う。
「……………きもち、わるい…」
まるで、過去の……を見ているようだと。
「…」
その時には、彼の明日…いや、今日の行動は決まっていたのだろう。
「………」
龍太郎は、かつてと違う今の自分をも嫌に思いつつ、動く。
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