[第三章:消え去るべき鎖/暴走者265]その3

「工作交流会?」

「うん。明日やるんだって」

 その日、凪は渚に一枚の紙を指し出された。

 渡されたそれには、鉛筆で書かれたのであろう、色に厚みのある髪飾りや容器の絵が描かれている。

 次のような文言も載せられていた。

「ええと…『最後のイベント開催! ※なお開催費用は主催者が全もちで金欠です。死ぬ~』」

「これ、どこでもらったんだ?」

 凪が聞くと、渚は自身の後方の道を指さす。

「公園に来る途中、変な人たちがいてね。ブリッジした男の人に乗った女の子が渡してくれたの。ぜひ来てねって」

「それで貰ったと」

 言いながら凪は紙の裏を見る。そこには開催日時と開催場所の名前と住所が手書きで記載されていた。

「場所は市民体育館か」

「そう。あっちだね」

 渚は後ろに視線を送る。

 その先の住宅街を超えた先にある、一階建ての大きな建物が市民体育館だ。駅が近くにあり、敷地面積から結構目立つ存在である。

 なお、以前のエンジェル侵入時、目の前の道路が被害を受けており、安全に行くには遠回りが必要だ。

 この公園から行くなら、渚の家の付近を通ることになる。

「聞いたところによると、主催者が持ってきた木版とかプラ板を使って工作をするんだって。材料もカッターナイフとか紙やすりとかの道具は体育館に用意してて、手ぶらで行けるらしいよ」

「へぇ。こんな時期にそこまで用意するとはな。最後のイベントと言っていたし、気合が入ってるらしい」

 渚は凪の言葉に頷き、

「っぽいよ。このチラシも、主催者側の女の子自前で、頑張って書いたんだって。凄いよね」

「確かにな。絵のクオリティがかなり高い」

 チラシの絵は、鉛筆で書いたこともあるのか、立体感を感じさせる良いものである。

「…それで?これを持ってきたのは…」

 凪は推測する。

 渚は自分と何回も遊び、かなり仲の良い友達と言える関係にまでなっている。そんな彼女が、わざわざチラシを持ってきて、見せることまでしたのだ。

 そこまでして、そんなのがあるよという世間話で終わるわけもないだろう。

 …まぁ、彼女は勢いで喋っている節があるので、ただ面白そうなことを聞き、それを共有しようと、後先考えずに行っている可能性もある。

 などと考えつつ、凪は渚に言う。

「行きたかったり?そういうことか?」

 言われた彼女は二度うんうんと頷く。

「そう!ぜひ、ぜひ行きたいの」

「そうなのか」

 言いながら、凪は思う。

(まぁ、いつも公園で遊ぶだけじゃつまらない。時間も昼下がりだし、参加はできる。なら、行くべきだ。というか、私も何気に行きたいし。渚と…)

 お互いに同じ気持ちだと、判断した凪は渚に参加の意思を表明しようとする。

 そんなとき、ふと過去の記憶が、蘇る。

(……そう、いえば)

 かつて。凪が、自分が主である雲日と良い関係を築けていると、そう思っていた時のことだ。

 彼は精神状態が安定し、復調したと思われた彼女と、地域のちょっとしたイベントに参加した。

 二人組で得点を競うボードゲームを行うそこで、二人はベスト4まで残り、それなりの上位の結果を残す。

 ライバルたちと接戦をし、雲日と共に勝ち抜いたゲームは、確かに楽しかった。

 イベントの終わりを告げる、簡易的な表彰式が行われる、そのときまでは。

(………雲日は)

 そこでベスト4という高順位故、健闘賞を貰った時。

彼女は彼を、凪ではなく凪沙と…死んだ夫の名前で呼んだのだ。

(あの日から、私は)

 連鎖的に記憶が飛び出す。

 どこか不気味で、嫌な日々の記録が、凪の頭の中で流れていく。

(…。今の渚との時間とは大違いだ…)

 自然と、凪の表情が暗くなる。

 心の中で、現在の楽しい時間を意識し、気持ちを上書きしようと試みる。

 だが、それをするほどにあの時間は蘇る。雲日の存在が頭の中に現れる。

(…嫌なのに。どうして。どうして…。彼女のことが…)

 それは、主への思い、気持ち、考えを忘れさせないよう、意図的に出されたもののようにも、彼は感じる。

(…最近は特にそうだ。渚へ意識を、気持ちを向ければ、それが大きくなれば、なるほど…反発するかのように)

 きっともう。雲日への気持ちは……はずなのに。

(…。なに。いったい、なにか)

疑問と不快感と違和感。それが彼の中で渦巻き始める。

初めて渚と遊んだ時点では、なかったそれが。

「…ぎ。凪!」

「…あ、うん」

 意識が内側に向いたせいか、渚の声を聴いていなかった彼は、何度か名前を呼ばれてようやく反応する。

「どうしたの?いつもみたいに、暗い顔してるよ?」

「いや…これは」

 凪は沈黙する。

 散々同じ様子を見せ、説明なしできていたため、そろそろ事情を話してもよいのではないか。そのような考えもあるのだが、自身の面倒ともいえる事情を渚に対し話すのは、彼女を嫌な気持ちにさせるかもしれない。

 しかし、このまま何も言わないままいる方が、彼女に嫌な気持ちにさせる可能性も、彼の頭をよぎる。

 であるならば、言うべきかもしれない。…どちらにしろ、彼女に変な負担がかからないようにしたい。

 渚への思い故、彼はそう考えていた。

 …と。

「もしかして。これない?」

「…ん?……あ、交流会」

 また一人で考えそうになった凪は、渚の言葉で現実に意識を戻す。

「凪は、来れない?…私、どうしても。あなたと行きたいと、思ってるん、だけど…」

「これない?そんなこと言…あ」

 凪は会話の流れを振り返り、先ほどまでの自分様子の問題点に気づく。

行きたいと申告する渚に対し、沈黙して答えないというのは、いけない、行きたくない意思の表明ととらえられてもおかしくない。

(不味い。私も行きたいのに。訂正しないと)

 そう思って口を開こうとする凪であったが、それより先に渚の言葉が発せられる。

「私はあなたと行きたい。そこでなんでもいいから、何か作って思い出にしたい。あなたといた…こんな時間があった、証拠にしたいの」

「…?それは、どういう」

 妙な渚の物言いに違和感を覚える渚。

 遠くないうちに自分たちは、おそらくではあるが、都市が廃棄される前に主とともにこの都市を離れる。そうなれば、離れ離れとなり遊ぶことはできなくなるだろう。だが、フービで繋がっている以上、画面越しとはいえ顔も見れるし声も聴けるし心を通わせることは可能だ。

 それぞれの主が行く場所によっては、再び会える可能性もなくはない。

 にも拘らず、渚はどうしてそういうのか。まるで。

(私と、二度と一切の触れ合いができなくなるように。永遠に離れてしまうかのように)

 凪が思う中、その考えを補強するかのように、渚が続ける。

「私、ほとんど絶対、この都市を出れない。マスターが、出る気がないから」

「何?」

 渚は驚く。

(出る気がない?しなかったら、遅かれ早かれ、死ぬことになるのに…)

「ほ、ほんとうなのか?」

 その言葉に渚は、ゆっくりと頷く。

「…うん。もう自暴自棄になっちゃってて。私の言うこと、全く聞いてくれないし…」

 渚の表情は暗くなっていく。

「ここがなくなるまで二週間と少しない今まで、私がここに来てこれたのは、そういうことだし」

「……」

「私、凪の事情は知らないけど…でも流石に、ここがなくなる前にいなくなっちゃうでしょ?」

(かもしれないけど…)

 言葉は続く。

「でも、私は残るしかない。多分、ここが壊れるときには私も一緒に。だからせめて…あなたといた時間の証が欲しいの」

 渚は言い終わる。勢いで喋っているところもあったのか、少し力んでいたようで彼女は肩の力を抜く。

「ちょっと、押しつけがましくて、迷惑な感じかもしれないけど……お願い。一緒に、参加してくれない?」

 彼女は凪の顔を見て、言葉を締めくくる。

 それに対し、凪は言う。

 特に断ること理由もなく、むしろ了承する理由しかないのだから。

「分かった。参加する。明日、一緒に行こう」

「…!やった!」

 渚は笑顔になって言う。その顔には、大きな喜びを感じるとることができた。

「チラシを見たとき、私も行きたいと思ってたんだ」

「そうなの?…じゃぁ、さっき黙っちゃったのは、どういう?私、てっきりこれないから嫌に思ったりしたのかなって、思ったんだけど」

 渚は首をかしげる。

「ああ、さっきのは…」

 少し考えたが、軽くではあるが凪は渚に話すことにする。

 どうやら彼女も、彼と同じように自身の主関連で悩みがある様子だ。

 ならば話しても、共感を呼びこそすれ、変な負担をかける可能性は少ないだろう。

 彼はそう判断し、自分の主をことあるごとに思い出し、嫌な気分になってしまうことを伝えた。

「…そうだったんだね。私と同じで」

 凪から話を聞いた渚は言う。

「マスターの態度のせいで、嫌な気持ちにさせられる。そんな時間が続いてたんだ」

 凪は頷く。

「…ごめんね。こんなこと、話したいことじゃ、ないでしょ?余計意識しちゃうし」

「いや。別にいいんだよ」

 凪は手を振って否定する。

 その様子を見た渚は、「そう」と言う。

「…捨てられたら」

「うん?」

 渚の口から、言葉が漏れる。

 一見話につながりがないように思える発言に、凪は少し不思議に思う。

「…ねぇ。凪も、思わない?」

「何を?」

「…邪魔だって。捨てたいって」

「…?何を…?」

「マスターを」

 その発言に、凪は目を見開いて驚きを露わにする。

「私はちょっと、思ってるの。もしそれができたら、凪といられるから」

「私と…」

 呟く凪。

「私はあなたとの時間がすっごい楽しくて…マスターとの時間より、ずっといいの…」

 渚はその場でふと思いついたのか、いきなりの問を凪に投げかける。

「あなたも、そう思ってくれてる?なら…嬉しいんだけど」

 急に答えを求められ、若干戸惑う凪。

 だが、渚の問いへの答えと言うのは、この場に来る前から、既に決まっているものだった。

「私も、楽しい。渚との時間の方が、よいとは思う」

「そう。ありがとう」

 再び、渚は笑う。

「…けど、私は雲日を捨てたいと……」

 思わないとは、言えない。なにせ、彼女への思いはやはり…。

「…」

(彼女と離れれば、離れることなく、渚といられる…かもしれない。それは…)

 魅力的なことに、凪は感じる。

 だが、雲日を捨てたいと望むことはできない。どこか機械的に湧いてくる、彼女への気持ちのせいで。

「……プログラムがなかったら」

「プログラム…?」

 渚の独白に、凪は反応する。

「…私も、きっと凪も縛る…それがなかったら」

(プログラム…機械の行動を、規定するものが……?)

「…私たち、きっと自由だよ。今みたいな、嫌な気持ちを感じなくて済むんだよ。きっと…」

「…………」

(プログラム…………)

 凪は、渚が今口に出すことになった、その意味を考える。

 そんな彼は今の時点では、自分を縛るプログラムの存在を認識しきれてはいない。

 


 その後二人はいつものように遊んだ後、明日を楽しみにして分かれるのであった。


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