[第三章:消え去るべき鎖/暴走者265]その2

「指示者はいったい誰なのだ!」

 そこは、電子空間上に存在する会議室であった。

 真っ白な空間を下地として、その上に、中心に穴の開いた灰色の円卓とその席が、外側へ向かって何輪も存在している。

 形として、円卓と席が中心に浮かぶ四つの画面を囲い、巨大な円形を形成していた。

 その空間に自身のアバターを配置し、今なお言葉…中には暴言に近いものを飛ばすのは、世界に存在する各浮遊都市の代表である。

 彼らに限らず今現在の議会は、いずれもこのような形で討論を行っている。

 理由は二つで、一つ目が都市間の安全な移動手段が、間に挟まる都市の内部を通るものしかないため、航空機などを使った、効率的な移動ができないことだ。

 わざわざ面倒な交通機関の乗り継ぎを繰り返し、かなりの時間をかけ、物理的に集まって討論することに、その手順分の意味は、現在はない。

 二つ目は、現在の技術があれば、離れていても電子空間に構築したアバターに、操作するものの表情やしぐさ、声などを完全に届けられ、かつての直接での話し合いと変わりない状態にある。

 ともなれば、現在の形態の方が、通信さえ繋がればできるため(電波の中継地点は各都市内に点在する)、今や完全に会議の主流形式になっていた。

「[神戸]を急襲し、新型爆弾を奪取するという暴挙に及んだ舞踏姫。全三機が確認されたそれは、二機は全損に等しく、一機は行方不明」

 そう言うのは、円卓の中心に位置する画面の直下に立つ、ローブのような姿の少女型のADだ。

 彼女はこの会議の議長を担当する、それ専用の特別性だ。

 思考回路の質がそこらのADの比ではない。

 討論を効率的に進めることに特化し、思考の回転速度や、興奮した出席者を収めるための言葉の引き出しが尋常ではないのである。

 そんな彼女の本体は現在、以前の新型爆弾奪取の問題を、一つの議題として取り上げる会議のサーバールームにいる。通信状態の確認なども行いつつ、自身の仮想データをサーバー上に挙げ、議長として機能させていた。

「舞踏姫に命令を下し、禁忌と言うべき行為に手を染めた存在。正体が判明した場合、即刻拘束、監禁し、背後関係までも全て調べ上げる。この対応は会議冒頭において、全会一致で決まっています」

 議長は、白熱しすぎた会議室を沈めるため、話を整理する。そのために一度参加者の音声を切り、落ち着くよう手で示すことで、音声を元に戻した際、静まるようにする。

「この舞踏姫の命令者…仮称、人物αの正体は誰なのか。それについての調べは、国際連合会議直下の調査機関の手により、既に完了しています」

『おおっ』

 会議室がざわめく。

 その中で、ある参加者が声を上げる。

「やはり、[那覇]でしょう」

 今の時勢で珍しく、太りにふとった、腹の出た初老の女だ。

 龍太郎のビール腹(ちなみにあの大量の瓶は廃棄寸前のものを格安での大量購入を繰り返したもの)によるものとは違う。常に質の良い素材の料理を食べ、飲み物を飲み、それでいながら極度の運動不足がたたった結果のものと言える。

 そんな彼女は、遠くの席に座る参加者、[那覇]の代表者に向かって言う。

「第一調査書によれば、舞踏姫の残骸からは[那覇]の所属を表す記号がありました。今現在、別の都市へ舞踏姫の所属を移す場合、記号を変える義務がある。そして、無断で舞踏姫を別都市に流すことは禁止されています。貴重な戦力の管理がおざなりであってはいけませんからねえ。であれば、実行犯とも言うべき舞踏姫の所属は、浮遊都市沖縄の[那覇]で間違いありません!」

 やたら長い発言をしたのち、初老の女は沖縄の代表者に対し、指を突き付けて叫ぶ。

「この恥さらしが!」

 会議室がざわめく。

「議長さん、そうですね?」

 女が確認をとろうと議長に言う。

 だがそこに、沖縄の代表者が抗議の言葉を入れた。

「濡れ衣を着せるのはやめてもらいましょうか。私たちは無実です。私たちはそのようなことは、決して行っていません」

 代表者の彼は、かなり老いた老人だ。

 髪もなくなって、地肌が光源と化すぐらいになっているし、腰はいためすぎて常時ぎっくり腰状態。腕力もなく、箸を持っただけで震えが出て箸をスピンさせてしまうほどだ。

 だが、その声と意志だけは若者の雄々しく、たくましい。

 会議室の参加者の幾らかから冷たい視線を浴びせられても、怯むことなく言葉を続ける。

「ただでさえ、地上と空から攻撃され、敗北の危機を迎え、人類に余裕がない中、何故仲間割れを誘発することをしなければならないのでしょうか。そこに、ただでさえ少ない戦力を割く意味は?メリットとはなにか?爆弾は放っておいても時期に技術供与や現物提供で手に入れることができましょう」

「…」

 女側についている参加者が黙る。

「だいたい、こちらの都市が兵庫の[能勢口]と同じで、廃棄寸前なのは知っているでしょう?まだ決まっていないだけで、戦力も人もいない。守るのも価値もあまりない場所で爆弾を持ち込んでなんとすると!」

「おいおい、守る価値があまりないなどと、それは問題発言じゃないですか?」

「そんなことを言っている人が、代表者とは。これだから」

「否定する決定的根拠が、あるわけではありませんよね?」

 女が指摘する。その言葉に、沖縄の代表者は痛いところを突かれたとでもいうかのように、唸って押し黙る。

「やはり、下手人は[那覇]にいるのか?」

「内部の独断専行なら、監督不行き届き。責任問題ですねぇ」

 一部の者たちが、好き勝手に発言をし、会議室が騒々しくなっていく。

このままでは話し合いなどできはしない。といったところで。

「皆さん静粛に」

 議長が音声を一時的にオフにする。そして、先ほどと同じように静まる支持する。

(初めての事態に、二度目の会議でもまとまりがないようで)

 そう。今回のような事態は、人が天空と地の狭間に逃げてから初めてのことであった。

 ただでさえ形勢不利な戦いをする中、内部の分裂を誘発することをするなど、言語道断。それにより発生する不和は、防衛の協力体制に揺れを起こし、現状の悪化を誘発しかねない。

 また、その原因ともなれば、どのような制裁が下されるかもわからないし、得という得が本当にない。

 だからこそ、今まで誰一人として行わず、そうであるのは暗黙の了解となっていた。

 しかし今回、長年のそれが破られたことによって、今のように各地が騒ぎ、不和が起きているのであった。

 そしてこの事態により、防衛に関する議題が後回しになってしまっている。

 (大変問題なこと。…が、情報が既に)

「皆さん」

 議長は自身の話を聞かせるため、音声は切ったままで言う。

「この問題の犯人はほとんど判明しています。そして……それと[那覇]は関係がありません」

「!」

 女が愕然とした表情を浮かべる。今回の事態を口実に、賠償金でも支払わせようと考えたのだろうかと、議長は推測する。

 しかし、それは思考の隅に置き、彼女は続けます。

「…より精密な調査を行ったところ、あの所属記号はかなりの精度の偽物と判明しています。そして、実際の所属がどこにあったかもまた、明らかとなっています」

 言葉の続きを、強制的に無言である参加者たちは見守る。

「…[能勢口]です。繰り返します。所属は浮遊都市兵庫の[能勢口]です」

 瞬間、一人を除いて全員の参加者の視点が、ある一点に向かう。

「………?」

 数千の視線を受けた…スーツ姿の若すぎる、兵庫の代表者の彼は、混乱を露わにする。

 自分たちには関係ないと思っていたのに、実際はそうでないとされたからだ。

「[能勢口]にいる戦闘指揮官が、犯人の最有力候補です。まだ裏取りは完了していませんが、少なくとも[能勢口]所属のものが事態の原因出ること自体は間違いないと。各地の調査結果から出ています]

 今で音声は無効であるが、会議室にはいくつもの音なしの呟きが漏れる。

『…そうだったのか』

『やはり、会議の下部機関は行動と報告が早い。エリート集団というのは間違いないようだな」

『兵庫の代表はこうなっても呆けたまま。無能でしゅね、これは』

 そんな参加者の様子を視界に収めつつ、議長は続ける。

「現在、調査団が現地に赴いています。敵対行動をとられる可能性もあるため、武装班を連れて、です。時期、すべてが解明されるでしょう。そのときまでお待ちください」

 議長はそこで言葉を占める。

参加者はある程度結論が出たことに満足したのか、大半が満足げに頷くなどする。

「それでは。この議題は一時的に終了。次の話題に移ります。防衛の予算配分についてですが…」

 議長が音声を再び有効にし、討論が再開される。

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