[第二章:惹かれあう心/育む彼女]その7

 ある日の夕刻。

 優樹は珍しく、自宅に帰っていた。ここ最近は仕事以外にも、ニロイなどと遊ぶために時間を勤務時間外である夜にとっていたため、暇がなかったのだ。

 その日は二日前にエンジェルとの戦闘があった関係で、損傷が多めであったニロイは修理に入っており、彼女と話す機会はない。あった仕事も案外早く終わってしまい、優樹は久々の帰宅をすることにしたのであった(戦時時であり、いつ責められるか分からない都合、戦闘指揮官はスクランブルに備え、基地に常駐しているのが良いように思えるが、家からでも舞踏姫の指揮は取れるため、他に仕事がないなら家にいても問題はないのである)。

「…そういえば、家暫く掃除してないなぁ。埃溜まってるかな?…少し片づけもするかな。どうせ、三週間と少しで離れるし、引っ越し準備も兼ねるか」

 ニロイたちに感情移入をし始めてからと言うもの、基地で寝泊まりすることが多かった関係で、彼は寝袋を持参していた。

今は帰宅しようとする彼に持ち運び用の袋の中に入っており、やや臭い。洗わずに使っていた証拠だろう。基地に洗濯機はあるが、寝袋を洗えるようなものはない。そのため、家で選択するつもりで、他の荷物と一緒に持ち帰っているのである。

「……」

 優樹は町を歩く。舞踏姫によって守られている町を。

「……戦わせたくないなぁ」

 彼は最近の自分の行動を振り返る。舞踏姫を兵器として扱うことと、人らしさを求めて彼女らと遊ぶことを。

「…どうしてこうなってしまうのかなぁ」

 呟きながら、彼は歩く。

 明りのほとんどない、木々に覆われた道を進み、二人の少女らしきものたちが語らう公園の横を過ぎ、最終的に基地より二十分ほどの時間をかけ、彼は家に着く。

「整理でも、しようか」

 そういう彼の目の前にあるのは、少しくたびれた直方体の一軒家だ。一階建てで壁はクリーム色。広さは横に五メートル、奥に二メートル半で、高さは二メートル強である。入り口は右側だ。

 左側にのみ傾斜した屋根を持つそこは、それ以外にこれといった装飾を持たず、簡素な印象を与える。前の持ち主からかなりの安価買い取ったものであるため、その分設備はやや古い。

 そして幽霊が出るとの情報もあるが…。

「そういえば、ついぞ幽霊なんてでなかったなぁ」

 とのことだ。実際に幽霊など一度も出ることはなかった。そのため優樹は、幸運にも安く手に入ってよかったと思っている。

 設備も古いとは言うものの、壊れてしまっているほど昔のものというわけではないし、使用にあたってのこれといった問題は見つからない。一人暮らしをするには十分なものがそろった良物件と言えよう。

「時期この家ともお別れだ……ま、今までお別れしてたようなもんだけど」

 言いつつ、彼はポケットに入れておいた家の鍵を取り出す。

 今時、そんなアナログなもの以外にも施錠の方法は存在するが(許可者以外は通り抜けられないようにする機械扉など)、これが一番シンプルで、整備いらずかつ安価であるため、この家には採用されている。

「そろそろ日も暮れたな。…自炊でもしてみるかなぁ?最近は食堂でばっかり食ってたし」

 鍵穴に刺さった鍵が回る。

 施錠が解かれ、扉が開く。

 そして彼が足を玄関に踏み入れる……瞬間であった。

「…う」

「う?」

「うらめしやぁ~!」

 突如、無理に低くしたような声が、玄関の奥から響き渡る。

 それを聞き、優樹は一気に肝が冷えた。

「な…まさか、ゆ、幽霊が…!?そ、そんな馬鹿な。…そんなの存在するわけがない…ないよぉねぇ?」

 動揺が口調と発言内容に現れる。

彼は顔を真っ青にしてガクガクと体を震わせ、その場から動けなくなってしまう。

 視線は玄関奥の暗闇に固定されており、奥行きがあまりない関係から、そこに何かがいるのを確認することができる。

 どうやら、人型の何かのようだ。暗闇の中で背中をぼんやりと光らせるそれは、床に這いつくばり、優樹の方にゆっくりと近づいてくる。

 距離は二メートルもない。

 怪しげな光が揺らめき、四つの脚らしきものが無理でもしているのかぎこちない動きをする。

 さらには、先ほどと同じトーンの声が、今度は内容が聞き取れないようにして発せられる。

「ひっ……ひいっ!」

体がしぼむような恐怖感を味わう優樹。もはや震えが極致に達し、小刻みすぎて目視で分からないほどの回数で震えていく。

もはや氷のように固まってしまった彼の眼前に、眼前の何かはやってくる。

 そこで何かされたら、彼は漏らしてしまうだろう。それぐらいに怯える彼に対し、不気味な何かは立ち上がり、

「…………………!」

 声にならない叫びを彼があげる様子を見てから……。

「どっきり大成功!」

 と言った。

「………はい?」

 聞き覚えのある声に、困惑と驚きの混じった反応を返す優樹。

 彼の前の間で人型は、その体を覆っていた、電飾入りの真っ白なボディスーツを脱いでいく。

「久しぶりね、優樹」

 現れたのは、彼の良く知っている…姉の顔であった。

「…姉さん」

 呆れ顔で、優樹は自身の姉、寄添に言う。

「相変わらずだね…。家族に対しては盛大にふざける…」

「そうねぇ。相変わらずなーんも変えれてないわ」

 少し悲し気に、自虐の意味をもってか、寄添は返す。

 そんな彼女の顔は、以前渚が凪を連れ込んだ際、応対をした黒スーツの女性のそれ。同一人物である。

「…どうやって入ってきたのさ」

「窓からよ。不用心ねぇ。一つだけ鍵がかかってなかったわよ」

「…え、ほんとに?」

 頷き、寄添は玄関側から見て左を差す。

「まぁ、ゴミだらけでバリケード代わりにはなってるから、かろうじて問題ないかも?」

「…問題だよ…。主に自分にだけど」 

 やらかしていた自分を戒めつつ、優樹は家の明かりをつける。

 中はところどころゴミが袋に詰められたままで放置されたごみ屋敷と言うべきものだ。

 しかし、あくまでゴミ出しをしていないだけで、分別はできているため、無秩序に散乱しているわけではない。

 龍太郎の家と比べれば、百倍綺麗だろう。

そんな家の中で、優樹は寄添に手伝ってもらいながら、荷物を整理する。

洗濯物を洗濯機に放り込んだり、カバンの中身を埃の積もった机を掃除してから広げたり。

二人は息の合った動きでそれらをし、落ち着いたところでリビングのソファーに腰を下ろす。

目の前に背の低い机を置いた、横幅のあるもので、優樹が左側、寄添が右側に座る。

「………最近、どうなの?」

 寄添が弟に問いかける。

「どうって?」

「あなた、前に言ってたじゃない。仕事で悩みがあるって」

「…ああ、そのことか」

 優樹は机に載った、茶入りのコップを見ながら答える。

「…解決、してはいないかな。なにかはできてると思うんだけどなぁ…」

 最後にため息をつく優樹。

 そこに姉が言葉をかける。

「詳しく話せないの?話してくれたら、力になってあげるけど」

「…その言葉はありがたいんだけどね。一応機密だから。気軽に喋るわけにはね」

 軍事兵器と言う機密であるニロイを連れ出すなどしている時点で、いまさらなことである。

「そう。……少なくとも、あまり軽い問題ではないようね」

「ああ。軽い問題じゃぁ、ない」

 優樹は頷く。

「結構深刻なんだ、いろいろと。………まぁ、それがあるってことを話すだけでも気は楽になる」

「そう?」

不思議そうに首をかしげる寄添を優樹は見る。

「ああ」

「ならいいけどね。できることがあるなら、ぜひ協力するわ」

「ありがと。…そういや、そっちはどうなんだ?」

 その言葉を受け、寄添は少し表情を曇らせる。

「さっきも言ったけどね。変われてないわ。何にも。…結局評価は上げられず、今もこの都市で一人残されてやってるわ。…もう少し、伸びしろがあると、思ったんだけどなぁ…」

 寄添は最後に呟いた後、少し吐息。

 それから切り替えるように両の頬を手ではたく。

「まぁ、仕方ない事なのよ。これも当たり前のこと。あって当然のことよ」

「…そうか?」

「ええ。当たり前のことなんだから仕方ないわ。ええ」

 寄添は、当たり前と言う言葉で、自分の感情を処理しているようだ。先ほどのような発言は、彼女が、現在務める会社に就職して一年と少しが経ったあたりから、良く見せるようになったものである。

「…あなたの悩みが何かはそんなに詳しくは分からないけど」

 話が戻る。

「それも当たり前のことよ、きっと。だから悩んでも仕方ないわ。当然のことなんだから、はやく受け入れちゃいなさい」

「……当たり前」

「そうよ。仕方のない事よ。悩んでいても無駄なことよ?だって当たり前なんだから。だから早いこと楽になっちゃいなさい」

 寄添は笑顔であり、どうやらアドバイスをしているつもりのようだ。

 あくまで善意と、彼女の面倒見の良さから来る悪意ない行いであることが、優樹には感じ取ることができた。

 しかし。だからといって、それが言われた当人にいい影響を与えるとは限らない。

「仕方のない………」

 優樹の表情がかげる。彼は静かにコップを手に取り、中のお茶を飲んでいく。

(ニロイたちを、兵器として使ってしまうの、は当たり前)

 コップから流れた茶が口に入る。

(…仕方ないって。……そんなの)

 喉を、液体が勢いよく流れていく。

(そんなのは…)

まるで、嫌な考えを流して消してしまおうとするかのように。

「……」

 優樹は空のコップを机に置く。

 そして、同じように茶を飲む姉を余所に、彼は思う。

(そんなの、ダメだ。絶対に………)

 だから。

(やらなきゃ、な。なんとしてでも)

 顔をあげる。そんな彼の瞳には、あることを絶対に成し遂げるという、強い意志があった。

 ニロイたちのために。

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