[第二章:惹かれあう心/育む彼女]その6

 渚は、小さな笑いを漏らしながら思う。

(楽しいなぁ)

 彼女の思っていた通りであった。凪と一緒にいる時間は嬉しく、楽しいものだった。

 少々(どころではない気がするが)危険で肝が冷えるような体験も、意図せずしてすることになったが、その気持ちに変わりはない。

 一緒にニロイから逃げること、撃退することを考え、実行し、成功する。その初めから終わりまでの、過程を含めた行動や事象全てを、彼と共に遊ぶことを彼女は喜んだ。

 それによって今、彼女は心に、柔らかく、染み渡るような熱を感じている。

 初めての遊び。初めての協力。

 価値あるそれに、渚の心は踊る。そして、またこんな時間を味わいと、心の底から思う。

 そしてそれは、彼への思いが強まるということでもあった。

 彼との時間をより望むとは、彼をより求めるも、同義なのだから。

「…よし」

 と、渚と凪の方に一つずつ、小さな手が置かれた。

「…捕まえた」

 そう言うのは、門に突っ込んだのち、バネのように飛び上がって二人の背後に着地したニロイだ。

「…捕まえたんです。あなたたちの負けです」

 言って近づく、ニロイの発言の語尾はやや強い。まるで、言外に認めろと強く言われているようである。

 今まで渚が見てきたニロイの様子と異なるそれに気づき、渚は思う。

(なんで強く言ってきて……)

 不思議に思った彼女は、すぐにある一言に思い当たる。

(もしかして、負けず嫌いなのかな?)

 それほどわかりやすいものではないが、今のニロイの発言の様子を見れば、そう判断するのは十分可能なことであった。

 今まで無表情で、単調に動くのがほとんどだった彼女の様子との対比も、その結論に至ることに一役買っている。

「…うん。私たちの負け、だね」

「その通り。私の勝ち」

 渚に言われたニロイは、縮めた距離を元に戻し、どことなく誇らしそうに言う。

 そして、一瞬のみ、不思議そうな顔をした。

「…はぁ。壊されなくてよかったなぁ」

 ふと、凪が気の抜けたような様子で言う。

「…あの家に突っ込んできたときとか、私たち、危うく潰されるところだった。その前も、その後もいろいろ、危険回避できて助かったー……っていうかちょっと怖かったなー」

 彼の言葉はいつになく長く、饒舌だ。ニロイが高速で何度も突っ込んでくる恐怖の鬼ごっこが終了したことで、完全に気が抜け、今まで溜まっていた気持ちを吐き出したのだろう。

 その内容に共感するところが少なからずあった渚は、

「うん。そうだね。…け、けっこう怖かったね」

 言って少し、渚は身震いが出てきた。

 自分たちを捕まえるため、高速で無表情で空から迫りくるニロイの様子を思い出してしまってだ。

 彼女に限らず、あんなものを体験したら、無事で済んでも恐怖が残るだろう。一種のトラウマ化だ。そこまで重度のものではないが、数日の間は思い出すかもしれない。

「…夕方」

「…あ。確かに」

「そうだね。逃げ回っていたら日が暮れる時間になるとはな」

 三人が空を見上げる。時刻は既に五時半を回っており、天井に移された太陽の映像は地平線へ近づいていた。

 時期日が暮れる。流石に三人とも、帰らなければならない。

 そのため、三人はお互い別れを言って帰ることにする。

 ただし、その前に凪はニロイに言うことがったようで声をかける。

「ニイ」

「はい?」

 呼ばれて首をかしげるニロイ。そんな彼女に対し、凪は言う。

「今日みたいなやめてくれ」

 ニロイが家を壊したりしながら高速で突っ込んできたことだろう。あれは渚も怖く、良くないことだとは思っていた。迷惑がかかると。

「私もそう思うな」

 そのため、渚も凪の言葉に同意する。

「………」

 ニロイは二人の方を無言で見る。

「また遊ぶ機会があったら、の話だが…」

 凪が言う中、渚は思う。

(また、遊ぶ、か……。また、したいな。凪さんと)

 どうせ家にいても辛さしかない。今日だって、予定していた大掃除を試みて午前中に格闘していたが、龍太郎の重なる暴言で心苦しかった。結局掃除も失敗していた。

 そんな状況の中に、買い物を除いた四六時中いるぐらいなら、凪と遊んでいたい。今日は、怖い事もあれど、間違いなく楽しかったのだから。

(そうだ。そうしよう)

「わかってくれたか?」

 決意する渚を余所に、凪はニロイの説得を終えようとしている。

「……」

 無言の彼女に対し、意識を現実側に戻した渚も、凪に加勢する形で言う。

「もうしない?」

 ニロイの応答は遅かった。

 それを二人が咎めようかと再び口を開く。その瞬間である。

「……あの」 

 ニロイが、指を指した。二人の方…いや、その後方の存在に。

「あれは、なんですか?」

『え?』

 急に言われた二人は後ろを向く。

「ズゴゴゴゴゴゴゴ」

 いる。後方数十メートルのところに、誰かが。

 彼は沈みゆく夕日を背にしており、細かく姿を認識することは難しい。

 だが、わかることが三つあった。

 一つは、長身である事。

 一つは、段ボール製の重装甲と長い棒をまとってこちらに来ている事。

 そして最後に一つは、彼が厚化粧をし、髪をツインテールにしている…いわゆるオカマであることであった。

「な…」

 オカマは三人のもとへ近づいてくる。

 最初は歩きで。時期に小走りになって。

「え、え、何あの人…」

 瞬間。怒鳴り声が響く。

「この自転車泥棒がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!許さないわぁぁぁぁ!!」

 叫びと同時に、オカマの速度が急に上がる。

 車輪だ。足の装甲の裏に付いたローラーが高速回転し、速度が一気に車両なみに。

 金属製らしい棒を武器として構え迫る、迫る、迫りくる。

「こ、これは…!?」

 急な事態に凪も驚きの声を上げる。

 渚は、

「なにあの奇人!?」

 声を上げ。

「……撃退?」

 ニロイは無表情で呟く。

 そんな三人のもとへ、迫る相手の胸にある文字が煌めきを放つ。

 輝き、浮かび上がった文字は。

「陸戦高機動強襲型オカマーン、あんたらをやっちゃうわーん!!!!!」

 高速で強襲人、オカマーンが自転車窃盗犯を追って、やってくる。

「に、逃げろー!」

「逃げる―!」

 渚と凪の二人は、逃げる他なかった。おっそろしい相手から。

 

 



 

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