[第二章:惹かれあう心/育む彼女]その5

「強敵と認識」

 薄暗い空間。

そこは、鋼鉄に囲まれ、その奥の奥には巨大な輸送用ベルトコンベアと、円筒形の装置が存在する。

装置は何かを射出するための装置のようで、一度射出をしたことが、設置されたパネルに表示されていることから読み取れた。

 一方、装置とは逆の方向。巨大な輸送用通路となっているそこにも、何かがあり、いるのが確認できる。二つの人型と、二つの巨体だ。うち人型一つは火花を上げながら地面に蹲り、巨体の一つは四肢を分断され、動くことはない。

『所属を』

 空気が縦に、大きく薙ぎ払われる。

 原因は振りかぶられた大剣。巨体が放った攻撃によるものだ。

 その重量と速度が、場の空気を食い破るかのような、独特な音を発生させる。

「回避…」

 後方に味方機を置く近接装備の舞踏姫は、背後に跳躍。超重量級の攻撃をどうにか回避。

 続いて推進器を右へ。バランスを崩さぬよう微調整をかけ、巨体から見て右横への到達を狙う。

「……」

 動く。素早く。機体はやや強引な軌道で目的の位置へ到達。間髪入れず、両手で構える長い剣を慣性に抗い、正面へ…その瞬間には突撃が開始されている。

 狙い目は重装甲の隙間。関節部だ。

『目的を…吐け』

 だが、咄嗟に眼前に現れた腕…分厚い金属板に阻まれ、攻撃は届かない。

 耐久力で負け、剣は基部が破損。

 それを舞踏姫が認識した時には既に、相手の左腕が動き、彼女を叩き潰そうと振り下ろされようとしている。

 視認するが早いか、彼女は推進器の向きを素早く反転させ、全力で噴射する。

 それが幸いし、彼女は相手の巨大な手に潰されることを回避する。…が、推進器の動作分の無駄があった。そのため、完全回避とはいかず、頭部に装着していたゴーグルに相手の指先が接触する。

「…!」

 直後、激しい破砕音と共にゴーグルが接触面から裂けるように砕け散る。

 内部のバイザーが砕け、破片が飛散する中、舞踏姫は大幅な後退をし、相手と十分な距離をとった。

『…特定時期の生産品か』

 顔を覆っていたゴーグルを砕かれ、素顔が露出した舞踏姫を見て、巨体は機械音声を発する。

「………」

 紫色の瞳を光らせる素顔の舞踏姫は、正面の相手を、警戒を露わにしつつ見返す。

『…であれば、どこの物か、おのずと絞ることは可能だ』

 近接装備の舞踏姫が相手にする巨体。頭頂高三メートルと少しのそれは、板のような角と、曲げた長方形を十字に交差させたフェイスガードと、その奥に赤く光る七つ目をまず持つ。次に胴体と肩部に直方体を曲げ、複数交わらせた大きな装甲を。腕と足は一メートルを超える厚さの、板のようなものを二枚ずつ縦に、一か所で繋げて構成している。

 そして、床にめり込んだ大剣を右腕で、再度持ち上げるほどのパワーを持ち合わせている。

『貴様を破壊し、下手人を』

 言って大剣を構えるそれは、飛翔機と言う兵器である。

 主に、天空に存在する脅威であるセラフィムに対抗するため開発されたそれは、敵の砲撃に耐え、接近するための重装甲と飛行能力を備えている。

 なぜこのようなコンセプトでの運用がなされているのかと言えば、セラフィムが超長距離から超高火力の砲撃を放ってくることが関わってくる。

 セラフィムの攻撃可能距離は、人類側の恒常的な攻撃可能範囲から大きく離れている。ようは通常の砲などでは弾が届きすらしないのである(セラフィムは攻撃時、通用時よりも下にきているため、少しだけマシ)。

 となれば、届く兵器を作るしかないのだが、セラフィムの弾幕は場所にもよるが、基本的に濃い。長距離ミサイルを撃っても、よほどの数がなければ撃ち落される。仮に攻撃を潜り抜け、対象に到達しても、単純に避けられる、直撃に耐えられることも少なくなかった。

 しかも、セラフィムは数の増加を定期的に行うため数を減らすことも難しい。浮遊都市上空以外にも生息し、数を増やして都市上空に来ることもあるため、余計に減らせない。そして一方的に攻撃を加えてくる。

 このような現状に対し、防衛軍は次のようなコンセプトの兵器開発計画を、最終的に出すことになった。

 それは、[高い耐久力と機動力でもって敵に接近し、威力の高い武装で確実に敵を仕留める]というものだ。

 簡単に言えば、硬さに物を言わせて突っ込んで敵を潰す、ということ。

 最終的にこのコンセプトは通り、現在の飛翔機が完成する。強靭な装甲に守られた人型の巨体が。人型をしているのは、設計の途中で、作業機械としても転用可能な、汎用性をもたせるというコンセプトがねじ込まれたことに起因する。

 実際、飛翔機は作業用機械としても優秀だ。整備性向上のために採用された、機体の腕、胴体などのパーツ単位でのブロック構造化による互換性の高さが、それを支える。

 現在、飛翔機は都市上空では飛行兵器として、内部では作業機械として広く使用されるようになっていた。

 今、舞踏姫の前にいるのは、後者の方だ。飛行用の装備や、セラフィム撃破のための杭打機や貫通弾専用のライフルは未装備で、代わりに歩行用のつま先を脚部先端に取り付けられている。

 そして、輸送作業にも使えるよう、過剰ともいえるほどのパワーを発揮することが可能であった。

『攻撃、再開…』

 独特な形状の腕は、各部分が回転式関節一つで繋げられており、人とは違った柔軟な動きができる。それと重装甲を生かすことでそれそのものが盾と機能し、状況による使い分けが可能だ。

 先ほど舞踏姫の攻撃を防いだことでそれは証明されている。

 その腕が大剣を振りかぶる。だがよく見れば、大剣のような形のそれは、実際は大型の切断作業用工具だ。

「……標準良し。発射」

 飛翔機が動き出す。その瞬間に、火花を散らしていた重火器装備の舞踏姫が、右腕のみで保持した対物ライフルの引き金を引いた(彼女の左腕は二の腕の下から断裂し、なくなっている)。

『…!』

 重火器装備の舞踏姫と、飛翔機の向く方向は九十度。つまり、前者は後者の左側を狙い打てる位置にあった。

 吐き出された弾丸が空気を刺し貫くように突き進み、飛翔機の腕関節(人で言うなら肘関節にあ立つ場所)に命中。

左腕の下半分が上半分と切り離され、大きな音と共に床に落下する。

「成こ」

 瞬間。

 落ちた腕が飛翔機に蹴り飛ばされる。それは宙を舞い、損傷して動けずにいた舞踏姫の胴体に直撃した。

「…!」

 想定外の反撃に驚く舞踏姫であったが、腕の先端がゴーグルにめり込み、二つに割られた時点で、限界を迎えて機能停止。そのまま動かなくなる。

「やられたか」

 近接装備の舞踏姫は、大剣を盾にして突撃を塞いだ飛翔機と鍔迫り合いをしながら呟く。

『残り一機』

「……」

 飛翔機は持ち前のパワーで舞踏姫を弾き飛ばす。さらに一歩を踏み出し、空中でバランスを崩し、もたついている舞踏姫を切断せんとホバー移動で彼女に迫る。

「…!」

 それを目にしたが早いか、彼女は推進器を強引に動かして軌道を変え、空中へ躍り出る。向きは後ろへだ。

 直後、飛翔機が勢いのまま止まれず、真下に来る一歩手前という瞬間だ。彼女は格納していた武装全てを一斉に分離。現在保持していた準大型剣以外の近接兵装が、飛翔機の眼前に雨と降る。

『……』

 それを飛翔機は、後方への強引な跳躍で回避するが、そこに全力突撃する舞踏姫が迫る。

 対応は冷静だ。右腕が横に振りかぶられる。防御のため、前に持ってくるのではない。相手を弾き飛ばすため、そうしたのだ。厚みはなく、代わりにかなりの幅のある腕は、迫る対象にぶつけるには、面積もリーチも十分だ。

 かくして飛翔機の想定通りに舞踏姫は攻撃を届かせる前に横からの一撃を受ける。

「…!」

 声など上げられず、彼女は受けた衝撃ではじけ飛んだ装甲と共に壁に叩きつけられる。

 いましがた放たれた横なぎの一撃は、飛翔機の最高出力で放たれており、その力は十トンに及ぶ。

 ニロイが家屋の突撃時に受けていたのは三トンほどなので、その三倍であり、いくら丈夫な舞踏姫でも耐えられるものではない。

 飛翔機のように頑丈さを前面に押し出して開発された兵器ではないからだ。

「………」

 壁との衝突の衝撃で推進器が破損し、うち二基に爆発が発生。勢いよく炎と煙が舞い、舞踏姫の姿は一時的に隠れる。

 だが、飛翔機は相手の行動に目を光らせ、逃げないかを監視していたため、舞踏姫は退避の瞬間、大剣で阻まれることになる。

「……損傷、拡、大…」

 煙と炎に巻かれ、顔が若干焦げた舞踏姫は言う。

 もろに金属製の壁に勢いよく叩きつけられた右腕は、動きがぎこちない。外装こそ大きな破損は見受けられないが、内部はひしゃげ、満足な動作ができなくなっているのだ。それは、飛翔機の重い一撃を直に撃たれた左腕も同じことだ。胴体も衝撃により、内部機構に不具合が生じている。

「…危険値に近い」

 まだ、機能停止はしないが、戦闘の続行が可能な状態には程遠かった。

「…だが、問題ない」

 舞踏姫は独白する。そして、自分たちの目的が達成された(・・・・・・・・・・・・・)ことを情報共有で知り、時間稼ぎ(・・・・)の終了の判断を下した。

『…』

 無言で、飛翔機が舞踏姫に手を伸ばす。正体不明な彼女を捕獲し、事態の究明を行う情報源とするためだ。

 巨大な腕が、彼女を掴もうとする。………瞬間であった。

「実行」

 短い呟きがあり…自爆が行われた。

『…!』

 光と共に、舞踏姫の体がはじけ飛ぶ。炎と爆音、煙が舞い上がり、周囲を包む。通路は一瞬にして紅に彩られる。

 至近距離で爆発を受け、飛翔機は後ずさる。爆発物を包もうとしていた手は流石に破損し、薬指以外動かなくなっている。

『これは…』

 呟く飛翔機。爆発の後には、一つの兵装懸架用装甲を除いて細かな破片しか残っておらず、舞踏姫など跡形もない。

『……』

 無言の飛翔機は、唯一の残った装甲を動作不良の手で拾い上げる。

 その内側には、所属を表す記号が書かれている。

 記述された所属は。

『……浮遊都市沖縄[那覇]…』

 と、書かれていた。



 その頃。三機の舞踏姫たちが来た通路を、通るものがいる。

「………」

 クレーンアームとコンテナを持っていた舞踏姫だ。

単機で、無言で飛行する彼女のコンテナの内には、ある兵器が存在する。

セラフィムを殲滅するための、広域殲滅用大型爆弾だ。

 これは進行方向に対して、超長距離まで拡散する凶悪な新開発の爆発兵器であり、これを重装甲で覆ったミサイルの先端に搭載することで運用される。

 完成後はその威力と危険性故、[神戸]格納庫の奥深くに厳重封印されているが、今回都市がセラフィムとの大規模戦闘を行うにあたって、実戦投入することとなった。そのため、先ほど舞踏姫たちが戦闘をしていたあの空間の奥にある射出装置へ運ばれていたのだ。

 そして、戦闘開始と共に発射がなされ、最終的に計三発が使用される予定であった。うち二発を、今通路を行く舞踏姫は奪ったのだ。

 発射時こそ、もっとも無防備になる瞬間であり、奪取には絶好の機会だ。内部の警備は、この時勢に侵入するものなど相違ないと判断され(それに使う分の飛翔機を戦力に回したかった)、ほとんどない。

 輸送の邪魔となる、巨大な封印用の外装もなくなるそのとき以外にチャンスはない。

 だから、彼女らは発射の行われる作戦開始時間を気にしていた。

「………脱出」

 結果として、目的地に辿り着くのは少し遅れてしまい、一発目は取り損ねた。だが残りは…二機の舞踏姫が囮になることで奪えた。

 警備がほとんどないと言っても、非常事態に備え、目的地には飛翔機が二機配置されていた。それらを無視して作業をしても、侵入者と扱われ、邪魔を受けることは必至。

 だからこそ、武装した二機に戦闘を行って時間を稼いでもらっている間に作業をし、脱出もしたのであった(こうなることは事前に全て予測されていた)。

「…任務完了」

 勤めを果たした舞踏姫は、自身を指揮した者のもとへ帰る。奪った二つの爆弾を抱えたまま。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る