[第二章:惹かれあう心/育む彼女]その4

 凪は自転車を漕ぎながら渚のことを考えていた。

 恐怖の突撃を刊行してくるニロイから距離をとることができたと考え、多少安心していたからである。

(彼女は私に対して、積極的に関わろうとしてくる。何故だろう?)

 不思議であった。初対面の時、お礼一つで涙を流したことも。自分に電話をして会いたいと言ったことも。遊びたいと言ったことも。

 友達みたいなものだからと彼女は言うが、それにしては押しが強いというか、なんというか。それだけではない何かを、彼女の行動の裏には、彼は感じる。

 そして、その渚の何かは強いものであり、突っぱねるようなものには感じなかった。そのためか、初めての状況への戸惑いと彼女の行動への小さめの驚きも持って、彼は受け身な姿勢で、公園で彼女の話を聞いていたのだ。

(………)

 渚は今、迫ってきたニロイを撃退できたことに安心したのか、緩んだ表情を浮かべながら凪に抱き着いている(今も爆走しているので支えがないと落ちてしまうためだ)。

 そんな彼女は、何を思い、自分に関わってくるのか。どうも勢いで遊びとかを言い出したような気もする彼女は、それをしてどうしたいのだろうか。

 疑問が凪の頭をよぎる。

 何か狙いでもあるのか。だとしたらどのようなものか。

 それを彼女の言動や諸々のしぐさなどから、論理的思考で分析する凪。

 不思議で、分からないからこそ、気になってそうしている。

(…まだ判断がつかないなぁ。わからない)

 不明。彼女の事情などを知らない自分は、その答えを出すのは難しい。

 だからこそ、今はこのささやかな疑問の解決はできない。

(分からない……けど。でも…)

 彼は、自分の日常を思い返す。それによって少し表情を暗くし、続いて今に意識を戻すことで、それを認識した。

 ある感情を。

(でも…彼女は、私を…)

彼の中にあるそれとは。

(私を…見て)

 喜びであった。今まで得られなかったものを得られたと思うことによっての。

 それは彼が日頃から欲したものと、現状は多少異なるかもしれない。が、それでも彼は嬉しい。

 初めて、それらしきものを得られていると、薄っすらとでも思うから。

(私を見て…一緒に何かをしようとする)

 渚は鬼ごっこが始まってから、凪と行動を共にし、ともに逃げ切るための方策を考え、時にはニロイを協力して一時的にではあるが、撃退した。

 一緒に何かをやる。それも積極的に。それは非常に楽しい事だ。

 だからこそ、現在凪は喜びと楽しさを主に、ニロイへの若干の恐怖と、渚への疑問を軽く持ちつつ、ただ自転車を走らせていた。

 誰もいない長い道を行く中、ふと凪は背中の渚を見る。

「………」

 表情は…だらしなくにやけているというものだった。

(………大丈夫なのかな、この人?大丈夫ではない可能性はそこそこあると判断できるが…)

 そう思いつつ、その表情の理由を考察する凪は、出した仮説に対し、確定のことではないとわかっていても、嬉しさを感じる。

(…そうだったら、うれしいな)

 自転車は進んでいく。Y字を二つ、ずらして重ねたような形をした、複雑な曲がり角。急なカーブのある道。それらを抜け、都市の端側である、今は使われていない駅の方向へと向かう。

 とにかくニロイから距離をとるため、最も遠いそこに、二人はその方向へと向かっている。

 だが、ニロイは後方にいて追っている最中だと、思ってしまっていたのが、運の尽きだった。

「この道を抜けたら、駅。まだ追ってきてるか?」

「ううん。見えないけど」

 並んだ自転車二台が、どうにか通れるほどの通路を二人は進む。

 無人の家から生える多くの木の枝がその視界を阻む。

「…ちょっと危ないな」

「下りた方がいいかも。…そういえば、二人乗りって危険だし」

「……そういえばそうだったなぁ。緊急事態で忘れていたが」

 恐怖の追跡者の姿が見当たらないことに、意図せずして安堵する二人は、周囲の警戒など一切せず、自転車を降りる。

 瞬間である。

『どうも、こんにちは!皆さんお元気ですか?元気ですね?面倒くさいのでそういうことにしておきますが、それはさておき今日の話題は…』

 謎の音声が聞こえてきた。

 発生源の方向を二人が向くと、そこには無人の家の門、そしてそれを背に立つ、小さな物体があった。

「これは……なにかなぁ?」

「…点、A。陸戦重武装型点Aだ…」

「え、なに、その無駄に重厚な名前…」

「ありそうな名前を言ってみたんだけど…」

 物体は、蜘蛛の足に近い形状の四脚で体を支えている。その上にはバスケットボールほどのAの文字を象った、再生機能付きスピーカーの内蔵された立体物が取り付けられていた。

 そして、それらを中心に、あまたの武装が取り付けられている(機関銃やレーザーなど)。

「?」

 二人は道路側から見て左に渚、右に凪と言う位置で首を傾げる。目の前の珍妙な物体を、しゃがんで観察する。

 その隙を、突こうとする者が一人。

「…」

 赤の光が、小さな漆黒と共に宙を舞う。

 軽やかな動作と、最小限の着地音で二人の背後に回ったそれ。

 その持ち主であるニロイは、囮に気を取られる二人の内、より近い凪の方に腕を伸ばす。

 同時に、足の出力を上げる。気取られる前に一瞬にして触ろうという意図だろう。

 ニロイは低姿勢になり、その瞬間には飛び出す。相手に触れ、勝利するために。

 だが。

「…!」

 二人が、姿勢を動かした。左右に開く形だ。陸戦重武装型点Aを側面からも見ようとしたのだろう。

 三秒もなかったため、決して大きな動きではなかったが、それで充分であった。

 ニロイが手を空振り、飛び出した勢いで陸戦重武装型点Aに正面衝突するには。

「…!」

『ニロイ!?』

 彼女は、意図しないことが起きたことに、渚と凪は予想外の鬼の出現に驚く。

 そして、その驚き冷めやらぬうちに、

『こぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんんんんんんににちにちちにちわわわんこぉぉぉぉぉぉぉ』

 爆音が響いた。

『!!』

 ニロイが伸ばし、空ぶった結果、下向きになっていた手に上部を貫かれた陸戦重武装型点Aが、壊れた結果だ。

 音量の調節の部分に最も破損があったのだろう。耳をつんざく爆音が数秒にわたって、三人の至近距離で鳴り響く。

直後、点Aは煙を噴出。小爆発を起こし、四散。破片と煤が周囲に飛び散る。

 そして、それらが晴れると。

『……』

 片耳を塞がれ、受けた音量の少なさ故、瞬きをする余裕のある渚。

 彼女の片耳を片手で押したような姿勢でふらつく、凪。

 門の奥に突っ込んだ状態のニロイ。

 煤で真っ黒になった三人が、そこにはいた。

「……む…ぅ。何故…」

 ニロイが、失敗に対し、どこか悔し気に呟く。

 そのとき、渚がクスリと笑った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る