[第一章:それぞれの日々/軋む心]その1


 現在、西暦換算で3526年。

 人間の世界の全ては空にある。

そして星はある領域を境に、二つに分けられていた。

片方、地上側には、大自然と、かつてさる大国が開発した、怪物が存在する。

エンジェルと呼ばれるそれは、十字架に翼と大きな爪をはやして肉付けしたような、異形の生物兵器。かつて大量生産され、調整不足から暴走に至ったそれは、人類の牙をむいた。

もう片方の領域、空側には、セラフィムと呼ばれる半機半生の兵器がいる。自立する衛星砲のような、エンジェルと似た見た目を持つそれらも、人類の脅威である。

『……』

…そして。人類はその二領域の境界線上に、巨大な浮遊都市を建造し、生活していた。

自分たちが作り出した兵器に生活を脅かされながら。

『……』

 現在、増え続けるエンジェルと、火力の高すぎるセラフィムの攻撃により、人類は押されている。

 空にいる都合、物資を地上に損害覚悟で取りに行くしか補給手段がなく、常に資材不足が主な理由である。

 新たに開発した防衛兵器で対抗はできても、大規模な反抗作戦に打って出られないのも、それが理由だ。常に後手に回り続け、ジリ貧の戦いをするしかない。今ある生活圏だけでも守るために。

『それが現状である』

 彼女は呟く。

 場所は先ほどエンジェルとの戦闘を行った都市。[浮遊都市兵庫]を構成する三区画のうちの一つ、[川西・能勢]…通称[能勢口]の山間部内に建造された基地である。

『起動時の情報確認を終了する。当機、[uNoJ-F-13:ケルビムⅣ]、二百六十五号機は今日も正常に起動したと判断する』

 基地の一角、長い廊下のような空間には、カプセルが整然と並べられている。

高さの違う二つの通路を前に、整備用のカプセルの一つの中で目を開きながら、エンジェルとセラフィムへの主要対抗兵器、舞踏姫の彼女は淡々と言う。

背は小学生程度で、黒い髪はやや長め。瞳は赤で、奥にあるカメラのレンズが人間の網膜のように見える。

「い、いやぁ…そう硬くならなくていいんだぞ?任務外は、そんな事務的に、機械的に話さなくてもいいっていったろ?そりゃ君は、体は機械だけど…」

 そう言ったのは、カプセルの透明で大きな蓋の向こう側の段差の低いほうの廊下に立つ、一人の男性だ。

 顔つきからは、彼がそこまで若くはないが、さして老けてもいないのがわかる。せいぜい三十手前ぐらいだろう。

 髪は泡の塊かのようにあちこち盛り上がっており、顎には少し長めで、焦げたように縮れたひげが確認できる。

 恰好は簡易的な装甲服のようで、隙間にエネルギー伝達用の発光ラインが見えた。

「人とほとんど同じだろう?姿も、思考も。だったらもっと僕たちのように、自由に言えばいいと思うよ、ニロイ。普通の人らしく。そうあってくれ」

『……人らしく』

 いつもの彼の発言に反応する舞踏姫の彼女、ニロイ。

 その名前は彼女の機体番号から取り、目の前の彼がつけたものであった。

「…けど、人間とほとんど同じ、か………」

 司令官と呼ばれた男性、蓮本優樹は視線を下に向ける。

「そんな君を、君たちを戦わせるのは嫌だ、なぁ…」

 発言の際に感じ取れる重みと、詰まったような言葉の終わり方。そこから、彼が本心からその言葉を言っているのが分かる。

『……』

(何故、司令官は…そう考え、言うのか……)

 その意図は、発言の、態度の意味は全く持って分からない。

 結論は、今の彼女には出せなかった。


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