トゥー A HEARTS

結芽月

プロローグ

 暗い表情だった。彼女が浮かべるのは。

「私の気持ちは…本物かな…?」

 彼女、渚はそう呟きながら、空に作られた町を歩く。

 山と高速道路に外枠を囲まれたそこにはその多くが空き家となった家や、利用者の減ったデパートなど、様々なものが並んでいる。さらには空中投影された画面もみとめることができた。

 その中を、裾の短い水色の和服を着て、茶色の髪を後ろに一纏めにした彼女は力のない足取りで道をふらふらと進んでいく。

「本当に、私はマスターのことが好きなのかな…?」

 最近、彼女は思うのである。

 自分を購入した主…奈田龍太郎は、いつも自分に対して乱雑な態度でいた。

 彼を好きでたまらなくて、愛しているからこそ、彼のために汚い部屋を掃除し、食事を用意する自分に対し、彼は罵倒と暴力を持って返してくる。

 どれだけ彼の尽くしても、常に自分を、その行動を否定する答えばかりが返ってくる。

 その態度が何故か、とても信じられるものではなくて、苦しくてたまらないのだ。

「…私の気持ちが足りないから…かな……」

 そう思ったときもあった。それゆえに気持ちが伝わらず、献身を受け入れてもらえないと。

ならば、と自身に活を入れ、もっと彼への気持ちを、愛を持って接そうと努力してきた。

「気合をいれなきゃ!気合を入れれば、気持ちは…伝わって、受けいれてくれる!…って思ってたけど…」

 だが、事実としてそれは、そしてそれ以外のあらゆる努力も、そのことごとくが無駄であった。

 やはり、彼の態度は変わらない。昔はエリートであったことをときに無意味に喚き散らし、自分の行為を否定する。

彼女は変わらない、自分の行動を否定される現状に苦しみ続けてきた。

「どうして私はあの人に尽くしたいと思うの?」

 そんな毎日を過ごしながら、なぜ彼への献身の気持ちがなくならないのか。

「どうして」

 苦痛を伴う毎日をやめられないのは、なぜか。

「それ…」

 ………彼女には本来気づけないようになっている、その答えは単純だ。

「…は」

彼女が購入者に尽くすため、彼を愛すという存在意義を与えられて製造されたロボットだからである。

「それは…」

 奉仕をよりよく、円滑にするために好意のプログラムを組み込まれた彼女。

それを機械として役割を忠実に実行する思考回路が存在するがゆえに、彼女の愛の気持ちはなくならない。

 ……しかし、である。その根幹というものを長らく否定され続けた結果、それが揺らぎ始めていた。

 彼女は人のパートナーとしての使用用途で作られている。つまりは主への行為と奉仕は機械としての存在意義でもある。それを否定され続けるような状況も、運用も想定されてはいない。

 そして、想定外のことが起これば、機械には何かしらの不具合が生じる。

「私はどうして…こんなに苦しいのに、どうして」

 渚と言う機械の、その分かりやすい象徴が、彼女自身の気持ちに対する疑問であった。

 本来、プログラムの根底への疑問など、生じるはずはない。だが、人の感情を再現する機能を持つ頭脳の性能の高さ故か、それは生まれてしまっていた。

「…この気持ちは、本物なのかな」

 そんな彼女を見下ろすかのように、高き場所に蒼穹がある。

 青く澄んでいるそれは、よく見ればそれは、巨大で平べったい天井に映し出された映像に過ぎないことがわかる。この都市が人工物の塊であることを、証明していた。

『ニュースです。当都市は防衛軍の判断により第三級警戒状態に入ります。市民の皆様は自宅、または指定の避難区域に避難を…』

 ふと、渚が顔を上げるとビルに備え付けられた画面にある映像が映っていた。

 アーモンド型の複数の装甲で上半身、下半身を覆った漆黒の人型と、十メートルほどの十字架に巨大な鳥の翼をつけた怪物が戦っている様子が。

「…舞踏姫とエンジェルが……。ここ、危ないのかな」

 映像は外のものだ。彼女が立つ、この人口の大地の下で、映像内の戦闘は行われているのだろう。

「…買い物は終わったし。とりあえず、帰ろう」

 彼女は中央に道路がある住宅地に入り、主のいる家(…と呼んでいいのものだろうか)に向かって歩き出す。

 今日もまた同じように、プログラムされた偽物の気持ちに流されたまま………プログラムに縛られ、自由になれず、何も変えられない日々をまた過ごす。

 …………そのはずだった。

「……え?」

 突如、ビルが吹き飛んだ。…否、粉々に裂けた。

 ビルの残骸が宙を舞うのと同時に、緑色の閃光が大気を貫く。

 その直後、ビルのあった場所より、一つの巨体が姿を現す。

「………あれは!」

 巨体…彼女が画面を見てエンジェルと呼んだそれは、外と内の気圧差から外に流れ出す気流に逆らい、都市内部へと侵入し、近くのホームセンターへと逃げるように突っ込む。

 さらに、それを追うように傘のような形の、人サイズの機械…巡航形態の舞踏姫が現れ、接近していく。

『非常警報。当地区に敵生命体の侵入を確認。住民の皆様はただちに非難を…』

 少し遅れて、警報が鳴りだす。

 その中、穴から外界へ流れ出す空気が激しい気流をつくり、渚を道ずれにせんと吹き荒れる。

「ぐ……!」

 彼女は買い物袋を仕方なく捨て、近くの家の壁にしがみつく。

 一方、近くの山の方から大きな機影がいくつも発進し、エンジェルの明けた穴へ。たどり着き次第、それらは鳥もちのようなものを大量に発射、穴を埋め始める。

 それにより風が徐々に和らいできた。そう渚が思った瞬間だ。

「          !!!!」

 声にならない叫び。

 抵抗の意思を示すかのようにそれを挙げたエンジェルは、ホームセンターから瓦礫を落としながら上空へ浮上。

 そして、迫る舞踏姫に対し、体の下部の砲塔のようなものを向ける。

「       !!」

 それを確認した舞踏姫は、閉じられていた装甲の前面を、内部のレール上を走らせて装甲群を移動させることで展開。右側の一番前に来た装甲に手を伸ばし、内部に格納された剣型の近接兵装を保持。人に似せられた機体本体部を露わにしつつ、機体下部の推進器の出力を急激に上げ、高速接近、エンジェルに武装のその先端を勢いよく突き刺した。

「                   !!      !!」

 絶叫のような、どこか空虚な音が響く。

「…よ、よかった」

 その光景を、風がだいぶ弱まった中、壁から離れていた渚は見、脅威が排除されたと安心した。

 …が、違った。まだだった。

「         !」

 叫びと共に、最後の抵抗とばかりにエンジェルの砲塔より極太の破滅の光が、四方八方に乱射されたのである。そして、その一本は渚の方を向いていた。

「あ…」

 当然のことではあるが、戦闘用の機械でもない彼女に、迫りくるそれを、避ける術はなかった。

 しかし。

「え…」

 偶発的に誰かに突き飛ばされたことで、彼女は避けることを避けられた。

 …が。

「っあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 突き飛ばした主、彼は直撃こそ免れるが、破壊の余波を免れることはなかった。

「あ………」

 家の前の道路が光線によってえぐられていく中、彼は。機械の彼は、砕けた道路の舗装だったものを体中に受け、分断されかかる地面に倒れこんだ。

「             !!!          !!!」

 体を貫通され、身をよじって抵抗するエンジェル。

 それに対し、舞踏姫は再び装甲をレール上で移動させ、別の装甲の内側に懸架された大口径のライフルを片手で保持。直後に銃口が火を噴き、短いが大きな音と体を砕く大穴を、エンジェルに提供する。

「                     …」

 擦れた、声にならない声を上げ、エンジェルは上下に分断され、行動を停止し、半壊したホームセンターに崩れ落ちた。

「…任務完了」

 沈黙した敵を見下ろす舞踏姫は、戦闘用の直方体のバイザーをあげ、呟く。

 そして周囲の山の一角に向かい、敬礼を行った。

『住民の皆さんにお知らせします。敵生命体、沈黙。穴の仮補修、完了しました。これより、戦闘跡地を封鎖します。また、ただいまより救助活動を開始します』

 都市に残った画面にそんな告知が文字と音声で流れるのを背に、渚は一人の男を背負って歩いていく。自分を助け、その代償に軽くない損傷を受けることになった彼を。

「助けてくれたし、お礼ぐらい…」

 自身も道路の破片により、損傷した足と腕で、彼女は進む。その中で言われた言葉を、彼女は聞き取れない。

「…あり、がと…ぅ」

 感謝という、行為の肯定。

彼女がそれを改めて貰うとき。すぐにやってくるそのとき。

 日常は変わってゆく。終わりゆくこの都市で、彼女と、彼の日常は徐々に変わっていく。

 プログラムを壊し、自由へと飛び込んでいく、先のない未来に向かって。

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