第2話

お母さんが買ってきた冷凍食品を片付ける音が響くリビングの、小さなソファーに座りながら麗奈が言う。

「そんなことがあったんだ…冬馬ってマジでアホだよね」

麗奈が私の話を聞きながらスマホを弄る。冬馬くんをアホって言ったところとか、冬馬くんを呼び捨てにしているところとか、言いたいところはたくさんあったけれど我慢した。

「あ、冬馬からLINE来たよ」

「なになにっ!?」

それから麗奈は、驚異の一言を口にした。

「じゃあアイツのLINEそのまま読み上げるね。…『まずは紗奈ちゃんにごめんねって伝えてほしい!たぶんだけど、紗奈ちゃんって俺たちのストーカー?って言っちゃったんだよね俺。マジで申し訳ない!ごめんって言っといて!実は最近俺と俺の姉ちゃんにいつも付きまとってきて、俺たちの好きなものとか全部把握している人がいるらしいの。いわゆるストーカーってヤツ。ちょっと怖くてさぁ…つい、もしかしたらーって思って口にしちゃって!ごめんなさい!お詫びに今度ご飯でも行こ?…って伝えておいてください。お願いします🙇‍♀️』…だとよ」

マジか。あんだけ傷ついといて、それだけか!?私は勝手な思い込みをしていただけ…なのか。そして…ご飯に誘われたぁぁぁぁぁ!

「うっそぉぉぉぉぉぉぉ!」

私が叫ぶと、麗奈はクスリと笑った。お母さんがお茶でも飲んで、と麦茶の入ったコップを渡してくれた。

「やっと人間に戻ったわね。結愛ちゃんからもLINE来てるんじゃないの?無視しちゃだめよ」

私はその一声に弾かれたようにスマホを取り出した。LINE124件…。結愛、をタップ。

『ごめんね!ほんっとごめん!ふざけすぎた!』

『次から気を付けます!これからも仲良くしてね』

『マジで怒ってるよね?本当にごめんなさい』

『紗奈ー返事ちょうだい。悲しいよぉ』

本気で私を心配してくれる優しい声。何だか…うぅ、涙もろいな今日の私は。そして私は号泣しながら返信をした。

『大丈夫!!!明日からもよろしくね結愛!大好き!』

いきなり泣き出した私にギョッとするお母さんと麗奈。でも途中から何だかよく分からないけれど面白くなってきて、誰からともなく吹き出した。


その日の夜ー…

「お願い麗奈!お願いお願いお願い!」

私、白雪紗奈しらゆきさなは困っていた。一卵性の双子の姉、白雪麗奈しらゆきれなが私の一生のお願いを聞き入れてくれないからだ。

「何度言われてもやんねーよバカ」

毒舌で口が悪いのはいつものこと。私とそっくりな顔をしている癖に、華やかなオーラが出ているのはいつも麗奈だけで、今日も私はそのオーラに押し負けそうになっていた。

「そこを何とかぁ!麗奈さまぁっ」

「嫌だって言ってるでしょーが!あんた耳ないの?…あ、バカなだけか」

いつも以上にバカバカ言われまくっても、私はへこたれない。だって、これは冬馬とうまくんに会うためだもん!

「かえっこするだけだからぁ!!!」

「するわけないだろバカ」

スマホから目を離さない麗奈。かえっこっていうのは、小さい頃に私と麗奈が入れ替わって生活するお遊びだ。勉強が苦手な麗奈のために入れ替わってテストを受けてあげたこともあるし、ただ単に好奇心に満ち溢れた子供の時は色んな友達を作るために何度もかえっこをしていた。今はもうそんなことはしないし、したとしても性格が真逆な私たちならバレてしまうと思うけど。冬馬くんの良さを分かっていない麗奈は、クラスが同じ有り難さに全く気付いていないけど。高校生になってやっと素敵な恋ができると思ったのに、クラスが違うなんて面白くないじゃん。冬馬くんみたいな、優しいのに勉強も運動もできる男子なんて、きっとこの先出会うことはないんじゃないだろうか。

「麗奈!一生のお願い!」

何度もしたはずの土下座にはいっこうに慣れない。土下座はやめなさい、と言いながらも麗奈が首を縦に振ってくれないのはなぜなのだろうか。

「これから毎日クレープ買ってきてあげるっ!」

最後の秘密兵器。これは最後の手段だ。大好物のクレープのためなら、麗奈だって受け入れてくれるかもしれない。

「…それ、マジ?」

「マジマジ!」

バイトのシフトたくさん入れて毎日4時間働いたとして、大体1日4000円。うーん、高いなぁ。それでも冬馬くんとの恋が実るんだったら安いものよね。結愛と買い物する時しか使わないし。

「毎日、だよ?」

冬馬くんのため、冬馬くんのため…。そう自分に言い聞かせながらうなずく。

「…一応言っておくけど、あんた相当バカなことしてるの分かってる?こんなこと小学生でもしねーよ」

文句は言いながらも、クレープをぶら下げたら食い付いてくるのが麗奈だ。鯛で鯛を釣るようなことだけど、これは仕方がない。

「じゃあ…いいってこと?」

「いやいやいや、私にいいえの選択肢は残されていないでしょーが」

「うわーい!じゃ、明日から入れ替わっちゃおうよ早速!…紗奈、よろしく」

ダルそうな麗奈の声を真似てみる。自分のことを名前で呼ぶなんて久しぶりだ。何だか変な感じ。麗奈が綺麗な動作で椅子から立ち上がり、真剣な表情で言った。

「これ、バレたら私たち絶対めちゃくちゃ怒られるからね?本気でやるのよ?今から私、髪切ってくるけど、紗奈もおいでよ。紗奈は髪巻いてもらわないといけないから」

私の髪の毛は肩の辺りまでのショートヘアだ。麗奈みたいなふわっふわな髪質を再現するのは難しいだろうけど、巻いてみたら少しは可愛くなるかな?

「了解」

私は麗奈になった気分になりながら部屋を出た。


「あら麗奈も紗奈も、こんな時間にどうしたの?もう遅いわよ。どこかに行くのなら明日にしなさい」

案の定、お母さんは困った顔をして私たちを止めようとした。

「髪の毛切ってくる!せっかくだし、2人で行こっかなぁって思って。今日行きたいんだから今日行かないと、じゃん?」

私が言ってもお母さんは首を横に振るばかり。

「久しぶりのお出掛けはとても良いと思うわよ?…でも女の子2人じゃ危ないわ」

「大丈夫よお母さん。人通り多い道で行くから」

麗奈の力強い言葉にも、お母さんは不安気だ。それでも食い下がる私たちに諦めて、渋々うなずいてくれた。

「夜遅いんだからすぐ帰ってくるのよ?寄り道はしないこと。いい?」

私たちは同時にはいっと元気に返事をして、揃った声に笑いながら家を出た。久しぶりの2人の時間は、とんでもなく楽しかった。


「麗奈かわいー」

「紗奈ってやっぱりブスではないよね」

ちょっとだけ髪の毛を切った麗奈を見ながら褒めると、麗奈は照れたように笑った。店員さんたちが、双子ちゃん可愛いーっと囁き合っているのを聞いて、2人して赤くなった。


「「ただいまー」」

「おかえり!…あら、麗奈髪の毛切ったの?可愛いわ。紗奈は髪を巻いたのね。似合うわ」

お母さんは私たちの帰りを今か今かと待っていたようで、戻ってきた時には全力で走って外まで出てきた。ホッとした表情。…ん?あれ?

「今お母さん、私に紗奈って言った?」

私は麗奈の声を真似ながらお母さんに聞く。私は紗奈だ。紗奈、なんだけど…。

「ん?言ったわよ?何言ってるの、紗奈なんだから紗奈っていうのは普通よ」

問題はそこじゃない。私は微妙な表情をしている麗奈を見た。いやだって、だってー…。



バレてるーーーーーーっ!


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双子で入れ替わってから久しぶりに戻ってみたら、私の人生が狂っていた件 夢色ガラス @yume_t

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