双子で入れ替わってから久しぶりに戻ってみたら、私の人生が狂っていた件

夢色ガラス

第1話

「早く夏休みにならないかなぁー」

親友の上里うえざと結愛ゆうあが言う。みんなが思い思いに過ごす休み時間の教室に、彼女の叫びはくうに舞って消えていった。

「あはは、まだ6月だけどねーっ」

私、白雪しらゆき紗奈さなは、自販機で買った甘いミルクティーを喉に流し込みながら笑う。8月にならなくては私たちの貴重な休暇はやってこない。

「あ、そうだ。明日のバイト、新人入ってくるんでしょ?未来みく先輩が言ってたけど」

私と結愛はバイトをしている。働いているファストフード店では、まかないも出るし優しい先輩もいるし給料も高いしで、最高に良いバイト先だ。結愛が言う未来先輩っていうのは、1歳年上の先輩。いつもは天然でフワフワしたタイプなのに、仕事になると人が変わったかのようにバリバリ働く。ギャップ萌えってヤツ。面白い人だし優しいし、未来先輩はモテモテだ。

「年下かなー?」

結愛が首をかしげる。

そういえば確か、姉のバイト先のメイド喫茶には後輩が入ったらしいけど…。

「麗奈には後輩できたらしいよ」

麗奈れなっていうのは私の一卵性の双子の姉。私とそっくりな顔立ちをしているクセに、私と違って美人(顔はそっくりなのに何が違うんだろう、誰か教えて😭)。自信の表れなのかなんなのか人のことは堂々とバカにするし、自分の思ったことはしっかりと口にする。女子だから、男子だから、とかで贔屓はしない。クールで清楚でハキハキしていてムカつくタイプの美人だ。

「麗奈さんいいなぁー」

高校に入ってから仲良くなった結愛は麗奈との接点がない。だけど、顔がそっくりで性格が真逆の私たちは校内で有名人なのでみんなが知っている。

「麗奈さん、相当モテるんだろうねー!性格とか、紗奈と全然違うし」

ん?麗奈は私と違うからモテる、みたいな言い方をされた気がするけど…?私は親友の失礼な発言に気付かないフリをしてうなずいた。結愛は黒板を消す先生の手の動きをじーっと眺めながら続けた。

「紗奈ってホントに大人しいよねー。麗奈さんの双子の妹だっていうのに、静かに微笑んでいるタイプ。理不尽なことでも怒りもせず謝り続けるとか、マジであんた麗奈さんの妹?」

最後の方はなぜか切れ気味で言われたような気がするけど。私は反論しない。だって、麗奈が喧嘩売りまくって損していること、知ってるし?小さい頃からお母さんがいない時に麗奈が暴れたら止めなくちゃいけないの、いつも私だったし?


先生がいなくなって益々気にせずはしゃぎ始めたクラスメートたち。私と結愛の声も次第に大きくなっていき、結愛が元カレの悪口を話し始めた時。その時だ。その時、事件は起こった。

「きゃっ」

水瀬みなせゆきさんの可愛い叫び声。

学級委員も務めていて、常にテストで学年1位を取っている賢い水瀬さん。たぶん志望校落としちゃってこの高校来たんだろうなーっていう子。真面目すぎて面白味がないところがあるので嫌われているけれど、麗奈と比べると大したことはないし、私は全然気にしない。


彼女の小さい悲鳴はなぜだか教室に響き渡った。結愛は長い髪の毛の先っぽを弄りながらスマホを見て黙っている。

「ど、どうしたの!?大丈夫!?」

私は慌てて水瀬さんに近寄った。泣きそうな顔をしている水瀬さんの背中をさする。麗奈が癇癪を起こして泣き出した時、私はいつもこうしてあげていた。気付いた時には落ち着いた表情をして眠っている麗奈を見ると、いつも安心する。水瀬さんは私にしか聞こえない声でポツリと呟いた。

「く、く、く」

教室ではみんなが私たちの様子を伺っている。

「ん?大丈夫だから、言ってごらん?」

「く、蜘蛛が出たぁ」

そうだ、忘れていた。水瀬さんは虫が大の苦手なんだった。

「あ、蜘蛛ね。ちょっと待ってて!すぐ捕まえるね」

虫が平気な私の声を聞いて、クラスメートがまたかよっていう顔をした。水瀬さんが叫ぶ時は大抵虫。正直、みんなめんどくさくなってきている。ざわめきが戻ってくる。私はティッシュを持ってきて、水瀬さんが目を背けたうちにサッと小さい蜘蛛を片付けた。

「よし、もう大丈夫だよ」

「ありがとぉ…紗奈ちゃん」

私はその一言で元気を貰い、笑顔で結愛のもとに戻った。あー良いことしたっ!椅子に座ると、フッと冷たい笑いをした結愛が待っていた。

「何よその顔~!」

「いやいや、よくあんな奴のために助けなきゃって思えるよね」

「普通思うでしょ?だって、目の前で友達が困っているんだよ?」

「…さすが紗奈。あんたスゴいわ」


私が誰かを助けたいって思うのは、きっと麗奈のおかげだよ。口も悪くて態度も悪くて平気で人を傷つけるような麗奈、だけど…実はナニカを抱えている。双子である私にも気付くことができない、ナニカ。それを助けてあげたいし、いつかは麗奈から言ってくれたらなって思ってる。…そう思って意識してたら、自然にになっていたんだよね。



「冬馬くんじゃない?あれ?」

学校からの帰り道、結愛と他愛もない話をしながらバス停でバスを待っていたら、1人のイケメンがゆっくりとこちらに近づいてくるのが見えた。結愛が両手を目の回りに当てて興奮したように言う。

「やば、ホントだ」

どうせ何もないと思って髪のセットもせずにメイクもしなかった今朝の自分を恨んだ。クラスが違うんだから、好きな人に合うだなんて思わないでしょ?

勉強が出来て運動もできるのに優しくて、塩顔イケメンの赤坂あかさか冬馬とうまくん。

麗奈が熱を出して倒れた時に、麗奈を抱えて保健室に行ってくれたのも冬馬くん。麗奈が心配で顔色が悪かった私に水を買ってきてくれたのも、冬馬くん。ゆっくり飲んでね落ち着いてね、と優しく言ってくれたのも、冬馬くん。私は何かと彼に助けられている。私が冬馬くんの虜になったのはその時からだ。

「来たよ紗奈」

慌てて鞄からお化粧ポーチを取り出した私を見て、結愛が苦笑する。急いで鞄の中から口紅を取り出そうとするけれど、その前に彼は現れてしまった。

「お、紗奈ちゃん。元気にしてる~?」

私はうなずきながら上ずった声で答える。

「う、うん!めっちゃ元気!最近は学校で友達も出来たらしいよ!」

「ふふっ」

冬馬くんは柔らかい表情でニコッと微笑む。可愛い。

「俺はね、麗奈ちゃんじゃなくて、紗奈ちゃんのことを聞いてるの」

ひゃっ。恥ずかしさと嬉しさで顔が火照る。隣で関係ないデスというオーラを発する親友を見る。ん?…結愛の奴、笑いをこらえているぞ?

「わ、私元気だよ!と、冬馬くんは?」

「俺?めっちゃ元気。でも俺は紗奈ちゃんのこと聞いてるからね?俺とか麗奈ちゃんのことなんて聞いてねぇよ」

「うん…でも私よりも麗奈の方が大変だと思うよ。私のことなんてどうでもいいよ」

冬馬くんは形の良い眉をへの字に曲げた。そういう顔もカッコいいけど。

「俺には、麗奈ちゃんよりも紗奈ちゃんの方が疲れているように見える。無理してない?俺には何でも言ってくれて構わないからな?」

「あ、ありが…ーっ」

「うわはっはっはっは!!!」

隣から大爆笑が聞こえてきた。ロマンチックなムードが台無しだ。ムスッとして結愛を睨む。冬馬くんは大きい瞳をキョロキョロ動かして私と結愛を見比べた。

「えーと…、もしかして今2人だった?邪魔しちゃったかな?ごめんね」

私と結愛が一緒にいたことを瞬時に理解して両手を合わせる冬馬くん。結愛は私の機嫌の悪そうな顔を見てごめんごめんと謝った。

「全然大丈夫です!っていうか、私こそ笑っちゃってごめんなさい!えっと、私結愛って言います!よろしくお願いします!」

「敬語禁止だよ結愛ちゃん。俺ら同い年だしな。俺は冬馬っていいます。えーっと、5組で学級委員をし…」

すると結愛が信じられないことを言った。

「あ、知ってるよー。全部紗奈から聞いてるから」

私は顔を火照らせ、結構本気で結愛の腕を叩いた。結愛がいってぇーっと騒ぎながら腕を押さえる。

「もしかして、紗奈ちゃんって俺たちのストーカー…だったりはしないよね?」

目の前が真っ暗になった、とはこのことだ。ショックで頭が追い付かない。え、もしかして今お前はストーカーなのかって聞かれたー…? 


気付いた時には走っていた。ストーカー扱いされたことも悔しかったし、結愛に裏切られた気もしたから。自慢の持久力で切り抜け、家に向かって走り続けた。それでも遠ざかる2人の声は嫌と言うほど耳に残った。

「そういう意味で言った訳じゃないからっ!」

「紗奈ごめん!!!ちょっとやり過ぎたぁっ!」

なんだか失恋したかのような気分になってきて、家に入ろうとする頃には目がぼやけて見えた。

ガチャッ!

今日に限ってドアが開かない。鞄から鍵を取り出すのも面倒になってきて、私はその場に座り込んだ。


「麗奈!…じゃない。紗奈!」

空が暗くなってきた。ボンヤリとしながら雲の移動を眺めていた。そんな時に、お母さんが現れた。泣いている顔なんて1番見られたくなかったのに。青色とオレンジ色を混ぜた色みたいな空が、ゆっくりと滲んできた。

「紗奈、どうしたの!?何で泣いているのぉ、紗奈大丈夫よ。とりあえず家の中入ろうね」

私は猫なで声のお母さんを無視した。今は1人でいたい気分、家の外にいたい気分。

「紗奈?ほらお家入るわよ?」

「やだ」

いつもは反発することなんてない私のその声に、お母さんは困ったわねぇっていう顔をした。


あぁー、めんどくさい。ダルい。いっつも私のことなんて忘れて、問題ばっか起こすアホみたいな麗奈の面倒しか見てないクセに。

いつもは隠している本音が喉の奥をついた。口に出したところで私の評価が下がるだけだって分かっているから、いつもだったら我慢するけど。私は全てが投げやりになって、目をつぶった。

「ウザい」

「…紗奈!?辛いことがあったのは分かるけど、家に入らないと何も分からないわ。落ち着いてちょうだい」

お母さんが息を飲んだ。そんなお母さんの機嫌を取るのも面倒になってきたから、私はため息をついた。


気づいた時には家のソファーに座っていて、気づいた時には姉が帰っていた。長い髪はふわっふわに巻いてあって、制服を緩く着た姿は、私なんかじゃ到底作り出せない華やかさに溢れていた。

「麗奈おかえり!麗奈、紗奈が動いてくれないの。どうしよう」

麗奈は無言で私を見据えた。そして、私の腕をキュッと掴む。痛い!

「いたっ!」

「痛みが感じられるなら生きてるじゃん。何死んだような顔してんのよバカ。さっさと風呂入ってこいバカ。生きてるんならグズグズすんな、邪魔なだけのヒトになるなバカ」

バカにバカって言われた…。一応行っておくけど、私は麗奈が嫌いだ。可愛くて、口も悪いのにお母さんは麗奈に構ってばっか。優等生の私は、問題児の麗奈のせいで振り回されっぱなしだ。私は立ち上がって、麗奈を睨んで言った。

「麗奈、人の心ないでしょ。あんたは私と違って性格ブスなのは知ってたけど、さすがに酷いわよ」

思いっきり挑発すると、お母さんは目玉が飛び出るほど驚いていたけれど、麗奈はふっと微笑んだ。

「あんただっていつも隠している本性があるんだから性格だいぶ腐ってるよ」

私は思わず吹き出した。やっぱり私たちは似ているところがあった。なんだかムカつくけれど、一周回ってアホらしくなってくる。

「ちょ、ちょちょちょっと!紗奈ったらどうしたのよ!?」

お母さんの困惑した叫びを聞きながら、私はお風呂に入る準備を始めた。


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