第7話 優しい返事

 瑞城ずいじょうは「エスカレーター式」で高校に上がれるので、高校受験勉強の必要がない。それで李津子りつこ茉莉まつりも中学校三年生の最後まで水泳部にいた。

 最高学年のうちいちばんタイムのよい二人が「口もきかない」とかやっていると部の雰囲気が悪くなるので、部に出てきたときには李津子と茉莉は普通に話をした。冗談も言い合い、まじめな李津子に茉莉がつっこんで後輩たちの笑いを取るということも続けた。

 内気で人見知りだった茉莉も、そういう気配りぐらいはできる中学生になっていたのだ。

 でも、もう李津子といっしょに蒲沢かんざわの温水プールまで行くことはなかった。

 親には

「そのまま瑞城の高校に上がるって言っても、高校生になるんだから、中学校の終わりまでは勉強優先」

と説明した。

 その勉強の甲斐あって、茉莉は特別進学コースの「GS」に進学できた。

 進学はどちらでもいい。でも英語はきちんと身につけたかった。

 もしまた海外遠征する機会があるとしたら、英語でコミュニケーションぐらいできないと恥ずかしいから。

 李津子は、小学校五年生のときに宣言したとおり、地域人材育成科、略称「地域科」に進んだ。

 瑞城のなかですら「はしにも棒にもかからない科」と陰口かげぐちをたたかれている地域科に。

 そして、李津子は、高校では水泳の選手にならなかった。

 水泳部に入ることは入ったけど、最初のミーティングで、マーチングバンド部と兼部するから水泳部の活動にはあまり来られない、と宣言した。

 茉莉はもちろん、李津子が入部して強力な戦力になることを期待していた先輩たちも、ことばを失った。

 ミーティングのあと、李津子を怒らせるのを覚悟して、茉莉は

「どうして?」

ときいた。それだけ声を出すのがやっとだった。

 「うん」

 でも李津子の返事は優しい声だった。

 「どうしても吹いてみたい楽器があるんだ。高校、三年間でしょ? その時間を、そのために使いたい」

 李津子が茉莉に向かってそんな優しい言いかたをしたことは、それまでなかった。

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