第3話 李津子の泳ぎ

 家が近くだったので、茉莉まつり李津子りつことは同じ小学校だった。学年も同じだ。

 小学校の高学年のころには、李津子といっしょに、海水浴場で泳いだり、学校のプールに行ったり、泉ヶ原いずみがはら町のプールに行ったりした。学校のプールで泳いで、もの足りなくて、いっしょに帰ってきてホテル西城さいじょうの前の海水浴場で泳ぐ、ということもよくあった。冬は、さすがに毎日ではなかったけど、やはり李津子といっしょに蒲沢かんざわ市の温水プールまで泳ぎに行った。

 そのころには足の着かない大人用のプールで泳ぐのも平気になっていた。

 李津子は研究熱心だった。

 茉莉が「バタフライ」という泳ぎかたがあると知って、見よう見まねで泳いでみた。でも、茉莉がやってみた「両手を同じように動かすクロール」みたいな泳ぎかたではうまく行かない。両手を水から出したとたんに頭が水の底に向かって沈んでしまう。

 すると、李津子は、自分の家にあった本を調べてきて、バタフライの泳ぎかたを教えてくれた。

 「そんな泳ぎかたで前に進むの?」と茉莉がきくと、李津子はプールに入って、「ドルフィンキック」だけで前に進むのを自分でやって見せた。

 そこから立ち泳ぎになって茉莉を見上げる。

 その李津子の水着や肌や周囲の水に夏の太陽が反射しているのが、この世のものと思えないくらいにきれいだった。

 そのころまでの茉莉の泳ぎかたは、盛大に水をはね上げる泳ぎかただった。

 水面の上に水が派手にはね上がるのはそれだけ力強く泳いでいるあかしだと思って、けんめいに水をたたいていた。クロールで泳ぐときには、水面をわざわざ「グー」でパンチしてから、体の下で水をかいていた。どぼんどぼんと足が水面を打つ音が耳にリズミカルに響くのが快感だった。それが聞こえることでとてもすばらしく水面を進んでいるという実感がした。

 李津子の泳ぎかたは最初から違っていた。

 水に忍び込ませるように手を入れていたし、バタ足でも水面に白いしぶきを立てることはなかった。

 茉莉が

「ほんとうに足動かしてるの?」

と言うと、李津子は、手を動かさずにその「地味なバタ足」だけで泳いで見せた。

 しかも、「バタバタバタ」と激しく足を動かす泳ぎかたと、歩くようにゆっくり動かす泳ぎかたと、その両方をやって見せた。

 「うわー」

と茉莉は感心した。

 感動した、と言ってもいい。

 プールサイドからその泳ぎを見ていると、人間に足があるのは、陸を歩くためではなくて、水の中を泳ぐために違いないと思ってしまうくらいだった。

 それでも、そのころの茉莉は、自分の力任せの泳ぎのほうが速く泳げると信じていた。

 でも、並んで泳いでみると、李津子のほうがずっと速かった。

 何度もくやしい思いをして、ようやく、李津子の泳ぎかたが正しいんだ、ということを、茉莉はその身体で「体得」していった。

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