男の子

口羽龍

男の子

 守は帰り道を車で走っていた。夏になって、日没が早くなってきた。だが、前が見えるからと言って油断してはいけない。いつだれが飛び出してくるかわからない。気を付けて運転しないと。


「今日も疲れたな」


 守は疲れていた。ここ最近、残業が続いている。だが、すべては家族のためだ。家族を支えるためにも頑張らないと。


「帰ったらカレーだカレーだ」


 今から帰るのを妻に言ったところ、今日はカレーだと聞いた。暑い夏こそカレーを食べたくなる。


 と、守はブレーキを踏んだ。公園の前で遊んでいた男の子が、道路に飛び出してきたのだ。サッカーボールが転がっているので、それを取りに行ったようだ。


「おっと!」


 守は判断よくブレーキを踏んだので、男の子を引かなかった。守はほっとした。引いていたら、捕まってしまうだろう。そして、家庭は崩壊するだろう。そんな事で、家族に迷惑をかけたくない。


 と、男の子は車を見て、笑みを浮かべた。どうして俺を見て笑みを浮かべたんだろう。守は首をかしげた。


「止まってくれて、ありがとう!」


 守は驚いた。当たり前の事をしただけなのに、まさか男の子に褒められるとは。


「はぁ・・・」


 少しため息をついて、守は再び家に向かった。家まではあともうすぐだ。もうすぐ家族に会える。そして、カレーを食べられる。


 だが、守は首をかしげた。あの男の子が、突然バックミラーから消えた。何だったんだろう。全くわからない。


「あの子、誰だろう」


 だが、守は気を取り直して、家に向かった。運転に集中しなければ。


 家に戻ってきた守は、妻とバラエティ番組を見ていた。2人ともこのバラエティ番組が好きで、毎週見ている。


 だが、守はあまり笑みを浮かべない。あの男の子が気になってしょうがないのだ。どうして忽然と姿を消したんだろう。


「あなた、どうしたの?」


 妻は不思議に思っている。守は何を考えているんだろう。いつもと明らかに様子が違う。


「いや、何でもないよ」

「ふーん」


 ふと、妻はある事を思い出した。この近くの公園で、遊んでいた男の子が車に引かれて死んだ事だ。守はそれを知らない。


「最近、あの子の幽霊が出るって噂があって」


 妻は知っている。車に引かれて死んだ男の子の幽霊が公園に出ると。そして、車がやって来ると飛び出そうとする事を。


「えっ、誰の幽霊ですか?」


 守はそれが気になった。まさか、今日の帰り道で見たのは、それだろうか?


「この公園の近くで車に引かれて死んだ男の子の幽霊なんだけど」


 守は驚いた。まさか、あの男の子だろうか?


「どんな子?」

「この子」


 妻は立ち上がり、引き出しから男の子の写真を取り出した。それを見て、守は驚いた。あの男の子だ。やはり、あの男の子は幽霊だったんだ。


「これ!」

「どうしたの?」


 まさか、守もその幽霊を見たんだろうか? 妻は驚いた。


「俺、この子を見たんだよ! 僕は止まったけど」

「えっ、本当?」


 やっぱり守はその男の子を見たんだ。道路に出てきた時は、びっくりしただろうな。


「うん!」

「まさか、あの男の子が幽霊だったとはな」


 そうかなと思ったが、やっぱり幽霊だったのか。きっと、安全運転をしているかどうか、この公園で見張っているんだろうな。そう思うと、少しほっこりとした。


「びっくりした?」

「ああ」


 妻は笑みを浮かべた。そう思うと、男の子の幽霊が可愛く思えてくる。


「子供の突然の飛び出しには注意しようね」

「そうだね」


 守は決意した。男の子の幽霊が見張っているから、安全運転を心がけよう。




 また次の日の事。同じ時間帯に、滋(しげる)という会社員が家に向かっていた。今日も残業だ。疲れたな。だけど、行かなければ。いつも残業だけど、逃げてはだめだ。積極的に頑張らないと。


「はぁ・・・」


 滋は疲れていた。だが、運転をする気力はあった。


 突然、目の前に男の子が現れた。それを見て、滋はブレーキを踏んだ。だが、疲れて判断が遅れている茂は少し反応が遅れた。


「うわっ!」


 大きな揺れが起きた。男の子を引いてしまったんだろうか?


「ひ、引いちゃった?」


 茂は慌てて車を停め、後ろを見た。だが、そこには誰もいない。一体何だろう。錯覚だろうか?


「あれっ? 誰もいない」


 滋は首をかしげた。疲れて、幻覚を見たんだろうか?


「うーん・・・、一体何だったんだろう」


 滋は何事もなかったかのように、車を再び走らせた。その時、滋は気づいていなかった。交差点の角で男の子の幽霊が見ている事を。


 その夜、滋はあの男の子が気になっていた。引いたのに、どうしていなくなったんだろう。


「どうしたの?」


 滋の妻は茂の表情が気になった。何があったんだろう。


「今夜、男の子を引いたと思ったら、誰もいないんだ」

「えっ!?」


 滋の妻は驚いた。明らかにおかしい。どこかに死体があるはずなのに。何だろう。


「おかしいだろう」

「うん」


 滋の妻は首をかしげた。ひょっとして、幽霊だろうか? いや、そんなはずがない。幽霊なんていない。


「何だろう」


 だが、滋の妻は気にもせずにバラエティ番組を見ている。そのバラエティ番組が面白いようだ。


「気にしないようにしましょ?」

「そ、そうだね」


 そんな妻の様子を見て、滋は思った。あまり気にしないようにしよう。気にしていると、仕事がうまくいかない。




 次の朝、滋はいつものように仕事に向かっていた。いつも通りの朝、いつも通りの時間。なにもない日々が続くと思っていた。


「さて、今日も職場に行くか」


 だが、あの公園に差し掛かった時、男の子が現れた。あの男の子だ。どうしてまたやって来たんだろう。


 滋はブレーキをかけた。だが、間に合わずに男の子を引いてしまった。車が揺れた。滋は焦った。


「うわっ! ひ、引いてしまった ど、どうしよう・・・」


 滋は降りた。そこには血まみれの男の子がいる。早く警察に報告しないと。しなければ、罪が重くなってしまう。


「もしもし、あの、人を引いてしまったんですけど」


 その時、引かれた男の子がゾンビのように血まみれで立ち上がり、滋の元にやって来た。滋は電話をしていて、それに気づいていない。


「引かないで・・・、僕を引かないで・・・」


 誰かの声に気付き、滋は振り向いた。滋は驚いた。引いた男の子が血まみれでここまでやって来た。


「ぎ、ギャー!」

「僕を引かないで・・・」


 男の子は滋に顔を近づけてきた。滋はおののいている。あまりにも怖いからだ。


「や、やめろー!」


 と、滋は目を覚ました。夢だったようだ。


「ゆ、夢だったか・・・」


 滋は起き、窓を開けた。窓からはあの公園が見える。だが、男の子の姿はない。


「何だろう、あの夢は・・・」


 それ以来、滋は毎晩、男の子の夢を見るという。あの時、引いていなかったら、その夢を見なかったのに。

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男の子 口羽龍 @ryo_kuchiba

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