第47話 俺のメイドが開き直った
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キスが熱い。
氷がこの家に来てもう何十回以上はキスをしたのに、熱が冷めることはない。たぶん、心のせいだ。
俺の心と、彼女の心に変化があったから、キスに要らない熱が加わってしまった。
「…………ん、ちゅっ」
「………」
「なにか?」
「いや、俺……作業しなきゃいけないけど」
「なら、部屋から出て行けと言ってください。そうしたら出て行きますので」
「そうしたら氷、傷つくじゃん」
「そうですね。傷ついて寝る時にわんわん泣くかもしれません」
「………」
氷が図々しくなった。
それは悪い意味ではなく、氷が遠慮を捨てて俺とちゃんと向き合ってくれていることを意味する。だけど、さすがに困る時がある。
氷に怒られたあの日から、俺は隙あらばと彼女に唇を奪われている。
メイドとしてあるまじき行為なのに、制止しなければいけないのに、俺はなにも言わなかった。
そして、氷はそれをいいことに俺の部屋に頻繁に来て、当たり前のようにキスをする。
逃げられないように、俺の頬に両手を添えながら。
「………」
「………」
互いを見つめ合う沈黙が流れて、俺たちはまたどちらからともなく目をつぶって、唇を重ねる。
正直に言うと、ヤバい。キスをするたびに顔が熱くなって、自分とは無縁だと思った性欲がぐつぐつと沸き立つ。
そして、その衝動のまま氷を押し流して、永遠に俺の隣に縛り付けたいと思ってしまう。
それに、もっとも厄介な部分は、氷は全く反感を見せないところだった。
「んちゅっ、ちゅっ……」
「んん……氷、ちょっ」
俺が氷の何を爆発させたのかは分からない。
だけど、俺が氷を開き直らせて、その報いを受けていることは間違いなかった。
このままじゃ、ダメ。
そう思った俺は、氷の肩を優しく押す。
間もなくして唇が離れ、だいぶ赤に染まった顔が視界に入る。
「……なんで肩を押すんですか?」
「俺、作業しなきゃいけないって言ったじゃん」
「メイドの管理も、主人の責務だと思いますが」
「主人に隙あらばとキスしてくるメイドを、どう管理すればいいの?」
「じゃ、私はもう少し暴れてもいいってことですよね?」
「…………なんで、そうなるのかな」
「ふふっ……冗談です、冗談」
「………氷」
俺は、彼女の視線を避けながら言う。
「本当に、ダメ。勘弁して」
「……………」
「本当に、我慢できなくなるから」
顔を逸らしているせいで、彼女がどういう表情をしているのかは分からない。
だけど、氷が息を呑む音が聞こえてきて、俺の言いたいことはちゃんと伝わったと思う。これできっと、彼女も身を引いてくれるだろう。
と、思ってたのに。
「え、ちょっ、こお――――」
彼女が導き出した答えはキスで、それもとびっきりに熱っぽいものだった。
俺は逆に彼女の衝動に押し流されて、目を見開いてしまう。氷はもう逃がさないとばかりに、椅子に座っている俺に縋りつく。
俺の膝の上に座って、体を密着させながら唇を貪っている。離れて行く気配はない。
慌てた俺は、彼女の肩を反射的に掴んで強めに押し返す。
「っ!?!?!?」
しかし、氷の落ちそうになった瞬間には彼女を抱き留めて、引き寄せた。
ただでさえ近かった距離はゼロになって、氷の荒い息遣いが俺の耳元で響く。
全身が熱くて、意識が濁ったようにぼんやりして。
こういう感覚に浸ったことは、今までなかった。
「ふぅ……ふぅ………」
「はぁ、はぁ……大丈夫?氷、大丈夫?」
「…………っ」
「ごめん。本当にごめん。ちょっと、力が入り過ぎちゃって……えっ」
そして、再び氷と見つめ合った瞬間。
彼女の目じりに浮かんでいる涙を見て、俺は息を呑んだ。
慌てて何かを言おうとしたところで、氷が囁くように言う。
「私、大事にされてるんですね」
「………え?」
そして、彼女の顔に滲む笑みを見て、俺は再び目を丸くする。
「こんなに悪いことしても、まだ抱きしめてもらえるなんて」
「………悪いことだという自覚はあるんだ」
「ええ、もちろんです。ただ、今の私は反抗期なので」
「………」
氷は賢い。
自分自身の行動がどんな意味を持つのか、彼女は分かっている。なのに、衝動と欲求に駆られて俺の上にまたがって、至近距離で視線を合わせている。
俺は勘違いしそうになった。いや、もう勘違いの域を過ぎて、確信しそうになる。
氷は本当に、俺に気があるんじゃないのかという考えを。
「ご主人様」
「……うん」
「私、あなたのためなら死ねます」
「……なんで、今そんなことを言うの?」
「自分自身に言い聞かせるためです。また、あなたに知ってもらうために」
「知ったら、なにが変わるの?」
「それは、ご主人様だって分かっているはずです」
氷は心底嬉しそうな顔をしながら、俺の首元に両腕を巻く。
再び距離をゼロにしてから、彼女は囁く。
「硬いモノ、当たっていますよ」
「………………………っ!?」
「………ふふっ」
それだけ言い残して、彼女は俺の膝から降りてしれっと、背を向けた。
「では、失礼いたしました。ご主人様?夕飯が出来上がるまで、エナドリの摂取はほどほどにしてくださいね?」
「……………………」
「……それでは」
……………………氷が図々しくなったという感想には、語弊があったのかもしれない。
彼女はいかにも平然と振舞おうとしたけど、俺には分かる。
氷の声は震えていて、耳たぶは真っ赤になっていた。彼女にだって恥ずかしさがないわけじゃない。
その恥ずかしさを乗り越える衝動が、渦巻いているだけで。
「…………………っ」
本当に、これは本当に、危ない。
このままだと、本当に氷を襲いそうだから。
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