第21話  俺のメイドさんが学校で見せる姿

美空みそら なお



さすがに学校で主従関係であることをカミングアウトするわけにはいかないから、俺たちは別々で家を出て教室に着いていた。氷は後ろ寄りの窓際の席に座っていて、俺は一番後ろの真ん中という中途半端な席に腰かけている。


冬休みが終わった教室は相変わらずにぎやかだ。クラスの子たちはそれぞれ輪を作ってゲームの話や休み中にやった話題で盛り上がっていて、その中には当然休みが終わってため息をついている子もいる。


それでも、誰も氷の近くには寄らなかった。彼女の周りは見えない壁でも建てられているように静かで、それが不思議になってくる。



「………………」



氷とは同中で、クラスが一緒なのは今年が初めてだけど、やはりというべきか彼女には友達がいない。たまに女子たちに話しかけられても短く答えるか、困ったように笑うがのどちらだった。彼女は確実に、このクラスで浮いている。


そんな氷をジッと見つめていた瞬間、ちょうど周りの男子たちの話し声が聞こえてくる。



「やっぱ今日も冬風は可愛いな~~」

「だよな~~めっちゃ綺麗。なんか綺麗すぎて異世界みたいだぞ」

「あ、そういや前に他のクラスのやつらが言ってたな。冬風、なんか知らない男と一緒に街を歩いてたらしいぞ」

「ええっ!?うそ、マジか……!」

「まあ、あれだけ可愛けりゃそりゃ彼氏くらいいるだろ」



……………ヤバいな、これは。


その知らない男って、もしかして俺のこと?そうなったらガチでヤバいけど……。



「ていうかなにしょんぼりしてんだよ。お前、もしかして狙ってたのか?」

「い、いや……一緒のクラスだとちょっとは意識するだろ……ほら、胸もそれなりにあるしよ」

「体目当てかよ!ははっ、てか、俺にはその感覚分からねーわ。高嶺の花すぎるだろ、あれは」

「それはそうだけどよ……ちっ」



けっこう本気だったのか、しょんぼりしていたヤツは後ろ頭をガシガシかきながら悪態をついていた。俺は聞かないふりをして氷をもう一度眺めた後、机に視線を戻す。


やがて予冷が鳴って、約束されたように先生が入ってくる。これからはまた同じ日常が繰り返されることを知らせるように、先生はにんまり笑ってからHRを始める。


主従関係になる前からも、俺はある程度氷を意識していた。


中学の時の思い出もあるし、純粋に目に溜まる見た目だから無視する方がおかしいのだ。でも、改めて彼女と主従関係を結んでからクラスに戻ると、思った以上に環境が酷いなと思ってしまう。


彼女は本当に、ゲームの中に出てくるようなマスコット扱いを受けている。別に周りから無視されているわけではないけど、だからといって近づこうとする人もいなくて。本人もまた、今のような立場に不満がないらしく淡々とした顔で黒板に目を向けていて。


それが気に食わないとか、彼女には必ず友達がいるべきだと思っているわけじゃない。自分の在り方なんて自分が決めればいいことだと思う。


でも、やっぱり教室でも氷は一人だったんだと、当たり前の事実がやけにしみ込んできて。


俺は機械的に提出物を取り出しながら、小さく息を吐いた。





「お帰りなさいませ、ご主人様」

「うん、ただいま」



だいぶ間を置いて家に向かったからか、氷は既にメイド服に着替えて俺を出迎えていた。さっきまで制服姿だったのにいきなりメイド服なんて、シュールだと思いつつも俺は中に入る。



「学校どうだった?あまりみんなと話してなかった気がするけど」

「……そのことですが、ご主人様」

「うん?」

「学校で私の事、ずっと見ていましたよね?」



……あまりにも核心を突いてくるんだから、返す言葉が見つからない。


それでもなんとか答えを捻り出そうとしたら、氷は圧をかけるように身を寄せて来た。少しだけ真面目で、険しい顔をして。



「痛いくらい、ご主人様の視線を感じていたのですが」

「……さ、さぁ?俺じゃなくて他のやつらじゃない?」

「私、そういう類の視線には敏感であるともうご存じですよね?それに、ご主人様はウソをつくときにいつも目をそらします」

「えっ、なにそれ。俺は知らないけど」

「……まあ、ご主人様がウソをつく場面なんて片手で数えられる程度ですが」



いつの間に俺も知らない習慣を見つけたらしいメイドさんは、俺の部屋まで入ってきて真っ暗なモニターを見つめていた。



「これからまた、作業に取り掛かるんですよね?」

「あ、うん。ちょっと集中したいから、食事は遅めに作ってくれると嬉しいな」

「かしこまりました。では、夕食の時間は7時半にいたします。それと……」

「うん?」



氷は少しだけ言葉を濁しながら、俺をジッと見上げて来た。


沈黙が降りて、視線が混ざり合って。まさか、またキスされるのかと思ったその瞬間に、氷は淡く笑いながら言う。



「大変失礼な言葉ではありますが……学校では極力、私のことを見つめない方がいいと思いますよ?」

「えっ……」

「それだけの視線で、周りから疑われる可能性もあるじゃないですか。私もご主人様も、一緒に住んでいることがバレたら厄介なのでは?」

「あ……そうだね。気を付けるよ、ごめんね」

「いえ、それほどではありませんので」



確かに、自分が思っても今日の俺の視線はちょっと露骨だった気がする。休み明けの初日だから学校は早く終わったものの、俺はその間ずっと氷をチラチラと盗み見していたから。


氷は、なにかを言いたそうにずっと口だけを動かしていた。でも、その行動は確かな言葉にはならずに沈んで、氷は顔を伏せてから背を向ける。



「……それでは、ごゆっくり」

「……うん」



ドアが閉ざされる音が鳴り響いて、俺は一人になる。


氷にもっと言うべきことがあったかもしれない。でも、今の距離がちょうどいいのかもしれないという実感もあった。初めては少し離れすぎているように感じられた距離は最近けっこう縮まっていて、それは俺にとって嬉しいことだった。


でも、近すぎる距離がどんな事態を及ぼすのかを俺は知らない。


外では彼女を見つめない方がいいし、話しかけない方がいい。目を閉じてそう自分に言い聞かせながら、俺は短い息をついた。

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