第11話  俺とメイドとの時間を守るために

美空みそら なお



久々に恵奈さんに会ってから次も曲を送るという言質を取られた後、俺は氷が待っている家に帰って来た。


でも、いざリビングに入ったらそこには氷だけじゃない、変なお客さんがいて………俺はつい口をポカンと開いてしまった。



「よ、直」

「……お帰りなさいませ、ご主人様」

「……………………………………なんで?」



……本当に、なんで?


なんで森住さんがいる?いや、この人合鍵も持ってるしここにいるの自体は別におかしくはないけど。自由に出入りしてもいいって、前に言ったこともあるけど……。



「LAにいるんじゃなかったの?なんでここにいるんだよ」

「昨日帰って来たんだ。俺は一応、プロデューサーである前にお前のマネージャーだからな」

「はぁ……家に来るなら来るって先に言ってよ」

「ははっ、そういうお前こそ俺に大事なことを言いそびれた気がするが?」

「うぐっ……」



氷のことを指摘されたらさすがに何も言えなくなる。一応言うべきだと思ってはいたけど説明すること自体がめんどくさかったし、仕事もあってずっと先延ばしにしてたのだ。


自分が話題に上がったからか、氷は明らかに戸惑った様子で俺たちを交互に見ている。俺は苦笑を浮かべながら、気にしなくてもいいという意味で少し首を振った。



「んで、何しに来たの?依頼でも入った?」

「もちろん依頼は入ったが……場所が悪いな。少し席を移そうか」

「―――氷の事なら、気にしなくてもいいよ」



明らかに氷を意識しているそぶりが見えて、反射的に放たれた言葉。


でも、その言葉がよほど衝撃的だったのか、二人は目を丸くして俺を見ている。森住さんはもちろん、当事者の氷まで。


しばらく経って、森住さんは仕方ないと言わんばかりの顔で内容を教えてきた。



「……仕方ないか。羽林紫亜はねばやししあさんのことは知っているだろ?その人からのオファーが届いた」

「へぇ、なるほど……」



羽林紫亜さん。最近頭角を現している新人さんで、主にロックバンドみたいなサウンドに乗りつつもサウンドに負けない特徴的で、強い声色を持っているシンガーソングライターだ。


デビュー当時から天才高校生と呼ばれていたし、実際にシングルチャートでも結果を出してるからよく覚えてる。



「どうやらアルバムの準備をしているらしくてな。2曲か3曲くらいお前と一緒に作業したいと送って来たが、どうする?」

「……………アルバム、ね」



まだ新人の彼女には初めてのアルバムなはずだ。そんな大事な場面で俺を探してくれたのは純粋に嬉しいし、個人的にも興味があるから一緒に作業したいとは思う……けど。



「…………」

「………?」



……今はもっと、俺のメイドさんがこの家に上手く馴染めるように振る舞うべきではないかと、そう思ってしまう。


来週からは冬休みも終わって、氷と一緒にいられる時間はどんどん減っていくだろう。その上にアルバムの収録という重たい責任まで抱えていたら、氷の様子を見ることもできなくなる。



「ごめん、その依頼は断っておいてくれないかな」

「……いいのか?いい機会だぞ?羽林紫亜の声は詐欺の域だ。よほどの事情がない限り、彼女は必ず有名になる。そんな人と繋がりを持つのは、この先のお前のキャリアと名誉を考えても悪くな―――」

「名誉なんか要らないから、俺」



聞き流すことができない単語を聞いて、俺は森住さんの言葉を塞ぐ。



「俺はこのままでいいんだよ。名誉とか名声とか、俺は要らない」

「………直」

「あんなものに狂ってた人間がどうなったか、俺は覚えてるからね」



吐き捨てるように言いながら、俺は父の姿を思い返す。


やつれて、震えて、あまりにも弱っているその父は一生を音楽に捧げて、ただただ有名になるために頑張った人だった。小さい頃に俺と母さんを捨てて、母さんのお見舞いにも一度も来なかったあのクズを、俺は許せない。


これ以上説得する気はなくなったのか、森住さんは口角を上げたからソファーから立ち上がる。



「分かった。では、俺はこれで。用件はちゃんと伝えたし、どんな風に過ごしているのかもちょっと見ておきたかったからな。失礼する」

「下まで送るよ」

「別にいいけど……まあ、そうだな。お願いするか」



言い終えてから、森住さんは氷に振り返って目礼をする。氷は少しだけ唖然としながらも同じく挨拶を返して、立ち上がった。



「ああ、氷は家にいてもいいよ。俺が送る」

「……で、でも」

「いいから。それじゃ」



なにかを言う前にも先に玄関に向かって、俺は森住さんと一緒に家を出る。エレベーターに乗って、彼と一緒にエントランスまで行った瞬間。



「それじゃ、説明をしてもらおうか。あの冬風氷という美少女についてな」

「…………はぁ」



待っていたとばかりに森住さんが振り返ってきて、思わずため息をついてしまう。立ち上がる際に俺に目配せをしてきた森住さんは珍しく楽し気で、嫌な予感しか浮かばなかった。



「単刀直入に言おう。好きなのか?あの子のことが」

「だからそんなんじゃないって……ああ、これさっき恵奈さんにも説明したヤツ」

「なるほど、水浦か。ははっ、確かにあいつなら言いそうだな。でも、他に理由が思いつかないだろ?お前が女を家に入れたこと自体も珍しいからな。羽林紫亜の依頼を断った理由は、彼女なんだろ?」

「……………」



……この人は、昔から俺を見て来た人だ。


もちろん森住さんはプロデューサーとしても活動しているから実際に顔を合わせたことはあまりないけど、色々と助けてもらっているのは事実だ。そんな人の前だからか、あまりウソをつきたくはない。



「……時間が必要だと思うんだよ。俺と氷が今の時間を受け入れられるような、時間を」

「……確かにかなりそわそわしてたな、彼女」

「それは森住さんのせいだと思うけど?まあ、氷は色々と危なっかしいし、少しでも目を離したらすぐにどっかに行っちまいそうだから……一緒にいた方がいいんじゃないかと、そう思っただけ」

「…………………ぷふっ」

「なんでそこで笑うんだよ」



急に噴き出されて目を細めたら、森住さんはすぐに手を振って笑いを収める。



「危なっかしい者同士の共同生活か……この先、どんな方向に転ぶかが楽しみだ」

「……森住さんは氷のこと疑わないの?恵奈さんはけっこう心配してたけど」

「もちろん今も疑ってるし、離れた方がいいとも思っている。しかし、お前が信じる人だから黙って見ているだけだ」

「へぇ、けっこう信用されてるのか。俺」

「当たり前だろ」



簡潔に言って、森住さんはすぐに背を向ける。最後に、彼はニヤッと笑いながら言って来た。



「面白そうだからな。愛を知らない者同士がどんな風に変わっていくのか、純粋に気になる」



その言葉を聞いて、俺が最初に抱いたのは。


この人も、やっぱりだいぶズレてる大人だなという感想だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る