第7話 俺のメイドとの馴れ初め
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別に氷に優しく振る舞ったつもりはない。
でも、氷が負担に思っているのが目に見えるからどうすればいいか分からなかった。俺と距離を置きたい氷の気持ちは分かるけど、だからといってあの荷物を全部持っている氷を見捨てるわけにもいかなかったから。
俺は確かに氷をメイドとして雇ったけど、それはあくまで氷をこの世に生かしておくための形式だった。氷に何かを望んで雇ったわけではないし、彼女の上に立つつもりもない。
ただ、俺に少し似ている彼女が楽に生きて欲しいだけ。そんなぼんやりとした思考が形になり始めて、こうして目の前に広がっている。
「じゃ、俺は部屋に戻ってから食べるよ。一緒に食べるのは窮屈なんでしょ?」
「で、でも……!」
「気にしなくていいから。じゃ、俺はこれで」
両手ですき焼きの具が入ったタッパーと溶き卵の椀を持ちながら、部屋に戻る。氷はずっと何かを言いたげな様子だったけど、俺は見て見ぬふりをしてその仕草をせき止めた。
カーテンが閉められている薄暗い部屋の中で、俺は黙々とすき焼きを食べていく。味付けは絶妙で、いくらでもお腹に入りそうなくらい美味しい。
でも、まさかこんなに美味しいすき焼きをタッパーに入れて、一人で食べることになるとは思わなかった。
「あははっ………まあ、仕方ないよな」
苦笑を浮かべつつも、やたらとお肉が多く入ったすき焼きを食べ進める。作曲ソフトが映されているモニターを眺めて咀嚼しながらも、俺は氷のことを考えていた。
初めて彼女に会ったのは中学2年生の時で、あの頃はまだお互いの母がちゃんと生きていた。お母さんたちが同じ病室を使っているおかげで顔を合わせたのが、彼女との馴れ初めだった。
それから同じ学校なのを知って、段々と病室で顔を合わせることが多くなって。彼女のお母さんが集中治療室に入った時にはあの星屑の丘で、彼女のためにギターを弾いてあげて……少なくとも俺にとっては、彼女はいい思い出として残っている。
氷は、どう思っているのだろう。機械的に肉を咀嚼していたところで、ふとパソコンにチャットアプリの通知が入る。
差出人は案の定、
『今、電話できる?』
「電話か……まあ」
まあ、食べている最中だけど別にいいよな?そう思いつつ、俺は返事の代わりにスマホの通話ボタンを押す。間もなくして、明るい声が響いてきた。
『やっほ~直、元気してる?』
「おかげさまで。あけましておめでとう、恵奈さん」
『うんうん!あけましておめでとう……って、今なんか食べてる?』
……まあ、恵奈さんならいいっか。
「うん、すき焼き食べてるけど」
『えっ、すき焼き?一人暮らしなのに?』
「最近同居人ができたからね、俺」
『…………………………………………………は?』
「だから、最近同居人ができて――――」
『はあ!?!?ちょっとちょっと、わたし聞いてないんだけど!?』
「ぷふっ」
大げさなくらい驚いてるから、つい噴き出してしまった。
ていうか、当たり前だろ。言ってないから。
『えっ、ちょっと待って。じゃ今その同居人さんも隣にいるわけ!?』
「いや、一人で食べてるよ?喧嘩……したわけじゃないけど、ちょっと色々あって」
『……直、正直に言って?私の事からかってるよね?』
「いやいや、本当だってば………あの、恵奈さん」
『うん、なに?』
俺はちょっとだけ間を置いた後に、躊躇いがちに言い放つ。
「……ちょっと、相談があるだけどさ」
正直、恵奈さんに相談なんて単なる思い付きだけど、このまま一人でくよくよするよりはいいと思った。
なにせ恵奈さんは氷と同じく女同士だし、国民的なシンガーソングライターにしては素朴で共感能力の高い人だから。小さい頃から一緒に遊んできた従姉でもあるし、腹を割った会話もできるだろう。
案の定、恵奈さんは軽めな口調で言ってきた。
『いいよ~~あっ、もしかして新しいオファーでも入った?それとも音楽的な悩み?それなら――――』
「いや、どちらかというと今一緒に住んでる女の子のことだけどさ」
『………………………は?』
聞かれた言葉をもう一度噛みしめたっぽい恵奈さんは。
『はあああああ!?!?!?!?!??!?!女の子!?!?』
電話の向こうでも耳鳴りがしそうなくらいの轟音を放ちながら、絶叫し始めた。
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