第5話 俺のメイドは怖がりだ
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なんで氷と一緒に住んでるんだろう。
一つの言葉でまとめるには、あまりにも理由が多い気がする。お互いこの歳で一人になってしまったという動質感もあるかもしれないし、それなりに素敵な思い出として残っている彼女を、この世に生かしておきたいからかもしれない。
もしくは、俺が単に寂しかったからか………どっちにしろ、俺は氷と一緒に住むことを選んで、彼女の傍に立っている。
彼女の保護者である親戚とちゃんと話し合って、彼女を家に住まわせているのだ。彼女の叔母があまりにもあっけなく許可を出してくれたから、なんとなく記憶に残っている。叔父はあまり行かせたくない雰囲気だったけど。
『どっちでもいいわ。あの子がこの家にいないのが大事だから』
『っ………………』
『あなたも、そう思うでしょ?』
『…………………』
氷がいない間に繰り広げられた会話。
それが、氷が育ってきた環境を凝縮しているような気がした。たぶん彼女はいっぱい辛い思いをしてきて、親戚たちは彼女を厄介扱いしていたのだろう。それにこの見た目だから、周りから目を引くのも当然なことで。
実際に今も、街を行きかっている人たちは不思議そうに氷の瞳を眺めていた。
「…………」
「…………」
白いコートを着ているからか、彼女の赤い瞳がやたら目立つ。スーパーに向かっている途中、俺たちはたった一言も話さずに黙々と歩いていた。
一緒に行くと無理やり言い出すべきじゃなかったかと思いつつも、今から引き返すわけにもいかない。幸い、スーパーに着くなり氷はすぐに俺に話しかけてくれた。
「なにかご要望はあるのでしょうか」
「あ………そうだね」
適当に誤魔化してはいたけど、別に食べたいものなんてなかった。誰かと一緒に手料理を食べたこともあまりないし、そもそも好きと言えるほどのメニューもいないから。
……でも、ふと昔の記憶が蘇る。まだ父が家にいて、母さんも健康でいた頃。
誰もが幸せな顔をしながら、食卓を囲んで食べたメニューを。
「すき焼きは、どうかな」
「………すき焼きですか」
「うん、好きなんだ」
正直に言うと、鍋料理なんて中学に入ってからは食べたこともないから味もよく覚えていない。ずっと一人だった俺にとってはなんとなく距離を感じてしまう、そんなメニューだった。
そして、それは氷も同じなのか、彼女はジッと目を伏せてから言う。
「………懐かしいですね、その響き」
「最近は食べてないとか?」
「母がまだ生きていた頃にはよく食べていました。でも、それ以来は………」
氷は言葉尻を濁しながら苦笑を浮かべる。心が締め付けられる感覚が襲ってくるのと同時に、なんとも言えない不思議な感情が奥底から芽生える。
たぶん、この感情の名前は動質感だ。
俺も氷も、母という唯一の家族を亡くしてからは、ずっと一人だったから。
「……じゃ、今日一緒に食べようか」
「……一緒に、ですか」
「うん、一緒に」
「……………………」
大型スーパーの入り口付近で、氷はただ俺をジッと見上げてくる。周りの喧騒が段々と遠くなって行って、彼女の瞳に吸い込まれて、二人だけの世界になる。
その赤からは戸惑いが見えて、期待が見えて、疑問が見えた。俺の心を覗き込むような神秘的な目で、氷はジッと俺を見つめている。
やがて、その小さい唇が少しずつ動き始める。
「……命令でしたら、そうします」
「は?」
「それが、ご主人様の命令でしたら一緒にいただきます。でも、命令ではなかったら……なるべく、別々で食べたいです」
「………………氷」
「ご主人様」
どんな言葉を返せばいいのかと悩んでいたところで、彼女の言葉が思考を奪う。
氷はさっきよりもっと感情的になった赤い目で、訴えるように俺に言う。
「私は、ご主人様が怖いです」
「……………」
「私に、優しくしないでください。私はこれ以上……ご主人様を疑いたくありませんから」
「……どうして君は俺を疑ってるの?」
質問は投げたものの、言葉の意味はちゃんと分かる気がする。
これは壊れてしまった人間の、どうしようもない
当たり前に与えられる温もりを、俺たちは当たり前に授かることができない。そんな環境で育ってきて、そんな風にしか考えられない。
そして、傷つきたくないであろう氷はぐっと拳を握って、吐き捨てるように言う。
「無償の優しさなんて、この世には存在しませんので」
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