第21話 わかいお二人さん

「先輩の馬鹿ぁ!!」

「何やねんないきなり」


それは葵と袂を分かった放課後、隼人大先生に焼きそばパンを献上し、凝り固まった肩を存分に解させていただいていた時。


激しい音とそれに劣らぬ怒号と共に降臨せしは、葵の相棒・風峰ちゃん。

いつもならば僅かに垣間見える人見知り故の恐れも見せず、つかつかと俺の前へと立ちはだかるとビシッと俺の鼻先に勢いよく指を突きつける。

後門の俺、そして眼前に迫る風峰さんの豊かなそれに挟まれた隼人くんが、実に面倒極まりない顔をして目を瞑っている。


「一体、私のあーちゃんに何したんですかぁ!!」

「君のじゃない」


勿論、俺のでもない。

ぷんすこ頬を膨らませながら俺を睨むかわい子ちゃんに、お礼に溜息をプレゼント。


「駄々峰さん、カチコミなら他を当たってくれ。俺は今隼人先生の肩をお揉みすることで忙しいんだ」

「頼んでねえ」

「はぁーー?そんなの私がやりますよ!こちとらお爺ちゃんのダイヤモンドみたいな金剛肩を長年かけて解してみせた揉人(もみんちゅ)ですからね!!おらっどきなさい肩揉みアマチュア略してもみちゅあ!」

「やめろ」

「何おう!?なら貴様は左を揉めばいいだろう!!俺右ね!」

「いいですとも!風峰のハンドテクにかかれば土方先輩なんてあっという間に近藤局長に早変わりですし!?あ、お礼なんていりませんよでも可愛い後輩にちょこ〜っとお勉強を教えてくれてもいいんですよ?バファリン先輩♡」

「どけ」

「結局それが目的か卑しか女め!ならば隼人どっちがより気持ちいいかきっちり採点を!」

「うふ、おにーさぁん。私の手、…気持ちいいですかぁ♡」

「鬱 陶 し い!!」

「「あ゙あ゙あ゙ぁ゙!!?」」


がっちりホールドした俺達もろとも、いとも容易く立ち上がった隼人が俺達を力任せにぶん回す。哀れ、たまらず放り出された俺達は床に情けなく転がることに……ん?転がってるの俺だけだな?後輩普通に下ろされたな?


「で?何事なの風峰後輩」

「地に這いつくばったまま腕組みして何事も無く話再開しないでくださいよ」


手でスカートを押さえ、大変気持ち悪いものを見る目で俺を見下す失礼峰後輩。別に変な気は何も無いから誤解しないでほしい。通報されても困るので普通に立ち上がると、俺は元の席に戻り再び彼女に話を促した。


「あーちゃんの様子が変なのです」

「急にどこぞの王みたいなこと言われても…」

「何の話ですか!聞く!話!ちゃんと!!」

「ごめんなふぁい」


頬を更にぷりぷり膨らませ、くだらぬ戯言を口にする俺の頬を指でぐりぐり突き刺す失礼なおこ峰後輩。

彼女は語る。今日の葵の様子を。曰く、様子がおかしい従妹のことを。


それはお昼のことだったという。






『あーちゃんあーちゃん』

『…』

『あーちゃん?』

『………』

『アーチャー??』

『……………』

『…ちょっとこの玉子焼きもらっていいですか?代わりにピーマンあげます』

『………………』

『もぐもぐ。あ、美味しい。ついでにこのお肉も…。代わりに茄子あげます』

『………何か?』

『むぐむぐ。試験も近いですし、また先輩達に勉強教えてもらいましょうよ。ついでに人参あげます』

『…………不要です。人参も』

『むー…お利口さんめ。…あ、じゃあ、私ご飯たべたら一人でちょっとだけ……先っちょだけ…』

『夕莉』

『はい?』

『貴方は敵です』

『何で?????』






「変じゃないですか!!??」

「許可無く人のおかず奪う意地汚い君が?」

「ごちそうさまです!」


ご丁寧に頭を下げる後輩を横目に、俺は思い当たる節は無いかと頭を捻り、いや捻ろうとして、というか捻るまでもなく早々に思い当たる。


「(敵……って)」


それはまだまだ記憶に新しすぎる今朝のこと。

俺と葵が袂を分かった直後、なんてことも無い、冗談半分で放った宣言に何故か足を止めてしまった葵に首を傾げながら登校したことはよく覚えている。


「え、まさか…本気にした?」

「心当たりでも?」

「………いや、その」


素直に告白するべきか、否か。冷たい汗を微かに背中にかきながら黙り込んでしまった俺を、顔を見合わせ不審がる二人。


と、その時。


「穂村」

「へ」


がし。


突如、容赦無い力で勢いよく肩を掴まれ、ぐいいっと後方に引きずり込まれる。

一体何事かと、後ろを振り向いた瞬間。


「「「………」」」


そこにいたのは、しょっちゅう葵を可愛がっている主な女子3名。

いつもならばニコニコなその顔は、けれども今は何とも苛立たし気でお冠。


「アンタ、私達の葵に何したの?」

「いや君らのじゃ「事と次第によっちゃあ…」あ、はい」

「切り落とす」

「ひえ…」


ちょきちょっきん。

鋏の形にされた手に何やら不穏なものを感じながら、俺は後ずさろうとする。

けれどがっちりと肩を掴んだその手は、俺が引くことを一歩たりとも許さない。


「な、なんすか」

「なんすか?」

「今なんすかって言ったんすか?」

「殺すか」

「頭が修羅の国すぎない?」


みしみしと肩から出てはいけない音がする。何故こ奴らは揃いも揃って血の気が多いのか。少しはいついかなる時もニコニコな月城さんを見習っていただきたい。彼女ならきっとちょこっとおふざけしても怒ったりしないのに。『もー、駄・目・だ・ゾ♡』みたいな感じで全てを許してくれると思う。思いたい。


「あれを見なさい」

「はいぃ?」


何もかも理解が追いつかない状況に思わず特命係みたいな反応を示しながら、彼女達が指し示す方向に俺も大人しく目を向ける。

そこにいたのは


「………っ」


葵。マイフェイバリット従妹。

教室の入口から顔半分だけ覗かせてこちらをおずおずと覗き込むその弱々しいお姿。…なるほどこれはお姉様方の庇護欲を大いに刺激しても仕方あるまい。


「いつもならば周りのことなどお構い無しでお兄ちゃんの下に直行すると言うのに」

「それがどう?まるで親に捨てられた仔猫の様に小さくなってしまって」

「私が差し出したポッキーも全て躱すんだよ。『あててみろよ』ってこと?」

「………」


ポッキーだろうがトッポだろうが別に躱していいと思うが、確かにあの姿は放っておけない。恐らくは、いや間違いなく俺のくだらぬ言葉のせいなのだから。


「葵」

「!」


踏み込んでこない小動物をかもかもと手招き。けれども葵は身体を小さく震わせたと思ったら姿を隠してしまう。


「………」


そしてまたそ〜っと。


「…ひょっこりする人?」

「麦わらの船医」

「………」


判断は早かった。自分でも驚くくらい、直ぐに俺は立ち上がると自ら彼女に近づくことにした。何故だろう、その寂しそうな顔を見たら心がざわついて、いてもたってもいられなかったのだ。


「…どうした?」


何故か後ろから慌ててぴったりくっついて来た後輩と、そして後輩に腕を抱き込まれ無理やり引っ張られる悪友と共に、出来うる限りの柔らかさを持って、俺は従妹と対峙する。ぴくりと小さく跳ねる肩。長い前髪の奥の瞳は頼りなく揺れている。クラスメイトの言葉では無いが、本当に捨てられた猫の様だ。


「…あの、兄さん」

「うん」


葵は俺に伸ばした手を、けれどそれ以上動かすことなくゆっくりと戻す。

いくら何でも、あの一言だけでここまでなるものか。一体、何が葵をここまで動揺させたのか。


「…私……」


敵認定されたこと?

一緒に勉強出来なかったこと?

……俺に拒絶されたこと?


「…今、兄さんと私は敵同士…、ということですが…」






「………一緒に帰るくらい、いえ…後ろを勝手に歩く程度なら、許されるのでしょうか……」

「……………」

「……駄目、でしょうか…」


ど、どれであろうが予想以上に目茶苦茶重く受け止められている……。

胸の前で組んだ指を、葵は2、3度組み替えると頼りなく口を開く。その姿を見ていた後ろからの殺意がまた増した。そして隣からは『あ〜あ何か知らんがやったよこいつ』みたいな視線が二つ。


「あ〜……、と」


…そんなもの向けなくとも分かっている。

理由がどうであろうと、葵を傷つけたのが俺なら、きっと掬い上げられるのも俺だけ。


「………」

「葵」

「はい」


もしかしたら、自惚れかもしれないが。

でも、あの日見た葵が真実なら。


「…確か冷蔵庫に食材無かったから、帰り、一緒に買い物付き合ってくれるか?」

「………………」

「で、帰ったら勉強教えてくれないかな。情けないお兄ちゃんに」

「……ぁ…」


恐る恐る、けれど小さな信頼を秘めて俺は彼女に手を差し出した。


暫しの間、じっと手を見つめていた葵だったが、ゆっくりと、ゆっくりと己の手を重ね。


「…はい。喜んで」


柔らかく、けれど強く、握りしめる。その顔に浮かぶのは、確かな微笑み。


「と、いう訳で悪いけど俺達帰るな」

「……おう」

「え、なら私もむぐ」

「お前はこっちだ。勉強教えてやるから」

「も゙っふ」


誠に勝手ながら後ろを振り向いてそう言えば、それ以上多くを語ること無く、隼人は風峰さんの顔面を鷲掴みながら俺達を送り出す。そしてその後ろでは、あの3人が仲良くサムズアップしている。

何ともあけすけな態度にむず痒い気分を感じながら、俺達は二人並んで仲良く廊下を歩き出す。


「「…………」」


繋いだ手を放すタイミングを完全に逃したまま。

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