新たなる境地へ

 俺は幼い頃から、自分のことが大嫌いだった。


 暴力団という家柄のせいで、周囲の友達からは煙たがられ。

 といって裏社会で生きていく気にもなれず、団員たちからも距離を置いて。


 何者にもなりきれず、何をしても中途半端な人間。


 それが俺――大桃怜という人間だった。


 だからいつしか、ダンジョンの世界にこもるようになった。自分ひとりでレベルを上げ、自分ひとりだけで成長していく……。

 ゲームよりも刺激的なその世界に、俺はなかば現実逃避する形でのめり込んでいった。


 いつかは普通の人間として、普通に生きていきたい。

 そんな叶いもしない夢を、ずっと抱き続けて。


 

 ――けれど、そんな俺を世間は甘やかしてはくれなかった。


 できるだけ目立たず、できるだけ〝普通の高校生〟として生きていきたい。

 俺が望んでいたのはそれだけなのに、鬼塚という乱暴者が現れた。

 そして学校の連中も、そんな鬼塚を止めるどころか、むしろ面白がって暴力に参加していた。


 だから俺はまわりの奴らも嫌いだった。


 欲まみれ。自分勝手。人の気持ちがわからない。

 なんというゴミクズだろうか。

 死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね…………‼



 でも。


 ――私……あなたのことを追いかけたいのよ。どこまでも――

 ――あんまり自分だけで抱え込まないで……? ほんとは怜君が優しい性格だっていうの、私はわかってるから――


 そんな俺を、どこまでも愛そうとする女が現れた。


 そいつはドジっ子で、ちょっと抜けていて。

 ダンジョン外ではレベルが適用されないはずなのに、勇気を持って鬼塚たちに突っ込んで。

 そして今も、魔神化した俺を元に戻そうと足掻いてくれていた。


 いや。

 違うな。

 彼女だけじゃない。

 学校の生徒たちだってそうだ。

 暴力団や警察官が襲撃してきた現場で、彼らは俺とともに戦ってくれた。

 危ないから逃げろと言ったのに、それでも、もう傍観者にはなりたくないという理由で。今度は俺を守りたいという理由で。



 俺は自分が嫌いだった。

 そしてそれと同じくらい、周囲の人間も大嫌いだった。


 けれどもしかしたら、 今までの俺が気づかなかっただけで、実はこの現実も捨てたもんじゃないのかもしれない。

 そう思い始めていた。



 ――頑張れ大桃君! 僕は君のことを信じている。かつてデスデビルオーガの手に陥りかけたユリアちゃんを助け、そして今は、日本の危機のために立ち上がってくれている。そんな君のことを、僕らが応援しない道理はないだろう!――


 ――僕からも君への気持ちを送らせてもらうよ。今までユリアちゃんを守ってくれて、本当にありがとう――


 ――仕方ねえ。よくわからんが、大桃氏を助けるためってことでいいんだな!――


 ――頑張れ大桃君。俺たちはこんなことしかできないが、君の健闘を祈ってるよ――


 ――大桃君もどってもどってもどってもどって――


 ――仕方ない! なけなしの金だけど、今日くらいは大桃君に貢がせてもらうよ! 生きて帰ってくれ‼――




「…………?」

 いったいどうしたことだろう。

 今度は世界各地から、温かな気持ちが届けられてきている気がする。

 数えきれないほど大勢の人たちが、俺を応援してきている気がする。

 心なしか、憎しみに囚われていた気持ちが、すっと溶けていくような……。


 ――大桃くん大好き!――

 ――暴力団たちは戻っていったぞ! 俺たちを守ってくれてありがとう、大桃さん――

 ――絶対戻ってきてよ! このままいなくなるなんて、私は嫌だからね!――

 ――うぉぉぉおおおおおおお、怜よ、戻ってこぃいいいいいいい!――



「こ、これは……」


『世界滅亡のため? 怜君の〝本来の姿〟を取り戻すため? そんなことはどうでもいい……。どうでもいいんです‼』

『言ったでしょ。私はあなたをどこまでも追いかける。たかが魔神化したくらい・・・・・・・・・・・で、私たちの縁を途切れさせようとしないで‼』



「う、うおあああああああああっ!」


 その瞬間、俺は克明に感じた。

 漆黒のオーラに包まれていた《世界終末の剣》が神聖な光を帯び始め、俺自身の身体が、元の人間に戻っていくのを。

 そのうえで、俺自身に新たなる力が宿っていくのを。

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