怠惰な陰キャの運命の日

 それからの数日間、俺は念願の“平凡な日々”を送っていた。


 平日の朝は学業に励み、放課後になったらいつも通り校門で待機している詩織と合流し。《世界終末の剣》の最終素材である「???」を探しつつ、各地のダンジョンを探索し続けた。


 ちなみにダンジョン探索の際は、何度か詩織の配信も同時に行っている。


 より正確に言えば、俺がモンスターと戦っているところを、詩織が勝手に配信しているといったところだが……。

 まあこいつは何を言っても聞かないので、俺も今更突っ込む気は起きなかった。


 詩織が言うには、俺のかっこよさを全世界に広めたいとかなんとか――訳わからん言い分を唱えているけどな。


 ちらっと見た限りだと再生回数もそこそこ伸びているようだし、きっとそれ目的だと思っている。たぶん。


 またそうして動画出演の機会が増えるにつれ、護月院高校の生徒たちとはより深い溝ができていた。


 なかには俺に話しかけたそうにしている者もいたが、あちらは苛めを見過ごしていた本人。

 相手も「浅はかな手のひら返し」になることをわかっているのか、それ以上は距離を縮めてこない。



――君はたしか、護月院高校に通ってたよね。ダンジョン管理省とは管轄が異なるが、よければ知人にかけあって、近隣高校に転校を手配することも可能だ。どうだね?――



 先日、飯島に投げかけられた言葉が脳裏に蘇る。


 ぶっちゃけ今すぐ転校しても良いっちゃ良いんだが、このへんには手応えのあるダンジョンがいくつかあるんだよな。レアアイテムのドロップしやすいダンジョンもちらほらあるので、考えなしにここを去るのは惜しい。


 さりとて、こんなに居心地の悪い学校にいるのも気分が重いわけで……。


「まあ、とりあえずは今のままでいいか。考えるのがもう面倒くせえ」

 と、途中で思考を放棄するのがいつもの流れだった。


 そしてもう一点、いじめから救われたことで俺に感謝してきた女子生徒がいた。


 先日の様子だと、彼女はやたら俺を尊敬しているようだったが……。

 なんと彼女自身も、そこそこ名の通っている配信者らしい。もちろんユリアと比べればチャンネル登録者も少ないし、ジャンルもダンジョン系ではないようだけどな。


 よかったら動画出てほしいと打診されていたが、それは丁重にお断りしておいた。


 もちろん面倒だというのもあるが――他人の動画などに出演しようものなら、あのヤンデレがなにをしだすかわからないからな。


 


 そして運命の日は、初めて詩織の家に転がり込んでから二週間後。

 登校中、飯島からかかってきた電話から始まるのだった。


「おいおい……」


 最悪電話をかけてくるのは構わないが、ここはもうすでに学校の敷地内だ。


 背後の校門からは続々と生徒が押し寄せてきて、朝の挨拶をしている教師陣もちらほらいる。こんなところで官僚との電話なんかできるわけがない。


(あとで刃馬経由で注意させとくか。こんな時間に出られるわけがない)


 そう思い、着信を無視しようとしたのだが……。

 途端、耳障りの悪い警報音がそこらじゅうで響きわたり、俺は目を竦ませた。



 ――大規模テロ情報。大規模テロ情報。当地域に、テロの危険が及ぶ可能性があります。速やかに安全な場所に避難してください――



「な、なんだ……⁉」


 これは――国民保護サイレン。

 日本国に有事が迫ったとき、該当地域に鳴らされる緊急音声だ。


「え……?」

「だ、大規模テロ……?」


 他の生徒たちも同じく、不安な表情を浮かべて周囲を見回している。なかには急いで校内に入ろうとする者もいるが、大多数の生徒はパニックに陥っているままだ。


「ちっ……!」


 俺は急いで物陰に身を隠すと、いまだ振動を続けているスマホの通話ボタンを押した。このタイミングで飯島から電話がかかってきたとなると、きっとテロに関して知っていることがあるのだろう。


「おお、怜君! よかった、出てくれたか……!」


 そして通話に応じた瞬間、大きく安堵したような声が届いてきた。


「飯島さん、これは……」


「うん、わかってる。今そっちのほうではサイレンが鳴ってるね。それに関連する情報を伝えたいんだが……このまま通話できる場所にいるかな?」


「はい、人のいないところにいます」


「さすがだね。事態も事態だし、手短に伝えさせてもらうよ」


 そこで飯島は一呼吸置くと、重々しい口調で次の言葉を紡いだ。


「今、私たちは狙われていると思ったほうがいい。ダンジョン調査庁にね」


「ダンジョン調査庁……⁉」


「うん。実は数名、私の職員をダンジョン調査庁の捜査にあたらせていたんだけどね。昨日から綺麗さっぱり連絡が取れなくなっているんだ」


「そ、それは……!」


 一瞬驚いたが、しかしそれでは本末転倒ではないのか。


 職員を始末して、大規模なテロまで起こして――。もしそれがダンジョン調査庁の仕業だと明るみになれば、それこそ庁の実態が世に晒されることになるが……。


「――うん、その考えは至極もっともだ。私もここまでするとは正直思っていなかった」


 飯島はまたも俺の思考を先回りしたか、即座に俺の疑問に答えてきた。


「今はまだわからないが、ダンジョン調査庁は何か切り札があるのかもしれない。私たちにはあえて報告していない、ダンジョンについての秘密とかね」


「ダンジョンの……秘密……」


「うん。他にも色々と話したいことがあるけど……今はこの場を切り抜けることが先決だ。……いまは、護月院高校にいるのかい?」


「はい」


「わかった。刃馬さんに連絡して、別の場所に落ち合うことにしよう。私たちは狙われている立場だ、慎重に行動してくれよ」


「わかってます。それではまた……」


 そう言って通話を切ろうとした瞬間、飯島が「ああ、待ってくれ」と制止してきた。


「すまないね、最後にこれだけは伝えさせてほしい。連絡が取れなくなった職員だけど、実は数日前から私服警官に守ってもらっててね。なにが起こるかわからないから、充分に安全策を取っていたはずなんだ」


「…………つまり敵は、警察すらも凌ぐ実力者だってことですか」


「うん。それも考えられるけど……そうじゃない可能性・・・・・・・・・もある。もしかしたら警察も薬を――」


 そこまで飯島が言いかけたところで、


「やぁぁぁああああああああああああああああ!」


 ふいに女子生徒の悲鳴が響き渡り、俺は身を竦ませた。


 感覚を研ぎ澄ませれば、すでに不穏な気配が近隣に四つ……!


「飯島さん、ついに来たようです。この場はしっかり切り抜けますから、また落ち合いましょう!」


 俺はそう言って通話を切ると、急いで物陰から脱出。


 そのまま声のした方向に駆け寄ったとき、やはり……最悪の敵がそこにいた。


 制服姿の警察官が数名、虚ろな表情でここに歩み寄ってきているのだ。しかもなにを考えているのか、女子生徒の首を持ち上げている。


「か、かはっ…………! た、たす……けて」


「…………クソが!」


 俺はそのまま警官に向けて突進を敢行。

 その勢いに任せ、女子生徒を締め上げている手を攻撃しようとしたが――。


「…………ハッケン、オオモモレン」


 残りの警官が俺に視線を向けると、なんと懐から拳銃を取り出すではないか。


「おいおい、おまえらまさか……」


 俺が目を見開いたのも束の間、乾いた銃声音が校内に響きわたった。


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