ぐいぐい攻めてくる有名配信者
詩織が作ってくれた料理は、はっきり言って高校生とは思えないクオリティだった。
香ばしい味噌ダレのついた唐揚げや、オクラやとろろの入ったネバネバサラダ、そして具材たっぷりの豚汁……。
俺なんて、いつも面倒くさくてカップ麺かコンビニ弁当で済ませているんだけどな。
それと比べれば、詩織のほうが圧倒的に家庭的だってことか。こいつだって、やろうと思えば毎日外食できるはずなのに。
「どう……美味しいかな」
やや緊張した面持ちで訊ねてくる詩織に、俺は思ったままの感想を素直に答えた。
「ああ。うまい」
「ほんと……? よかったぁ……!」
ほっとしたように胸を撫でおろす詩織。
「よかったら、まだまだいっぱい作るからね。怜君のためだったら地球の裏側まで食材取りに行ってくるから!」
「はいはい……」
ちょっとでも可愛いと思ってしまった俺が馬鹿だった。
「あ~、いまちょっと呆れてたでしょ! 私わかるんだからね、そういうの!」
「安心しろ。呆れてるのはいつものことだ」
「む、む~」
詩織はそう言って頬を膨らませると、自身もご飯を口にし始めた。
日本では知らない人はいないであろう彼女だが、実はこんな一面もあるんだな。
――そうやってなんでも自分だけで解決しようとしないでよ……! 私が怜くんのこと大好きなの知ってるでしょ? このうえ怜くんまでいなくなってしまったら、私、私……‼――
ふと、先日の電話内容が脳裏に呼び起こされる。
あのときは妙に意味深なセリフに思えたが……なるほど、こういうことか。
改めて室内を見渡しても、彼女が家族とともに過ごしていたという痕跡は一切ない。
靴も一人分しかないし、食器も何もかも……
俺も特殊な出自をしているから、高校二年生にして一人暮らしをしているけどな。
彼女も同じく……自分だけが抱える事情があるのだろう。
「ん……?」
いや違うな。
一つだけあった。
本棚の上に置かれている、一枚の写真。
そこにはまだ幼かったであろう詩織と、その両手を握り締めている夫婦の姿が映っている。風貌もどことなく似ているので、おそらく彼女の両親だろうと思われるが……。
「あ……気づいた?」
俺の視線からすべてを察したか、詩織が力なく笑って答える。
「そうよ。その二人が私とお父さんとお母さん。私のことを置いて……出て行った人」
「…………そうか」
詩織いわく、すべての歯車が狂いだしたのは父の不倫だったという。
当時の父はすっかり不倫相手に入れ込んでしまっており、第二の人生を彼女とともに捧げたいと言い出す始末。
母はせめて詩織が成人するまでは離婚しないことを提案したが、当の父は聞く耳を持たず――。
この古いアパートに引っ越してきたのが、いまから五年ほど前のこと。
最初こそ、詩織と母は懸命に生き抜いてきた。
母は二つの仕事を掛け持ちし、詩織もできるだけ母に協力し。
生活は苦しいながらも、それでも幸せな日々を送っていたという。
その均衡が崩れ去ったのは……今から二年前のこと。
母がパート先の男に強く惚れ込んでから、詩織を気に掛けるとは徐々になくなっていった。
生活が苦しいにも関わらず、母はだんだん派手な服装を着るようになり、それと反比例して家のことはおざなりになっていった。
それでも中学卒業までは最低限の面倒を見てくれていたが――。
今の高校に入学してから、ついに恐れていたことが起こったとのこと。
「ここまで育ててあげたんだから、もういいでしょ?」
「私はずっとあんたのために頑張ってきた。だからもう、あんたのために頑張るのは辞めるね」
「三か月分の生活費は置いていってあげるから。あとは自分で生きな」
そう言われて、詩織は一人になった。
無条件に愛してくれると思っていた両親から見放され、高校生にして生活の危機に瀕して。
心が病みそうになったけれど、そこで立ち止まってる場合じゃないと思いなおして。
「だからあのときは、本当にがむしゃらだったなあ。有名配信者になればお金を稼げると思って、バイトして配信道具を揃えて……。視聴回数が取れそうなことはなんでもやって……。そしたら、いつの間にか登録者が1000万になってたんだ」
「は……。たいした奴だな、ほんとに」
ふっと笑みを浮かべた俺に対し、詩織はやや潤みがかった瞳で俺を見つめた。
「でもね……。こうやって人気者になっても、私は全然嬉しくなかったの。そんなことより、お父さんとお母さんが戻ってきてくれたほうが、何倍も嬉しいだろうなって……」
「…………」
「そんなとき、怜君と出会った。ちょっぴりぶっきらぼうで面倒くさそうだけど――本当はとっても優しいあなたに」
なるほど……そういうことか。
俺も立場上その気持ちが理解できるんだが、いくら組員が俺のことを持ち上げてくれたとしても、その気持ちが本当なのかはわからない。
単に組長の息子だから仕方なく褒めているのか。
内心では俺を小馬鹿にしつつも、俺に歯向かえないだけか。
いくら表面では愛想がよくても、その人物を完全に信用することは難しいんだよな。
その点でいえば、きっと詩織も同じだったんだろう。有名配信者になったことでファンは増えたが、では彼らはみんな自分のことが《好き》なのか――わからなくなったのだ。
だから俺のような男は、たぶん詩織には新鮮に映ったんだろうな。
「……そういうわけでさ、怜君だけは、私の傍から離れないでほしいの。
「は……おい」
そう言って詩織は、有無を言わさずに唇を重ねてくるのだった。
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