怠惰な陰キャ、有名配信者の家にあがる

 結局、反論を差し込む余地は全然なかった。


 俺が少しでも逃げようとするものなら、よりぎゅっと強く腕を絡ませ、逃げられないようロックをかましてくる。


 その分めちゃくちゃ密着してるわけだから、端から見ればイチャイチャカップルとしか思えないわけで――。

 周囲の視線に晒されながら、俺はとうとう、詩織の家の前まで到着してしまうのだった。


「おまえ……ほんとは一人で暴力団倒せたんじゃねえのか」


「え? なあに?」


 ぎゅうっと。

 さらに身体に密着させながら、上目遣いで聞いてくる詩織。


「そんなことより、もううちに着いちゃったね。これは入るしかないよね」


「はぁ……わかったわかった。だからもうそんなにくっつくな」


 すっかり観念した俺は、思わずその場でため息をついた。


 さらば……平凡な毎日。

 俺は結局こうなる運命にあるらしい。


「……にしても、ここがほんとにおまえの家か?」


「うん。そうだよ?」


「…………」


 当たり前のように頷く詩織に、俺はある疑問を抱かずにはいられなかった。


 目の前にあるのは、あまり整備が行き届いていなさそうなアパート。


 しかも周りに駐車場が見当たらないので、どっちかというと単身者が住んでいそうな気配がするが……。


 チャンネル登録者が1000万人もいるのだから、贅沢な暮らしをするのには困らないはず。もっと良い家に住むことだって、詩織なら問題なくできるはずなんだが――。


「どうしたの? 行こうよ」


「あ、ああ……」


 詩織に連れられ、そのまま俺たちはアパートの敷地内に入る。


 彼女の部屋は二階にあるようなので、甲高い金属音の鳴る階段をのぼる必要があった。


「じゃあ、開けるよ」


 そして部屋の前に着いた後、詩織はなんの躊躇もなく扉を開けた。


 なかは綺麗に整理されていて、女の子らしく“ぬいぐるみ”やら“キャラクターもののグッズ”が置いてあったりするが――それ以前に、狭い。


 おそらく1LDKもない――1DKだろうか。

 一人暮らしには充分なスペースがあるが、家族で過ごすには明らかにスペースが足りていないのだ。


「おまえ……ここ、配信専用の部屋かなにかか?」


「違うよ。ここが私のおうち。ほら、ここ……見たことない?」


「…………」


 そこはたしかに、ユリアがよく撮影のバックにしている風景だ。


 ピンク色のソファに、周囲に所狭しと並べられたぬいぐるみ。


 といって配信だけの部屋ではなさそうで、台所には食器や食材があり、そして撮影場所の死角になるところにはベッドがある。


 たしかに生活感が満載で、ここが配信のための部屋ではなく、本当に詩織が住んでいるところと感じさせるには充分だった。


「ごめんね……怜君。私、本当はいないんだ。お父さんもお母さんも」


「…………」


「ささ、まずはあがってよ。ご飯なら私が用意するからさ♪」


「あ、ああ……」


 またも詩織に引っ張られ、俺はなかば無理やり部屋に上がらされるのだった。


―――――――――  

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