怠惰な陰キャ、暴力団より強い(?)ヤンデレに遭遇する
「ふう……疲れたな」
飯島との会談が終わり、俺はやっと地下室から解放された。
刃馬から家まで送ることも提案されたが、それはもちろん断ってある。
今日はあくまで、詩織の配信機材と《裏アイテム》を受け取りにきただけ。積極的に組員と関わりたいとは思わないし、面倒事にも巻き込まれたくない。
用事を済ませた後は……今まで通り、平凡な毎日を送れればそれでいい。
――――そう思ってたんだけどな。
「おまえ、まさかここまで尾行してたのか?」
「ううん、そんなことできるわけないじゃん♡ 乙女の勘ってやつよ♪」
「乙女の勘……」
地下室を出て少し歩いた先には、なんと有名配信者ユリア――なんと佐倉詩織の姿が。
もちろんいまの詩織は、昨日のように配信者の姿をしていない。髪を後ろに束ね、サングラスをかけた地味目な恰好をしているので、厄介事が引き起こされる可能性は最低限抑えられているが……。
「ほんと、いい度胸してるよなおまえ。俺が誰と会ってたか、まるでわかってないわけじゃないだろ?」
「ふふ、愛の力ってやつね♡」
そう言いながら、詩織は俺に腕を絡ませてくる。
彼女の胸部はとても大きいので、豊満な二つの膨らみが当たってしまっているが――まあ、こいつのことだ。これもどうせ
――私はそんな怜君を大好きになった。命知らずって思われても、馬鹿って思われてもいい。だから……お願い。これからも、一緒にいさせて?――
昨日、詩織はこう言って俺に抱き着いてきた。
その心意気は凄いと思うが、しかし今回は暴力団が絡んでいる。それでも俺にまとわりついてくるなんざ……正直言って、狂気の沙汰としか思えないよな。
つまりはこれがヤンデレってやつか。
「ほれよ。受け取れ」
まず俺は刃馬から受け取ったバッグを詩織に渡す。
「昨日ぶっ壊れた配信機材がそのまま入ってるはずだ。アカウントの復活とかは面倒だろうが、それは勘弁してくれ」
「ううん、ありがとう♪」
そう言うなり、詩織は嬉しそうにそのバッグを両腕に抱えた。
どこにそんな喜ぶ要素があるのか……全然わからないけどな。
「怜君のバッグ♪ 怜君の匂い♪」
と言ってバッグを嗅いでいる様子を見て、やはりこいつは変人だと認識を強くしたところだ。
正確にはこれは俺のバッグじゃないんだが、もはやそれを突っ込む余地さえない。
いつしか日が暮れていた。
そこかしこにある街灯が光を放ち、各所に点在する飲食店やらコンビニから明かりが漏れてくる。
スマホで時刻を確認すると、なんともう夜の19時。
護月院高校からここまではそこそこの距離があるので、まあ当然っちゃ当然か。
「はぁ……怜君の匂いしゅき……。ヌケる……」
「おい、いい加減戻ってこい。思いっきり不審者だぞおまえ」
「私が死んだら警察にこう伝えて……? 死因は尊死だって」
はぁ……。本当にこいつは。
前までだったら無視して先に進んでいたものの、いまは不思議とそういう気が起こらない。
俺の出自を知ってもなお接触してくる人間は初めてで。
ビビるところか、こうやって腕を絡めてくる人間なんて会ったことがなくて。
心の中に芽生え始めているこの感情がなんなのかはわからないが、少なくとも、この場から無理やり逃げ出そうとは思わないのだった。
「怜君ね、気づいてる? いま、日本中の女の人が怜君に夢中なんだよ」
「は……?」
「あとでコメント欄見返して気づいたの。怜君のかっこよさに惚れて死んじゃった人がいるみたいだけど、私のほうが一億年も先に尊死してるのに、デマを言う人がほんとに多くてさ……」
「な、なに言っとるんだおまえは……」
俺が戸惑っている間にも、詩織がぎゅううううと胸を腕に押し付けてくる。
……うん、これで決定だ。
こいつが胸を当ててきているのは絶対に確信犯である。
「おい馬鹿やめろ。まわりに見られてんぞ」
「見せつけてるの。怜君は
「…………」
おいおい、冗談だろ。
一瞬だけ詩織から伝わってきた覇気に、俺は思わず鳥肌が立ってしまった。
たとえ数人の暴力団に囲まれても、たとえSランクモンスターに囲まれても、俺が怖気を覚えたことはそうそうない。にも関わらず詩織から伝わってくるこの圧倒的なオーラは、いったいなんだというのだ……⁉
「怜君、そういえば今日、金曜日だね……?」
「あ? ああ……」
「ふふ、だったら夜遅くまで一緒にいてもいいよね。ここから一駅で着くから、私の家に来てよ」
「は? なんでそういう話に――」
「大丈夫大丈夫。今日は家族みんな出かけてるから心配はいらない。安心してエッチなことできるよ?」
いやいや、別にそこが気になったわけじゃないんだが……!
という反論をする余地さえなく、そのまま詩織に引きずられていくのだった。
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