世界終末の剣

「最後に一つだけ……俺からもいいですか」


「ん?」

 飯島が立ち去る寸前に、俺はその背中に声をかけた。

「どうしたんだい? 私に答えられることならなんでも答えよう」


「実は今、ある武器を作ろうとしてて。《世界終末の剣》っていうんですが、最後の素材だけまだ見つかってないんです」


「世界終末の剣……」


 おそらく聞いたことがないのか、飯島が疑問の表情を浮かべる。


「血染龍の魔眼、死魔導士の杖、神縁龍の逆鱗、オリハルコンスライムの至宝玉。その四つまでは揃ってます。ただ、最後の《???》というのがわからない」


「はは……前半四つの素材もだいぶレアなはずだが、当然のように揃えてるんだね」


 飯島はそう言って苦笑いを浮かべると、その続きを話す前に護衛を見て言った。


「大事な怜君からの質問だ。あと二分もらうよ」


「……かしこまりました。ですがこれ以上の延長は……」


「わかってるさ」


 と、そこまでが事務次官としての飯島。


 次の瞬間に俺に歩み寄ってきたときの彼は、官僚というよりは、仲の良い友人のような柔和な顔つきだった。


「結論から言うとね、私にも《???》の詳細はわからない。その情報が届いたことはないからね」


「ふむ……」


 ダンジョン管理省のトップですら知らないか。

 これはなかなかに骨が折れそうだな。


「でも、実は職員から興味深い報告を受けていてね」

 と飯島は続けて言った。

「ダンジョン内には、アイテムならざるアイテムが生まれることがあるらしいんだ。その人の思い、決意……そういったものが宝玉となり、アイテムになるとね」


「…………?」


 なんだかアニメや漫画のような話だな。


「じゃあ、これは探しても見つからない可能性が高いと?」


「もちろん、今回の《???》がそれだとは限らないよ。だけどその様子だと、君は相当にダンジョンに潜り込んでるそうじゃないか。さぞ多くのアイテムがカンストに至ってるんじゃないのかい?」


「…………」


「はは、まあそれは答えなくていいよ。――とにかく、ダンジョンを知り尽くしていそうな君でさえ知らないんだ。そうした特殊なアイテムである可能性は捨てきれないだろう?」


 たしかにそれは一理あるな。


 この謎アイテムを捜すためだけに、各ダンジョンを探索し続けたこともある。


 同じモンスターを何度も狩り続け、珍しいアイテムが採取できるところは何時間も粘り続けて……。


 しかしそれでも見つからなかったのが、この《???》だ。


 やはりこのダンジョン探索、レベルカンストをしても、他にやり込み要素が沢山ありそうだな。


「わかりました。ありがとうございます」


 そう言って会釈する俺。


 明確な答えはわからなかったが、“飯島でさえ知らなかった”ことが判明しただけでも収穫だ。ゲームのように攻略サイトが出回っているわけではないので、これは自分で探さないといけないしな。


「そうだ、私からも一つ提案があるんだが」


 腕時計を確認しつつ、飯島が別の話題に切り替えてきた。


「君はたしか、護月院高校に通ってたよね。ダンジョン管理省とは管轄が異なるが、よければ知人にかけあって、近隣高校に転校を手配することも可能だ。どうだね?」


「…………」


 それは俺も考えてはいた。


 前のようないじめはなくなったが、完全に居心地が良くなったわけではないからな。


 全校生徒が俺に気を遣っているのがひしひしと伝わってくるし、それは教師陣も同様。ときおり俺に歩み寄ろうとしてくる生徒もいるが、いままで鬼塚によるいじめを放置していた以上、それもやりづらそうな印象だ。


 都合が悪くなったら手のひら返し、どう考えたって浅はかすぎるからな。


「ふふ、まあ君の人生に関わることだ。いますぐに決めて欲しいわけじゃない。さっきの電話番号に連絡してくれれば、いつでも手配できるからね」


「……わかりました。また連絡させてもらいます」


「うん。いつでも待ってるよ」


 そう言ってにっこりと笑う飯島。


 この人の良い笑みは、官僚ならではの人心掌握術か。もしくは単に、俺が高校生だから落ち着いて話すことができているのか。


 それはわからないが、飯島とは今後長い付き合いになる――。

 このとき俺は、なんとなくそう予感するのだった。


「事務次官。そろそろ時間が――」


「うん、わかってるさ。そろそろ出るよ」


 護衛にそそのかされ、飯島はくるりと身を翻す。


「それでは刃馬さん。組長にもよろしくお伝えください。――あなたの息子さんは実に将来有望で、私の同僚に欲しいくらいだと」


「はは、承知しました。事務次官もお気をつけて。薬物の件、またわかったら俺と怜様にもお伝えください」


「わかりました。――では、またお会いしましょう」


 そのようにして、この奇妙な会談は幕を降ろすのだった。


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