怠惰な陰キャ、覚醒す

「くっそ……! 大桃の野郎、許さねえ……!」


 これだけボコボコにやられてもなお、俺への執念を忘れないのはさすがというべきか。


 鬼塚は憎しみのこもった瞳で俺を睨みつけるも、しかし身体はまるでついていかないようで――。

 両膝を地面につけると、そのままうつ伏せに倒れていった。


「ふう……」


 ……これで終わりか。


 なにやらきな臭い予感が漂っていたし、てっきり鬼塚がなにかしら仕掛けてくると思ったんだけどな。

 結局はそれも考えすぎ・・・・だったのか……?


 いや。

 そんなはずはない。

 倒れてもなおヘラヘラ笑い続けている鬼塚を見て、俺はすぐに直感した。


「ふふ、終わったね怜くん♪ 配信はこれで終わりにしよ――」


「いけない! 伏せろユリア‼」


「え……」


 戸惑ったように立ち止まる詩織に、俺は舌打ちとともにダッシュを敢行。


 そのまま詩織を抱きかかえた瞬間、鬼塚がなにかを放り投げた。


「ははっ……勝負には負けたけどよ、俺はおまえが死ねば満足だ。――ユリアちゃんには悪いが、二人ともども死ね」


 ――ドォォォォォオオオオオン‼

 鬼塚が投げつけたのは、おそらく広範囲を焦土と化す爆弾だ。


 俺がオリハルコンスライムを屠ったときの魔法――プロミネンスゾーンにも劣らぬ威力を爆弾内に封じ込め、指定の範囲内に大爆発を引き起こす。


 俺が放った魔法は、あくまでモンスターだけにダメージを与えられるものだったが――おそらく鬼塚が投げつけたものは違う。


 本気で俺たちを始末するため、このフロアごと爆殺しようとしている……‼


「れ、怜くんっ……!」


「大丈夫だ! ひとまずダンジョン外まで脱出するぞ‼」


 俺はレベルカンストをしている人間だ。

 たとえあの爆弾が高威力を誇っているとしても、なんとか耐えきる自信はある。


 だが詩織は違う。

 いくら150レベルまで実力を高めたとて、あの大爆発に巻き込まれたら一溜ひとたまりもない。

 

 それだけは……絶対・・に避けねばならなかった。


 幸いなことに、決闘を行っていた場所は《天空のダンジョン》の入り口付近。


 全速力で駆け抜けさえすれば、問題なく避難できるはずだったが――。

 俺はそこで、奴らの本当の狙い・・・・・を知ることになるのだった。


「なるほど……そういうことか……」


 詩織を背に背負いながら、俺は目の前にいる男たちを睨みつけて言う。


「さっきの決闘は、あくまでここへ釣るための餌。本当の殺し合いは……ここでやろうって話かよ」


「クク、そういうことだ。ガキにしては頭がまわるじゃねえか、おい」


 ――そう。

 なんとかダンジョンから脱出した俺たちを待ち受けていたのは、なんと十人ほどの男たち。


 なかにはスキンヘッドの男もいたり、筋骨隆々の男もいたり、ナイフを持っている男もいたり……明らかに堅気かたぎではない雰囲気が感じられる。


 おそらく、これが奴らのシナリオだったのだろう。


 俺が動画内でデスデビルオーガを瞬殺していたことから、ダンジョン内では勝ち目がないと判断し。


 こうして強制的に、ダンジョン外で戦うように仕向けさせたわけだ。当然――俺が最も不利になる状況で。


「ふん、これも兄貴の命令なんでね。悪く思うなや」


 そうニヤリと笑う暴力団の肩には、気を失ったままの鬼塚が乗せられている。


 おそらくすんでのところで、あいつを救助してきたんだろうな。


「クックック、たかがガキ相手にここまですんのも大人気ねえと思うけどな。これもウチの面子が関わってるんだわ。観念して死ね」


 なかでも特に体格の良い暴力団が、不敵な笑みを浮かべて俺ににじり寄ってくる。


 よほど鍛えているのか、俺の二倍近い体格をしているな。


 しかも右手には鉄バットが握られており、普通・・に考えれば、俺に勝ち目はない。


「れ、怜くん……! これはまずいよ……! 私を置いて逃げて!」


 俺に背負われたままの詩織が、青ざめた表情でそう囁いてくる。


 しかし俺の意識には――その声は届いてこなかった。

 久々に沸々と湧き起こる怒りが、俺の脳内を支配していたからだ。


「……てめぇら、命を賭ける覚悟はできてるんだろうな」


「あん……?」


 鉄バットを持った男がぴくりと眉を動かす。


「わはははははははは! 女の前で格好つけようってか⁉ ガキのくせにやるじゃねえか!」


「…………」


「そんなに心配する必要はねぇよ。おまえらはどうせ、二人揃ってあの世逝きだ。安心して死ね‼」


 そう叫びつつ、その大きな鉄バットをこちらに振り下ろしてくるが――。


 ストン、と。

 俺はその鉄バットを、左手の平で受け止める。


「な、なに……⁉」


「――もう一度聞くぞ。命を賭ける覚悟は、できてるんだろうな?」


 そう言い終えるや、今度は右腕で男の首を掴む。

 そして一切の容赦もなく、その首に力を込めていく。


「ぐ、ぐぁぁぁあぁあああああああああああッ‼ い、いいいい、息がっ! 息がっ!」


 数秒後には、その男の身体は無惨にも宙に浮いていた。


 俺の握力に抗うこともできず、苦しそうに藻掻いている。


「ダンジョン外なら俺に勝てると思ったか? たかが暴力団ごとき・・・・・・・・・が、俺に勝とうなんざ――百年早ぇんだよ」


 ドォォォォン! と。

 あいた左手で男の顔面を容赦なく殴りつけ、数メートル先まで吹き飛ばす。


 たったそれだけでダウンしたか、男はもう起き上がる気配さえない。


「は…………⁉」

「おいおい、なぜ……⁉」

「ダンジョン内で鍛えた戦闘センスがあるって聞いたが……。そ、その範囲を超えすぎじゃねえか……⁉」


 さすがに驚いたか、他の暴力団たちがどよめきを発する。



 ――良いか怜。我が組の長男として生まれた以上、おまえに平凡な生き方はできない――

 ――ワシが戦い方の極意を教える。おまえは筋がいいから、すぐにワシを抜くだろう――


 ――や……やだよ父さん。僕はこんなの好きじゃない。本当は僕、友達と仲良くしたいんだ――



 かつての父との会話を思い起こしながら、俺は引き続き、暴力団の連中に鋭い視線を向けた。


「宣言してやるよ。俺はこの女を背負ったまま戦うことになるが……てめぇらは俺に傷一つつけることもできない。俺を怒らせたことを、地獄の底で後悔するんだな」


「ひ……!」

「ガ、ガキのくせに、なんて目してやがる……‼」

「明らかに堅気じゃねえぞ……!」


 いつの間にか形勢が逆転し、今度は暴力団のほうが怯えまくっているのだった。

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