怠惰な陰キャ、チンパンジーを処理する



 翌日。夜22時。


 約束通り《天空のダンジョン》に出向いていた俺は、およそ一か月ぶりに鬼塚蒼おにづかあおいと対峙していた。


 すでに人払いをしているのか、周囲に探索者は誰もいない。


 まさに一対一、正真正銘の決闘が始まろうとしていた。


「けっ、まさかガチでのこのこ現れてくるたぁな……。頭の悪さは健在ってか」


 数メートル離れた先にいるのは、今では懐かしささえ覚える鬼塚。


 いつもの憎たらしい表情でヘラヘラ笑いを浮かべ――なんと、脱臼させたはずの肩をぶんぶん回しているではないか。


「……おまえ、もう治ったのか」


「当たり前だろ。俺はおまえのような一般人とは違ってな。病院では会えないような医者が……俺のまわりにはいるんだよ」


 なるほど……闇医者か。


 非合法の治療を行うゆえに、明るみになれば法の下に裁かれることになる闇医者。


 近年ではダンジョン内で入手された資源を用いているという話も出回っており、その多くは、今までの医療技術を根底から覆すほどだという。


 おおかた鬼塚も、そんな非合法の治療にあやかったんだろうな。


 やはり暴力団がバックにいることは間違いなさそうだ。


ユリア・・・、配信準備は大丈夫そうか」


「うん、これでばっちりかな」


 ユリア――改め詩織は、俺たちが言葉を交わしている間に機材の準備を整えていた。


 スマホ用の三脚を用意して、そこにスマホを設置している形だな。さらにはみずからも地属性の魔法を使用し、三脚の足を地面に埋めて、簡単には倒れないようにしている。


 それを複数個所に設置したことで、配信の準備も整ったということだ。


「……けっ」


 そんな俺たちのやり取りを、鬼塚はつまらなそうに聞いていた。


「ユリアちゃん、見ていてくれよ。こんなポンコツよりも、俺様のほうがよっぽど強い。それをわからせてやるからな」


「はいはい」


 詩織はため息まじりに応じると、

「それで、二人とも準備はいい? OKならもう配信始めるよ」

 と言った。


 そして二人同時に頷くと、詩織はさっとスマホをいじって右手をあげる。

 配信が始まったという合図だろう。


「へっへっへ……。クソ桃野郎よ、せっかくの再会の印だ。いいもん見せてやるよ」


「なんだと……?」


「強くなった俺を見て震えやがれ! はぁぁあああああああ‼」


 鬼塚が全身に力を込めた途端、なんとあいつを基点にして、少しだけフロア内が振動しだすではないか。

 たしかあいつは“レベル30”だったと聞いているが、そのレベル帯では決して成しえない芸当だ。


「ひゃひゃひゃ‼ どうだクソ桃! 怪我を直してる間にも、俺はできるだけの修行をしてきたんだよ! おかげさまで今の俺様は――レベル50もあるんだぜ!」


「修行だと……?」


 嘘だ。

 それこそ絶好の狩場でも知っていなければ、短時間で効率レベルが20も上がることはありえない。右肩を負傷している状態では、そもそもモンスターと戦えるはずもないからな。


 となると、考えられる可能性はひとつ。


「経験値ジュースを使ったか。……それも大量の」


「はっ、ばーか! んなわけねえだろうが!」


 ――経験値ジュース。

 それは読んで字の如く、飲むだけで経験値が溜まるジュースだ。


 特に低レベル帯では一つ飲むだけでレベルアップすることが多く、鬼塚もそれを使用したと思われるが……。

 問題は経験値ジュースは極めて希少品で、なかなか入手機会がないということ。


 だがもし、あいつが暴力団と関わりがあるのだとしたら……。


「へ、恐れをなしたかよ。大桃」


 ヘラヘラ笑いを浮かべつつ、ステータス画面をいじって剣を出現させる鬼塚。

 その瞳には、やっと俺をぶちのめせることに対する歓喜の感情が宿っていた。


「さあ、かかってこいよクソ桃。それとも怖くてかかってこれないか? ん?」


「…………」


「はっは、まあしょうがねぇよなぁ! 高校生でレベル50の奴なんて、そうそういないもんなぁ!!」


「ふん……相変わらず威勢だけはいいな」


 俺は笑みを浮かべると、右手の人差し指を突き出して言った。


「ユリアのために、少しは《動画映え》も意識してやるよ。今回、俺はこの指一本で戦ってやる。もしこのルールから逸脱したら……おまえの勝ちにしてやるよ。どうだ?」


「は……⁉」


 さっきまでヘラヘラ笑いを浮かべていた鬼塚が、一転して表情を歪ませる。


「馬鹿じゃねえのかおまえ! 話聞いてたのかよ! 今の俺は、前よりも――」


「ああ、わかってるわかってる」


 俺は鬼塚の話を遮ると、前と同じく不敵な笑みを浮かべて言った。


「たかがレベル50でイキってるクソザコってことだろ? 身体は治っても頭チンパンジーは治ってない……よーく理解してるさ」


「て、てめぇ……!」


 おーおー、怖いねぇ。

 怒りを極限まで溜め込んだような笑みを浮かべてやがる。


「そこまで言うなら、短期決戦でケリをつけてやる! 死にさらせ‼」


 小物感たっぷりの叫び声をあげながら、鬼塚がこちらに突進を敢行してくる。さすがレベルを上げただけあって、ダンジョン外のそれよりも数段早いな。


 そのまま鬼塚は容赦の素振りもなく、俺の首筋めがけて剣を振り払うが――。


 ピン、と。

 俺はその剣を、指先ひとつで受け止めた。


「は……? な、なんで……?」


 情けない表情を浮かべる鬼塚に、俺はニヤリと笑って言う。


「簡単な話だ。おまえの攻撃力じゃ……俺には傷ひとつ付けられない。それだけレベルの開きがあるってことさ」


「ふ、ふざけんな! 俺はレベル50だぞ! Bランク探索者の実力はあるんだぞ!!」


 そう言って次々と剣撃を差し込んでくるが、まあトロすぎて話にならない。


 レベルカンストしている俺に通用するはずもなく、俺は宣言通り、それら攻撃の嵐をすべて指一本で受け止めていた。


 もちろん、そうしながら詩織への配慮も忘れない。


 鬼塚こいつだけなら大した脅威になりえないが、バックには暴力団が控えている可能性があるからな。

 この戦いに同行させてしまった以上、詩織まで傷つけさせるわけにはいかない。


 その意味で俺はチラチラと詩織に視線を送っていたわけだが、どうやら心配なさそうだな。彼女は笑顔とともに親指を突き出し、OKサインを送ってくる。


「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」


 そして一方の鬼塚は、もうすでに息切れしてしまっていた。


 詩織を気に掛ける片手間で攻撃を防いでいただけだけどな。とうとう一ダメージも与えられるに終わりそうだ。


 レベル30から50に成長したところで、俺からすれば些細な変化。こんな奴を始末するくらいは造作もない。


 ひとつ気がかりな点があるとすれば、やはり経験値ジュースの出所でどころか。


 いくら長時間ダンジョン内を探索したとしても、経験値ジュースはなかなか見つけることができない。それを用いて20レベルも上げていたとなれば――なにか裏があると考えるのが妥当か。


「う、うっそだろ、おまえ……」


 さすがに限界になったか、ふらふらになりながら剣を振り下ろしてくる鬼塚。


 もちろんそんな攻撃を喰らうわけもなく、俺はこともなげに指一本で受け止めた。


「はん、イキったところでその程度かよ。その程度で俺を倒せるわけが……」


「――は、はっは、ざぁんねんだったなぁ! 油断しやがって……!」


 息を切らしつつも大声をあげると、いきなり鬼塚がバックステップを敢行する。


 そして俺に向けて左手をかざすや、得意満面の笑みでこう言い放つではないか。


「レベルが上がったおかげで、俺様は新しい魔法を覚えたんだよ! 喰らえ、初級魔法ファイアボール‼」


 間抜け面を浮かべながら火球を放ってくる鬼塚を眺めながら、俺もそういえば新能力を習得したっけなあと思いだす。



――


 使用可能なエクストラスキル


・瞬間移動

★魔法攻撃反射


――



 おお、これだこれだ、魔法攻撃反射。

 せっかくの機会だし、これを試してみるのもいいか。


「しかも驚くんじゃねえぞ! 実は俺、魔法の才能がめちゃくちゃあったみてえでなあ!このファイアボールを、五十個も大量生産できるんだ!」


「そうか、それはすごいな。――じゃあ、《魔法攻撃反射》」


「はっはー! 抵抗したって無駄だぜ! こんなに大量のファイアボールには、いくらおまえでも……って、え? 魔法反射?」


 ドォォォォォォォン!

 ドォォォォォォオオン!

 ドォォォォォオオオン!


 と。


「ぎ、ぎゃあああああああああ!」


 最後は自分の放った五十個のファイアボールに直撃し、ひどい悲鳴をあげる鬼塚だった。

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