怠惰な陰キャ、またも世界を震わせる

 翌日。


「な、なんだこりゃ……!」


 起き抜けにスマホを眺めていた俺は、そこでとんでもないニュースを目にすることになった。



 ――オリハルコンスライムを短時間で大量討伐⁉――


 ――現在の最強パーティーとして知られる須野崎パーティも、これは絶対に不可能だという――


 ――ではいったい誰がこの偉業を成し遂げたのか、現在は政府が調査中としている――


 ――もしかすれば、ダンジョン探索の歴史を塗り替える人物の登場か⁉――



 といったような、およそ信じがたいニュース記事の数々たち。


 たしかに傍から見れば、これは衝撃的な事件に思われるかもしれない。


 昨日も詩織が言っていたように、《最強のSランク探索者》でさえ、せいぜい120レベルといったところ。


 そのレベル帯では、たとえSランク同士でチームを組んだところで、よくて一、二匹のオリハルコンスライム討伐が限度だろう。


 とにかく奴の“硬さ”と“素早さ”は、もう普通じゃないからな。


 だから不可思議に思われるのも理解はできるが……まさかここまで事が大きくなるとは。しかも政府が捜索中って、本気で言っているのか。


「まあ、仮に面倒なことになったら、全力で逃げちまえばいいか……」


 そう呟いて、俺は学校の支度を始めるのだった。


  ★


 そこから数週間は、極めて平和な日々が続いた。


 学校が終わったらダンジョンに直行し、なぜかいつも校門の傍で待っている詩織とともに、多くのモンスターを倒していく。


 あとは平凡な高校生よろしく、近くのカフェに寄ったり、うまい飯屋に寄ったり……二人で外出するようにもなったな。


 ここ最近は怒涛の日々が続いていたので、その平凡な毎日が、俺にとってなによりの癒やしになった。


(有名配信者たる詩織と一緒にいるのは全然平凡ではないが)


 ちなみにだが、鬼塚やその取り巻きたちは、暴力事件があって以降学校にはきていない。


 学校側も何度か鬼塚にコンタクトを取ろうとしているが、ことごとく無視されているのだという。


 まあ、それも当然の成り行きか。

 ナイフで襲ってくるところを、詩織によって世界中に配信されたわけだからな。


 もう学校に来られるわけがないし、そのうち警察が動き出すだろうと思っていたのだが――。


 不思議なことに、俺にはその手の知らせが一向に飛び込んでこないのだ。


 またネット上では鬼塚の素行が大きく拡散されているものの、ではテレビや新聞が同様のことを報道しているかというと……全然そんなこともなく。


 一時期は大勢の記者が学校に押し寄せてきたというのに、それも鳴りを潜めている。


 このことを不自然と考えるのは、なにもおかしなことではないだろう。


 もちろんネット民もこれに気づいていて、


「マスゴミは早くこれを取り上げろ!」

「印象操作するな‼」


 という声が日ごとに強まってはいる。


 しかし、だからといって状況が変わるわけもなく――特に続報もないままに、時間だけが過ぎ去っていった。



 ――へへ、いいのかよ。俺の兄貴は暴力団の構成員なんだぜ? そんな俺に歯向かったら……てめぇなんか、ただじゃ済まねえ――



 かつての暴行事件のとき、鬼塚がこのように吐き捨てていたのが思い起こされる。


 まさかとは思うが、本格的に暴力団が匿っているのだろうか。


 たかが高校生にそこまでするとなると、鬼塚の兄はよほどのポジションにいるとしか思えないが……。


 気になるところではあるが、しかし、だからといって今の俺にできることはない。


 このまま平々凡々な日々が続いていけば、まあそれに越したことはないからな。


 ――そして。

 あの暴行事件が発生してから、四週間ほどが経過したあと。



『鬼塚だ。大桃のレインで合ってるよな?』

『明日の22時、ユリアちゃんと一緒に《天空のダンジョン》に来い。今度こそ殺してやる』



 そんなレインメッセージが、突如として俺のもとに流れてくるのだった。


 ……もちろん、あいつとアカウントを交換した覚えはない。

 これもまた、裏ルートで入手してきたということか。


 と。


『もしもし、怜くん⁉ 鬼塚からメッセきてない⁉』


 それとほぼ同じタイミングで、今度は詩織からレイン通話がかかってきた。


「ああ、きたな。……もしかして、おまえにもか?」


『うん、明日の22時に《天空のダンジョン》で大桃と決闘をする、だから全国中にそれを配信しててほしいって……』


「…………」


 俺に届いたメッセといい、やたら自信満々だな。


 もちろん、それが鬼塚の特徴でもあるんだが――暴力団の件と絡み合わせると、言い知れない不安が込み上げてくる。


「わかった。詩織、おまえは来なくていい。明日は安全な場所にいろ」


『え……?』


「薄々気づいてるだろ。この件は暴力団が絡んでる可能性が高い。おまえはダンジョン内ではかなり強くなったが……ダンジョン外では普通の・・・女子高校生だ。この件は俺に任せて、おまえは気にするな」


『でもそれって、怜くんもそうでしょ? たしかにダンジョン外でも鬼塚たちを倒してたけど、でも相手は暴力団なんだよ?』


「…………いいんだよ、俺は」


『え? ど、どういうこと……?』


「とにかくこの件は俺だけでどうにかする。だからおまえはもう身を引け。じゃあな」



『――待って‼』



 ふいに大声で呼び止められ、俺は思わずはっとする。


『そうやってなんでも自分だけで解決しようとしないでよ……! 私が怜くんのこと大好きなの知ってるでしょ? このうえ怜くんまでいなくなってしまったら、私、私……‼』


「…………」


 なんだ。

 詳しい事情はよくわからないが、この切迫度合い……。

 彼女にもなにか、のっぴきならない事情があるということか。


『私、わかってる。怜くんはすごいぶっきらぼうだけど……でも、誰よりも他人思いなんだって。そうじゃなかったら、有名になる危険を冒してまで……私を助けようとはしなかったはず。そうでしょ?』


「…………」


『あのとき怜くんが助けてくれなかったら、私はもうこの世にはいなかったもん。だから……今度は私があなたを守らせて。戦闘力はまだ心許ないかもしれないけど……ユリアの動画チャンネルがあれば、しっかり拡散できるから』


「お、おまえは……」


 こいつ、ただ頭が緩いだけのちゃらんぽらんではなかったんだな。

 意外と芯が通っているというか、肝が座っているというか。


『もし怜くんが断っても、私だけでも行ってみせるから。場所はもうわかってるんだからね』


「……わかった。だがダンジョン外では特に、俺の傍から離れるなよ。絶対だぞ」


『うん! 相手に暴力団が絡んでいようと、私たちが勝とうね!』


 一際元気な声で応じる詩織に、俺はまたも

「……変な女だ」

 と、思わず苦笑を浮かべるのだった。

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