怠惰な陰キャ、マスコミを動かす

「……で、なんでおまえはついてきてるんだ」


「決まってるでしょ? 怜くんのことが大好きで大好きで……いてもたってもいられないからよ」


――10分後。

 護月院高校へ足早に向かう俺の後ろを、詩織がさも当然のようについてきていた。


「おまえ、学校は? うちの学校の生徒じゃねえだろ」


「それは大丈夫♡ 今からでもタクシー使えば充分間に合うから」


「…………」


 そうか、こいつは誰もが知る超有名インフルエンサー。

 タクシー代くらいは屁でもないだろうし、それとたぶん、通っている学校もここから近いんだろうな。それなら間に合うのも道理か。


「学校なんかより、いまからホテル行かない? そっちのほうがよっぽど楽しいと思うんだ!」


「馬鹿言ってんじゃねえっての。高校生がそんなところ入れるか」


 ほんと、こいつはとんでもないな。

 配信中は明るくて天真爛漫で超ドジっ子だってのに、素の表情はこんな感じなのかよ。全国の男が聞いたら泣くぞ。


「ほんと、さっきの怜くんはすごくかっこよかった。私が先制して叩き潰そうって思ったら、そんなことする間もなかったっていうか……」


「はいはい、それはどうも」


 やっぱり朝からストーカーしてたのか。

 そこまで好かれる義理もないんだけどな……。


「それからね、えっと、さっき言った《いいもの》のことなんだけど」


 詩織は歩くスピードを上げ、俺の隣に並んでから言った。


「実はね、さっき視聴者さんから耳よりの情報をもらって。昨日、《西桜ダンジョン》でオリハルコンスライムを沢山見かけたっていうのよ」


 オリハルコンスライム。

 その名を聞いて、俺はぴたりと足を止めた。


「……《西桜ダンジョン》って、どこだったか」


「東京の聖蹟桜ヶ丘せいせきさくらがおか。電車で行けば、そんなに時間もかからないはずよ」


 聖蹟桜ヶ丘か。

 やや遠いが、オリハルコンスライムが大量発生しているというのだ。この機を見逃すわけにはいかない。


 ちなみにオリハルコンスライムというのは、ゲームでよくあるレアモンスター的な存在だ。


 逃げ足が速いうえに防御力も高く、極めて倒しにくいモンスターではあるが――それと引き換えに、大量の経験値を獲得できる。


 しかも素材がめちゃくちゃ優秀なんだよな。

 圧倒的な防御力、圧倒的な状態異常耐性……いま発見されているなかでは、トップクラスの防具を作ることができる。


 それだけにオリハルコンスライムにはなかなか出会うことができず、よしんば出会えたとしても、目当ての素材を見つけるのには相当の時間がかかる。


 そう言った意味合いから、俺もオリハルコンスライムの素材に関してはカンストしておらず――。


 強力な武器防具を揃える意味でも、絶対に倒しておきたいモンスターと言えた。


 あとは単純な経験値稼ぎになるため、有用なエクストラスキルを獲得していくためにも……これは放ってはおけないな。


 できればいますぐ駆けつけたいが、オリハルコンスライムが現れるのは基本的に夜以降。

 だから詩織の言う通り、放課後に向かうのが吉だろう。


「ふふ、どう? きっと怜くんにとってありがたい情報だと思ってね、あなただけに伝えたんだ♪ だから学校が終わったら、私と一緒に――」


「有益な情報、感謝する。じゃあ、またな」


 詩織がまたよからぬことを言い出す前に、俺はさっさと話を切り上げ、学校の校門へと向かっていくのだった。


「ほんとにつれない人……。でもまた、そういうところがセクシーでかっこいい……♡」


 背後から熱い視線を感じないでもなかったが、ひとまず後ろだけは振り向かないようにした。


  ★


 ――護月院高校。その校門にて。

 いつもは学生たちの談笑で賑わっているその場所は、今日は物々しい雰囲気に包まれていた。


「ここが問題の護月院高校……。本日は心なしか、校舎全体が静まり返っているように感じられます」


「いじめ放置の問題で批判が殺到している護月院高校ですが、しかし一方で、いじめを耐え続けてきた大桃怜くんには注目が集まっている状態です」


「しかもこの大桃怜くん、あの《天空のダンジョン》において、危機に陥っていたユリアさんを救ったのだとか。Sランクモンスターをたった一撃で倒した動画は、いまもネットで強い人気を誇っており……なんともう、一億再生を突破したのだとか」



「…………」


 校門の前を陣取っている記者たちを見て、俺は思わずため息をつく。


 そういえば、昨日の暴行動画が拡散されちまってるんだったか。


 鬼塚はもちろんのこと、いじめを放置していた護月院高校にも批判の声が集まり――こうして今、世間の注目を集めてしまっているということだ。


「ちっ……。癪だがあれ・・を使うか」


 昨日、公園で詩織と別れる際、彼女から手渡されたものがある。


 いわく、「これから必要になると思うから」ということだったが――。

 まさかこんなにも早く詩織の予言が的中するなんて、思いもしなかったぞ。


「おっと……あったあった」


 俺は茶色のウィッグを頭につけると、そのまま堂々と校門に進んでいく。


 大桃怜の姿はもう世界中に広まっているだろうから、身を隠すときは、今までとまったく違う恰好をしたほうがいい――。

 そういった意味合いから、わりかし派手なウィッグを用意してくれたのだ。


詩織あいつ……クソ面倒くせぇ女だが、ちゃんと俺が欲しいものを的確に用意してくるな……)


 このことを喜ばしいと捉えるべきか、逆に怖いと捉えるべきか。

 解釈には正直困ったが、少なくともこの場においては、ウィッグのおかげで切り抜けることができたのだった。


 ――そして。


「お、おはようございます……! 大桃さん……!」


 うまいこと校舎に入り、ウィッグを外した俺を出迎えたのは、いつになく恐縮した様子のクラスメイトたちだった。


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