怠惰な陰キャ、ひとまずの勝利を収める

「え……?」


 詩織の登場に最も驚きの反応を示したのは、もちろん鬼塚蒼。


 前も俺のユリア・・・・・とか言ってたし、超がつくほどのファンなんだろうな。


「な、なんでユリアちゃんが……。こんなところに……」


 地面を這いながら目をぱちぱちさせる鬼塚に、詩織はにっこりと笑みを浮かべる。


「いえいえ、お気になさらないでください。ただ単に、彼と約束があるというだけですから」


 そう言いながら、俺に向けてウインクをかましてくる詩織。


 ……約束。

 最初はその言葉に全然ピンとこなかったが、やや経ったのち、俺は昨日の彼女の発言を思い出した。



 ――私の大事な怜君をいじめてる奴ら、全員、天罰を与えておくからね――



「おまえ、まさか……」


「うん、そういうこと♪」


 こう言ってにっこり笑う詩織に、俺は思わずため息をつく。


 鬼塚の他にもいくつか気配を感じてはいたが、詩織も詩織で、鬼塚の動向を追っていたっぽいな。動機はもちろん、昨日言っていたように《天罰を与えるため》だろう。


 本当に……とんでもない女だよな。


 喧嘩している場所に堂々と姿を現わすのはもちろん、鬼塚は彼女とは比較にならないほど体格が良い。そんな奴の背後をつけ回すなんて、普通できることじゃないはずだ。


 しかも右手にはスマホが握られている。

 もしかしなくても、いまの風景を撮影していたのかもしれないな。


「約束……?」


 しかし当然、鬼塚本人が事情を理解しているはずもなく。


 意味深な言葉を投げかけた詩織に対し、依然として目をぱちぱちさせているのみ。


 そんな彼に対し、詩織は口元だけを緩めながら言った。


「たしか鬼塚さん、でしたか。あなた、さっき良いこと言ってましたね。――ダンジョン内で戦いさえすれば、怜くんを倒すことができると」


「え……、あ、ああ、当然だ! なんつたって俺様のレベルは30! しかもコーリアスからレア武器を貰ったんだ! ダンジョンに入りさえすれば、こんな奴一瞬で消し炭にできるんだよ!」


「ふふ……。元気が良くて結構」


 なぜだか不敵な笑みを浮かべる詩織。


「――であれば、私のチャンネルを使わせてください。怜くんとあなたの決闘を世界中に配信し――どちらが強いのかを大勢に知らしめるのですよ」


「なんだって……⁉」

 一瞬にして目を輝かせる鬼塚。

「い、いいのか……⁉ 俺、マジでそいつのことボコボコにするぞ……?」


「ええ、構いません。……そんなことは万に一つもありませんから」


 セリフの後半部分のみを妙に小声で言う詩織。

 鬼塚はもう完全にやる気満々になってるし、こりゃまた面倒くさいことになってきやがったな。


(おい、いったいなんのつもりだ……!)


 だから俺は詩織に顔を近づけ、同じく小さな声で問いかける。


(こんな面倒くせぇ決闘、俺が乗るわけないのはわかってるだろ。どうして……)


(ごめんね。鬼塚の頭悪そうな顔を見てたら、私も口出ししたくなっちゃって。……お詫びとして、後でいいものあげるから。それで許してよ)


(いいものだと……?)


 正直もうこの場から逃げ出してしまいたかったが、しかしもう、鬼塚のなかでは踏ん切りがついてしまったらしい。


「よし、じゃあ決まりだからな! 俺の怪我が治り次第、すぐにでも決闘を――あ」


 ぱたん、と。

 勢いよく俺に啖呵を切ろうとした鬼塚だったが、やはり身体へのダメージが蓄積していたようだな。そのまま意識を失い、地面にうつ伏せになる。


「はぁ……。ったくよ」


 俺はため息をつくと、背後を振り向いて大声を張った。


「――おい、こいつらはおまえらが運んでいくんだよな。宮野」


「……え」


 そんな素っ頓狂な声をあげたのは、同じクラスの宮野雄二。


 鬼塚の取り巻きではあるが、かといってさほど仲が良いわけでもなく――。スクールカースト的な表現を用いるならば、二軍の立ち位置ってところか。


 俺のように苛めには遭っていないものの、都合よく頼まれ事をやらされる。


 そんなクラスメイトだった。


「き、気づいてたのかよ……大桃」


 そう言って壁に隠れている宮野に対し、俺は鼻を鳴らして答える。


「当然だ。しかもおまえ、陰から動画を撮影しようとしてたよな」


「え……?」


「なにが目的だ。ネットに流したところで炎上が広がるだけだし、別の理由があるんじゃねえのか」


「……そ、それは」


「答えないなら答えないでもいい。だが場合によっちゃ――こいつらと同じ目に遭うかもわからんぞ?」


「わ、わかった。わかったからそう怒らないでくれ」


 さすがに観念したか、壁際から姿を現わす宮野。両腕をあげて降参のポーズを取っているので、他四人と違って好戦の意思はないようだな。


「……といっても、俺も詳しいことはわからない。ただ一つだけ言えるのは、大桃……さんの言う通り、ネットにあげようとしてたわけじゃないってことだ」


「なぜそう言える」


「本人から聞いたからだ。それ以上のことははぐらかされて、俺にも……」


「……本当だろうな?」


「ほ、本当だ! 信じてくれよ頼む」


「…………」


「し、ししし、信じられないっていうなら、俺これからあなたの舎弟になる……いえ、なりますから。だからどうか許してください……!」


 両手を合わせてくる宮野に対し、俺は依然と鋭い視線を向け続ける。


 俺が鬼塚に殴られているとき、こいつも騒ぎまくって鬼塚を煽っていたからな。こうして凄みを効かせるくらいのことは許されるだろう。


「怜くん、たぶん嘘ついてないよ。この人」


 緊迫した静寂が続くなか、詩織がそう耳打ちしてきた。有名配信者たる彼女が、すっかりこちら側の味方になっているな。


 俺は「ふん」と鼻を鳴らすと、念のため宮野の持っていたスマホを確認する。


 そして暴行時の動画がなかったことを確認すると――予想外に一方的な戦いになったため、撮影する隙がなかったんだろう――くるりと身を翻して言った。


「こいつらはおまえが責任持って家に返せ。いいな」


「は、はい……。わかりました」


 素直な返事に頷くと、俺は元きた身を引き返していくのだった。


「あ、最後にひとつだけ……聞かせてください」


「なんだよ」


「そ、そんなに強いのに、なんで今までやられっぱなしだったんですか……? あなたがその気になれば、いつだってやり返せたんじゃ……」


「…………」

 俺は数秒間だけ黙りこくると――ゆっくり歩み出しながら言った。

「決まってんだろ。俺にとっちゃ《平凡な毎日》が一番大事なんだよ。なによりもな」



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