怠惰な陰キャ、現実でも無双する
「ちくしょう! なめてんじゃねーぞ‼」
プライドを傷つけられて、よほど許しがたかったんだろうな。
残り三人の取り巻きたちが、いっせいに襲いかかってきた。
「まぐれで鬼塚に勝ったからっていい気になるんじゃねえ! 誰がてめぇみたいなクソ陰キャに……ごぶふぁ」
そのセリフが途中で途切れたのは、俺が顔面に殴打を見舞ったからだ。
「どうでもいいけどよ、おまえら隙だらけだぜ?」
「く、くそ……! 大桃の分際で!」
その後も三人がかりで殴りかかってくる取り巻きたち。
しかしまあ、幾度となく戦地を潜り抜けてきた俺からすれば、はっきり言ってぬるい攻撃の連続だ。
視線の先がそのまま攻撃の軌道になってしまっているし、そもそも連携がなってない。
ただ思い思いに拳を振り下ろしてくるもんだから、はっきり言って避けるのは朝飯前だ。むしろモンスターのほうがよほど知的な戦いをしてくるレベルである。
「おらよ! 捕まえた」
取り巻きの一人――沢田が俺の後頭部を掴み上げ、したり顔をうかべる。
「死ねやぁぁああああああ!」
そのまま背後から殴りかかってこようとするが、やはり動きが単調。
俺は咄嗟に頭部を下方向にずらし、沢田の拳をやり過ごす。そのままがら空きになった沢田の顎に向けてアッパーを敢行した。
「がぁああああああ!」
よほど痛かったか、勢いよく地面に叩きつけられた沢田が顎をおさえてうずくまる。
「ちくしょう! 大桃の分際でッ!」
他二人の取り巻きたちも同時に襲い掛かってきたが、悪意も気配もだだ洩れ。
俺はそれぞれの拳をかわしつつ、距離が近い順から攻撃を開始した。
ひとりは腹部を、そしてもう一人は顔面を。
それぞれ容赦のない一撃を見舞ってやったので、大ダメージは免れないはずだ。
「く、くそっ……」
「どうなってんだよ……。なんで大桃の分際で……」
もう立ち上がることもできなくなったらしいな。
鬼塚を含めた四人が、地面に這いつくばったままぶるぶると身体を震わせている。
――まあ、こんなもんだよな。
学校でやり合うのはさすがに避けたかったので、ここでボコれたのは良い機会だった。これでこいつらも、少しくらいは俺から離れてくれるだろうか。
「くそ……。許さねえ!」
――やっぱり訂正、全然反省してなかった。
鬼塚はなんとバッグからナイフを取り出すと、その切っ先を俺に向けてくるではないか。
「……驚いたな。さすがにそこまでやるとは思ってなかったよ。そんなに俺を始末したいのか」
「へへ、いいのかよ。俺の兄貴は暴力団の構成員なんだぜ? そんな俺に歯向かったら――てめぇなんか、ただじゃ済まねえ」
「…………」
俺は数秒間たっぷり頬を掻くと、首を傾げながら言った。
「はいはい暴力団ね。――それで?」
「は? 聞こえなかったのかよ! 俺の兄貴は暴力団だって言ってんだ!」
「いやいや、それとナイフの話は繋がってないだろ」
俺は自身のこめかみのあたりを人差し指にあてがうと、不敵な笑みを浮かべて言った。
「前から思ってたけどよ、おまえら本当に義務教育終わってる? 小学生からやり直したほうがいいんじゃねえか?」
「て、てめえええええええええええええ‼」
さらにぶち切れたか、鬼塚はナイフを構えたまま突進を見舞ってくる。
もちろん、ここはダンジョンのなかではない。
生身のまま刃物に斬られたら、それこそ致命傷は免れないだろうが――この程度でビビるほど戦闘経験は浅くない。戯れで《防具装備なし》の縛りプレイをしたこともあるからな、S級モンスターを相手に。
「はん。ザコが」
俺は右半身を後方に沿ってナイフをかわし、鬼塚の右腕を両手で掴み上げる。
ゴキゴキゴキゴキ……!
そのまま手を捻り上げると、鬼塚の肩から聞こえてはいけない軋み音が聞こえた。
「ぎゃああああああああ! 痛い痛い痛い! や、やめてくれっ!」
「は? やめてくれだ?」
俺は小さく首を傾げて言う。
「なんだよ。自分はさんざん他人を痛めつけてきただろうが。自分が同じ立場になったら命乞いすんのかよ?」
「痛い痛い痛い痛い! た、頼む、許してくれッ‼」
両目から涙を流し、情けなくも鼻水を出す鬼塚。
「――じゃあ一つ聞くよ。おまえは俺が《やめろ》と言ったとき、素直にやめたか? そのまま面白がって続けてたんじゃねえのか?」
「ががががががががががががが!」
「――もう一回言ってやるよ。もう一度義務教育からやり直せ、チンパンジー」
ゴキッ‼
「ああああああああああああああ……!」
大きな悲鳴をあげ、その場にうずくまる鬼塚。
「く、くそぉ……! ダンジョンだ! ダンジョンで戦いさえすれば、てめぇなんか消し炭にできるのによ……‼」
「――あらあ♡ ダンジョン内で戦いを挑むということですね、承知しました♪」
鬼塚の言葉に合わせて、嬉しそうにこの場に現れた人物がいた。
考えるまでもない。
有名配信者ユリア……改め、佐倉詩音だ。
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