レベルカンストの経験はダンジョン外でも
「ふぁ~あ……」
翌朝。
いつも通りの時間に家を出た俺は、大きな欠伸をかましながら通学路を歩いていた。
まわりの生徒たちはみな複数人で登校しているが、もちろん俺にろくな友人はいない。
このことを寂しいと思ったことはなく、むしろ煩わしい人間関係から解放されるぶん、気楽なもんだと思っていた。
――が。
「……ん」
なにかがおかしい。
後ろから誰かがつけてきている気がする。
ダンジョン内でいつも感じるような――悪意に満ちた気配がびんびんに漂っているのだ。
もちろんここにモンスターは出現しないし、カンストしたレベルもダンジョン外では適用されない。
それでも何度も死線を潜り抜けてきた勘と経験までは損なわれることなく、このようにして気配を感じることが往々にしてある。
「…………なるほどな」
あともう少し先を歩けば、
複雑に入り組んでいるうえに何やら腐敗臭が漂っているため、護月院高校の学生さえここを通らない。俺は遠まわりするのが面倒だから堂々と通っているが、つまり登校中の学生も、地元の人間さえあまり寄り付かない場所といえた。
その場所を手前にして不穏な気配が近づいているということは――おおかた、
「おい」
そして案の定、路地裏に足を踏み入れた途端に肩を掴まれた。
「はぁ……」
俺はその場で立ち止まると、背後を振り返ることなく、深くため息をついて言った。
「鬼塚に、あとは山崎と本居と沢田か。おまえら、いったいなにをしにきた」
「は……? お、おまえ気づいてたのかよ……?」
「まあな。気配がだだ洩れなんだよ、おまえら」
そう言ってから、俺はゆっくり振り返る。
果たして目の前には、俺がいま名前をあげた四人が敵対心丸出しの顔でただずんでいた。みんな一斉に俺を睨んできて、なにやらただならぬ雰囲気だ。
「はっ、訳わからねぇこと言いやがって。大桃のくせにずいぶん生意気になったじゃねえか、お?」
「…………」
ガッ! と。
俺が黙りこくっていると、鬼塚がいきなり髪を鷲掴みにしてきた。
「てめぇのせいで……俺の未来は台無しだ。いったいどうしてくれんだよ、おい」
「知らねぇよ。自分の未来だろ。自分で考えろ」
負けじと睨み返す俺に、まさかビビったのだろうか。
鬼塚が一瞬だけたじろいだような――そんな気がした。
その隙を見て、俺は次の言葉を紡いでいく。
「勘違いすんなよ。俺がおまえに従ってたのは、ただただ面倒くせぇからってだけだ。それ以上でも以下でもねえ」
「は?」
その言葉を聞いた鬼塚たちが、数秒だけ取り巻きたちと目を合わせる。
「ぎゃはははははは! なに強がってんだおまえ! いままで俺に50万近く貢いでおいてよ‼」
「ああ、悪い。たかが50万程度、俺にとっては端金なんだわ。おまえにとっては大金に感じるかもしれないけどな」
「な、なんだとテメェ……。これまでさんざん俺にいたぶられた分際で……!」
「それと、おまえの攻撃なんてクソみたいなもんだ。そんなヘナチョコ攻撃を受けるだけで丸く収まるってんなら、安いもんよ」
俺の発言がよっぽど面白くなかったんだろう。
鬼塚の表情が一瞬にして強張り、またしても顔面を近づけてきた。
「おい、やんのか?」
「ほざけ。やりにきてるのはおまえだろうが」
いままでの鬼塚は、金さえ渡せば上機嫌になってこの場を立ち去って行った。
学校で暴力沙汰を起こせばそれこそ面倒なことになるし、たかが1万で済むなら安い代償だ。
そう思って適当にやり過ごしてきたが――いまのこいつらは、俺を徹底的に痛めつけようとここに立っている。
さすがにそんなものを受け入れられるほど、俺の心は優しくなかった。
それにここは……学校じゃないしな。
「てめぇ! 陰キャの分際で、いい加減にしやがれ‼」
ついに堪忍袋の緒が切れたか、思い切って拳を振り下ろしてきた鬼塚。
俺はその拳を避けることもなく、頬で受け止めたが――。
「……おい、なんだよ。そんなもんか?」
「――――え」
ポケットに手を入れたまま不敵に笑う俺に対し、鬼塚が困惑した表情を浮かべる。
「悪いが、俺は手加減ってもんが苦手でね。後悔すんなよ」
そう言いつつ、俺は鬼塚の額に殴打を敢行。前述の通りここではステータスは反映されないが、戦い方そのものは身体に染みついている。
相手に最大限のダメージを入れるべく振り下ろした、容赦のない一撃だった。
「ぽげらっ」
情けない悲鳴をあげながら、呆気なく後方に吹き飛んでいく鬼塚。
「……え」
「ど、どういうことだ……?」
困惑の声をあげる取り巻きたちに向けて、俺は人差し指でくいっと挑発しながら言った。
「はい、次」
「…………」
ごくりと息を呑む取り巻きたちだった。
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