有名配信者のあまりに唐突な告白

「え……痛くないの?」


「ああ。ちょっと痛むくらいかな」


 ――護月院高校。

 その近所にある水上公園にて、俺はユリアとともにベンチに座っていた。


 最初は近くの病院に行くことを勧められたが、別にそこまでの怪我を負ったわけじゃないからな。なにより病院に足を運ぶのが面倒くさかったので、それは丁重にお断りしておいた。


「ほんとに? 嘘でしょ? だって、あんなに殴られたのに……」


「あんな素人の拳が痛いわけないだろ。全部ちゃんと受け止めきっていたさ」


 相手の攻撃方向と同じ向きに身体をずらしたり、相手に悟られない程度に攻撃を防いだり――。

 鬼塚の攻撃を受けながらも、完全に無防備状態じゃなかったということだ。


 もちろん、ダンジョン外では防御力99999は適用されないからな。


 痛いことには痛いんだが、あんな力任せで拳を振るってくるだけの攻撃で、大怪我に発展するわけもなかった。


 ――本当はそうやって、適当に攻撃をいなしつつ名誉返上・・・・するつもりだったんだどな。


 ユリアの登場のせいで、全部狂ってしまったわけだ。


「……ところで、あんたはどうやって護月院高校に? 名前は教えてなかったはずだがな」


「ふふ、それは安心してちょうだい。怜くんはもう、ばっちり特定されてるから☆」


 そう言って親指を突き出してくるユリアに、

「はぁ……」

俺は思わずため息をつく。


 ちなみに現在、彼女は帽子にサングラス姿だ。もとの姿だと大騒ぎになってしまうため、やはり正体を隠しているんだろうな。


「それで、天下のユリア様がいったいなんの用だよ。こちとら平凡な男子高校生だ。有名人に絡まれる謂れはないんだが」


「いやいや、デスデビルオーガを瞬殺した人が《平凡な男子高校生》なわけないでしょ!」


 ユリアはそう言ってビシッとツッコミをいれると、

「……恩返しにきたんだよ」

 と言った。


「は? 恩返し?」


「うん。だってあのとき、怜くん勝手に行っちゃったから。なにもお礼しないのはどうかな~……って」


「それは別にいいって言っただろ。デスデビルオーガ程度、どうってことない」


「む~。ほんとにつれない人ね」


 ユリアは頬を膨らませると、そっぽを向いて小声で言った。


「あと、これからは詩織しおりって呼んで欲しい。……佐倉さくら詩織っていうのが、私の本名だから」


「……ふむ」


 たしかにそれはその通りだな。


 ユリアは超がつくほどの有名人だ。

 動画投稿サイトと同じハンドルネームで呼んでしまったら、彼女の言う通り目立ってしまう。それは俺としても避けたいところだ。


「そしたら……詩織。俺は別に恩返しなんて求めてないし、あれを借りに思う必要もない。だからもう、俺に関わらないように――」


「じゃあ、私は怜くんのこと、これからも怜くんって呼ぶからね♪」


「おい、話聞いてたか⁉」


「聞いてたよ? だから遮ったんだ♪」


「おまえってやつは……‼」


 昨日も思ったが、こいつは本当に強引だよな。


 こういった天真爛漫な性格が多くのファンを集めて、現在のようにチャンネル登録者が急増していったと聞いている。


 だからこそ――先ほどの怒り心頭な詩織は衝撃的だった。


「さっきは恩返ししたいって言ったけど……ほんとはね、もう一個、理由があるの」


「は? 理由?」


「うん」


「なんだよ、ぼかしてないではっきり言え」


 なぜかそこで押し黙り、自身の膝を見下ろす詩織。

 頬を赤らめ、恥ずかしそうにこちらを見つめてくるさまは――俺にある可能性・・・・・を想起させるには充分だった。


「おい、おまえまさか――」



「うん、そういうこと。あのとき助けてもらってから……私、あなたのことが好きになっちゃったんです」



 う、うわ~。

 いまの仕草からなんとなくそんな予感がしていたが、マジでそうだったか。


 有名配信者に好かれるなんて、それこそ俺の平凡な日常がなくなるに等しいではないか。


「やめておけ。俺なんてただの“陰キャ”だ。好きになっても良いことないぞ?」


「そんなことないよ……! あの余裕たっぷりな顔に、少しだけ開けた胸元、そして全然やる気なさそうなその顔、すべてがセクシーでかっこよくて、とにかく私のドストライクなんです今すぐ付き合いたいくらいッッッッ‼ ……っ、げほげほ‼」


「おい、落ち着けよ……!」


 相変わらず早口すぎてよく聞き取れなかったが、こいつが変人だってことはよくわかった。


「だから、私……あなたのことを追いかけたいの。どこまでも♡」


「ど、どこまでも……」


「はい、だからまずは連絡先をね♪ 交換してほしいなって」


「…………」


 俺が了承を取るまでもなく、さっとスマホを差し出してくる詩織。


 すっごいニコニコしてて、もはやこっちが断る可能性をまったく考慮していないようで……。強引どころか、こいつヤンデレっぽいところがないか?


「はぁ……、まあ、わかったよ。連絡先くらいならな」


「わぁい、やった♪ ありがとうございます神様仏様大桃様」


「わかったから落ち着けって……」


 そう言って互いのレインを交換する俺たち。


 ――超有名人たる詩織の連絡先だし、きっと日本全国……いや、世界中の人々が欲しているだろう。それをこんなにあっさり受け取るなんて、本当に《平凡な高校生》から遠ざかってしまっている気がする。


 まあ、一般の視聴者は詩織のこんな一面を知らないだろうけどな。


「ふふ、ありがとう怜君。この連絡先は一生の宝物にするね♪」


「しなくていい。宝物にするなら、もっと大事なものにしろ」


「ううん、私にとってはね、これが最高の宝物。今まで好きな人とかできたことなかったから、怜君に会えて、本当に嬉しいの。――だからね」


 詩織はそう言っておもむろに立ち上がると、護月院高校の方向を見つめて笑った。


「――私の大事な怜君をいじめてる奴ら、全員、天罰を与えておくからね」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る