怠惰な陰キャ、今日も怠惰に生きる

 髪はボサボサ。

 身だしなみにも無頓着。

 幼い頃からゲームにばかり熱中していたので、俺は“外見を整える”ということをやってこなかった。


 しかもダンジョン内でのレベルは現実世界には適用されず――小さくて貧弱な俺の身体は、文字通り周囲に舐められやすかったのだ。


「おい、クソ桃よぉ」

 だからこうしてふいに話しかけられるのも、実によくあることだった。

「俺、まだまだ金が必要なんだわ。一万よこせ」


「…………」


 教室に入るなりいきなりカツアゲしてきたのは、同級生の鬼塚蒼おにづかあおい


 校則を堂々と違反したツーブロック、だらしなくズボンからはみ出したYシャツ。俺のような陰キャとは対極に位置する、いわゆる“陽キャ”ってやつだ。


「おい、早く出せよ。あんまモタモタしてると殺すぞ」


「…………」


 俺はため息をつき、財布から一万円札を取り出す。


 いままで数多くのモンスターを倒してきた俺にとっては、はっきり言ってこの程度は端金はしたかね。これっぽちで喜んでいる鬼塚を、どこか可愛らしく思っている自分もいる。


 本当は抵抗なり反論なりすべきかもしれないけどな。

 この程度の金で済むなら全然ウェルカムだし、なによりも、ゲーム以外のことで労力を使うのは極めて面倒だった。


「……ほらよ」


 そう言って一万円札を差し出すと、鬼塚はニヤリと笑ってそれを受け取った。


「はっ! 優秀な奴隷がいて助かるぜ‼ おらよ!」


「うっ……‼」


 そしてなぜか俺に腹パンを見舞うと、高らかに笑いながらその場を去っていった。


 ……金を渡したらそのまんま立ち去るときもあるんだけどな。今日は運が悪かったか。


「クスクスクス……」

「だっせぇ……」

「あいつ、いままでいくら鬼塚に渡したんだろうな」

「さぁ? きっと親から出してもらってるんだろ。惨めな奴」

「俺も今度、あいつにたかってみようかな……」


 腹をおさえてうずくまる俺に対し、取り巻きたちが嘲笑を浴びせてくる。


 一万円取られたことも、また鬼塚に殴られたことも、ぶっちゃけそんなに苦痛ではない。貯金はもう億単位で溜まっているし、ダンジョン内ではより強烈な攻撃が飛んでくるからな。


 もちろん肉体的には痛いんだが――それほど苦痛だとも思わない。


 だから今日も、俺は彼らに苛められるがままだ。変に物申してトラブルが引き起こされたら、そっちのほうが面倒くさいしな。


「鬼塚、見たぜ? 昨日、コーリアスとコラボしてたろ?」


 席についた鬼塚に対し、取り巻きの生徒たちがはしゃぎながら話しかける。


「……あ、バレた? はは、そうなんだよ。実はコラボ打診もらっちゃってさあ~」


「マジすげぇよ‼ もう有名人じゃん!」


 ――コーリアス。

 俺もそう詳しくはないが、たしか有名インフルエンサーだったか。


 いまは動画投稿サイト内で《ダンジョン配信》が絶大な人気を誇り、コーリアスもまた、同ジャンルの動画にて人気を博した配信者だ。


 俺の記憶が正しければ、チャンネル登録者数は10万ほど。

 大剣をぶんぶん振り回す豪快な立ち回りが《配信映え》し、多くのファンを集めているのだと聞いている。


「すげぇよなあ。しかも鬼塚、最近レベル30までいったんだって?」


「はは、そういうこった。しかも俺のスキルは《拳王》だからな~、有名人もほっとけないんだろ~!」


「鬼塚、マジで将来有名になってるかもな。いまだってもう、5万PVついてるし」


「はっは~、俺のおかげでバズってる? まいっちゃうなぁ、もう~~」


 ……すごいな。

 コーリアスの動画はあまりチェックしてないんだが、レベル30くらいでバズることができるとは。たしかPV数に応じて収益が入る仕組みだったと思うので、うまくはまれば大金を得ることができるだろう。


 ……まあ、そんなことよりも、Sランクモンスターを一日沢山狩ったほうが効率良さそうな気もするけどな。


 そんな非効率的なことをするよりも、金が欲しくなったら、いままで通り地道にSランクモンスターをぶっ倒し続ければ良さそうだ。


「そういやたしか、このへんにユリアが来てるって噂だぜ?」


「え、ユリアって登録者1000万超えの……?」


「そうそう、このへんにはレベル高いダンジョンが多いから、それ狙いかもだって」


「マジかよ。ユリアたんくるなら張り込もうかな」


 そんな同級生たちの会話を聞き流しながら、俺は自分の席につくのだった。


  ★


「さて、と……」


 放課後。《真空のダンジョン》にて。

 俺はダンジョンの最下層まで足を運ぶと、さっそくステータスウィンドウを出現させる。


――――


大桃 怜 17歳 レベル9999


 物理攻撃力:99999

 物理防御力:99999

 魔法攻撃力:99999

 魔法防御力:99999

 俊敏性  :99999


 使用可能なスキル

 ・炎属性魔法 ALL

 ・水属性魔法 ALL

 ・氷属性魔法 ALL

 ・風属性魔法 ALL

 ・土魔法属性 ALL

 ・闇属性魔法 ALL

 ・光属性魔法 ALL


 使用可能なエクストラスキル


 ・瞬間移動


――――


 見ての通り、俺のスキルは魔法に特化している。


 もちろん剣でも戦えるが、俺はダンジョン内に存在する《七属性の魔法》をすべて使えるからな。なにかと魔法で戦うほうがやりやすく、だからずっと魔法をメインにして戦ってきた。


 そしてそこに、新たに加わった新スキル《瞬間移動》――。


 字面からなんとなく能力は察せるが、とりあえず使ってみないことには勝手もわからないからな。


 とりあえずここで、能力の確認を――。



「きゃ――っ‼」


 ふいに女性の悲鳴が聞こえてきたのは、そのときだった。


 しかもその声、よく動画投稿サイトで聞いたユリアに似ていたのは……気のせいだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る