第7話 ガゼノラ帝国1

 南一帯を支配する隣国、ガゼノラ帝国。接する国境線は長く、以前より獣人の国とは仲が悪いため、国境付近でいざこざが多かったらしい。

 側近三人を集めて対応を協議する。


「俺は多少なら領土を割譲しても良いと思うのだがな」

「それはなりませんわ! 魔王様」


 即座に反論してきたリカールスには少し驚いたが、リカールスは元リザードマン。内情についてよく知っているのだろう。


「リザードマンの国では、あの南部地方の土地は神から授かった物だと信じられています」


 ガゼノラ帝国の宗教に関する事か。神と土地が結びついた信仰だな。


「それこそ土地を渡せば、相手は納得し引くのではないのか」

「経典には神話の時代にイグアラシ神から土地が与えられ、それを守るようにと書かれています。しかしその境界線は不明確。一度土地を明け渡すと際限なく要求してきます」


 なるほど、それもそうだな。政治的な落としどころとして、国境線を確定させるというのも容易ではないな。これだから宗教が絡むとややこしくなる。

 こういう時は、ピキュリアが冷静に状況を判断してくれる。


「魔王様。帝国はこの獣人の国の内戦を見て、今の時期であれば兵力が落ちていると考えて国境を越えたのでしょう。本格的な侵攻では無いように思えます」

「今回の戦で、死傷者はそれほど出ていない。魔王様が命じてもらえれば、数万単位の兵は出せるぞ」


 状況を詳しく聞くと、長い国境線のあちこちで小さな部隊が国境を越えたようだな。

 確かにガゼノラ帝国が本格的にこの国を奪いに来るなら、大部隊を集中して攻めてくるはずだ。陽動にしても規模が小さすぎる。こちらの対応を見る威力偵察と言ったところか。


「ならば少し脅しをかけて、黙らせるか」


 飛行艇を各地に派遣する。そこに俺が行き、「この土地に侵入する者は、この魔王が容赦しないぞ」とでも言いながら爆弾を落とせばいい。


 一番迅速で効果のある攻撃だ。早速準備し、順次国境に向け飛行艇を発艦させる。


 リザードマンは初めて見る攻撃に驚いたのか、国境を越えた部隊はあっさりと自国へと引き返して行った。長い国境線、多少時間は掛かったがガゼノラ帝国の全部隊を排除する事ができた。


「これでやっと、枕を高くして寝られるぞ」


 という、メディカントに各地の領主から、治安維持のための部隊を派遣してほしいとの要請が入った。

 すまんな、メディカントよ。ゆっくり眠れるのはもう少し先になりそうだな。


 内政もまだ落ち着いていないこの時期、ガゼノラ帝国がまたちょくちょくと国境を越えて来ると面倒な事になるな。

 侵略してきたのは、帝国の方だが、謝りに来いと言ってもこちらに来るはずもない。一度、ガゼノラ帝国に赴き皇帝と話をした方がいいだろうな。


「リカールス。すまんがゲルマニドス皇帝に親書を送ってもらえるか」

「はい、内容はどういたしましょう」

「国境を越えたことへの謝罪と賠償を求める内容を。使節団には俺とリカールス、君にも付いて来てもらいたい」

「それはもちろん。魔王様との二人旅なんて素敵ですね」


 いや、いや。使節団として帝国との交渉に赴くだけなのだがな。

 そんなリカールスを見て、ピキュリアが羨ましそうな顔をしているが、国内の事もある。そちらをメディカントとピキュリアに任せ、従者の獣人を引き連れて馬車でガゼノラ帝国へと向かうとしよう。



「魔王様、ガゼノラ帝国は力による支配を良しとする国です。小さな部族の集まりで、その部族をまとめる力を持つ歴代の皇帝によって統一されています」


 馬車に揺られながら、敵国の内情などをリカールスが説明してくれる。元リザードマンと言うだけでなく、帝国の事をよく調査してくれているようだ。


「国土の半分以上が砂漠に覆われ、北部地域の湿地帯を中心に部落が点在しています」

「この砂漠の先、南部地域はどうなっているんだ」

「行った者もいなくて、どうなっているかさえ分からないみたいですね。国土の割に人口は少なく、国力は小さいです」


 それでも、国境を越えて攻め込もうとしてくる。神の土地だとかいう思想なのだろうが、下手をすれば反撃を受けて国全体が亡びてしまうぞ。敵国ではあるが心配になってくるな。

 それだけに、俺達魔族の事が気になるのかもしれん。親書を出してすぐに俺達の使節団を受け入れると回答してきた。


 相手の帝都までは、ここから馬車で二十日の旅になる。今まで外交で付き合いのある文官やその護衛も連れて行かねばならん。俺だけ空を飛んでいく訳にもいくまい。


 馬車での移動の間もリカールスとどのように交渉を進めるのか詰めていく。だが長い馬車の旅だ、打ち合わせの途中にもリカールスが甘えてくる。


「ねえ、魔王様。二人っきりは久しぶりですね」

「皇国攻略で忙しかったからな」

「あの時は本当に心配したんですよ。たったおひとりで帝都に攻撃を仕掛けるなんて」

「すまんな。いつも我がままを聞いてくれて」

「いいえ、眷属みんなの事を思ってのことでしょうし……。魔王様、血を吸ってもらえませんか」


 まあ、この馬車には二人しか乗っていないし、日頃リカールスには世話になっている。頑張っているリカールスにはご褒美も必要だろう。


「あ、ああっ……。やっぱり魔王様とのひと時は至福ですわ」


 膝の上に乗せたリカールスが、首に抱きついて唇を重ねてくる。確かにこういう時間が必要だったな。それは俺も同じだ。戦いに明け暮れていた今までが異常だったのかもしれん。だが、あと少しみんなには頑張ってもらおう。


 森を抜け、見えてきたのはガゼノラ帝国の帝都。森と湿地に囲まれた大きな都市だ。街へ入るにはこの一本橋を通る必要がある。橋の手前で使節団である書類を見せ五台の馬車が橋を渡る。


「守りに堅い都市のようですね」

「そうだな。だが上空はがら空きだ。落とそうと思えば半日で落とせるだろうな」


 予め書状によって通知していて、簡単な書類確認で控室に通される。


「茶菓子ぐらいはあってもいいと思うのだがな。リザードマンの食生活はどうなっているんだ?」

「主食は魚や川に住む動物ですね。お菓子と言った洒落た物はあまりありませんが、果物は美味しいですよ」


 いずれにしても生で食べるか丸焼きにするような食生活で、料理というのは発達していないらしい。出された飲み物はコーヒーのようだ。俺は紅茶の方が好みなんだがな。

 今回は、親善ではなく謝罪の要求だ。あまり歓迎されてはいないのだろう。さて、この国の皇帝がどんな態度を取ってくるか見極めないとな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る