第8話 ガゼノラ帝国2
控室のドアがノックされ案内役の男が入って来た。身なりの良い服を着ているから、貴族ではないにしてもそれなりの身分なのだろう。壮年なのか老年なのかリザードマンの年齢は俺には分からんが、ベテランの域に入った者のようだ。
「魔王御一行様、皇帝陛下の準備が整いました。謁見の間へご案内いたします」
礼儀正しく一礼し前を歩くが、その前後を兵士に囲まれている。豪華ではあるが冷たい大理石の廊下を歩くと、カツン、カツンと俺とリカールスの靴音が響く。
リザードマンは足の甲をカバーする靴を履いているようだが、裸足のようで足先の水掻きが見える。足裏は肉球なのか、歩いていても全く音がしない。絨毯を敷かないのは防犯のためか?
その長い廊下を歩いた先にある皇帝が居るであろう謁見の間。その大きな扉の前で止まる。
「ここより先は、武器の携行が許されておりません。こちらに武器を置いていただけますでしょうか」
兵士に促されてリカールスと文官の獣人が護身用の短剣をテーブルの上に置いた。
案内役が俺の方を見て武器は持っていないのかというような顔をしているが、俺に武器は不要だ、いつも持ち歩いてなどいない。前を見たまま立っていると案内役と兵士は下がり扉が開く。
中に入ると前方には三段の階段の上、椅子にふんぞり返るように座っている男がいる。こいつがゲルマニドス皇帝か。その横には宰相らしき人物と四人の近衛兵が側に付き、壁際には全身鎧に包まれた兵士がハルバートを持って居並ぶ。多分、全属性の魔法耐性がある鎧だな。
「よく来たな、魔王。予が帝国皇帝ゲルマニドス・アルドア三世だ」
抑揚のない低く太い声で名を告げる。芝居がかる事もなく冷静で感情を表に出さない口調だ。
周りのリザードマンよりひと回り大きな体で青味の強い緑の鱗、椅子の横からは大きなしっぽが床へと落ちる。鷹揚なままこちらを見つめる。
じっとしているこちらに、神経質そうな宰相が物言う。
「皇帝陛下が名を告げられた。そちらも名を申されるのが礼儀であろう」
そう言う事か。
「すまなかったな。我は魔族の王、ヴァンパイアである。この世でただ一人、唯一無二の我に名などない」
本当は名があるのだが、すごく長い。ここでその名を口にすれば、バカにしているのかと言われかねんからな。
そんな横柄な俺の態度を見、皇帝も口を出す。
「おぬしら二人は予の前で
従者は獣人の役人。今までの慣例上そのような事をしているのだろうが、俺とリカールスにとっては関係ない話だ。
「これが無礼だと言うなら、高い位置で座るお前も相当無礼ではないか。我らは貴様らの謝罪を受けに来たのだぞ。我に対しそのような不敬な態度を取って良いと思っているのか」
そう言い放つ俺に、横に立つ宰相がヒステリック気味に叫ぶ。
「そのような物言い、皇帝陛下に対しての侮辱罪である。無事帰れるとでも思っているのか」
宰相が片手を横に上げ壁際に目を向けると、居並ぶ兵士が一斉に武器を構えた。俺は背中から黒い翼を広げ、リカールスを片手で抱き寄せ宙に舞う。
空いた右手を壁際の兵に向けて振り、連続の風魔法と岩魔法を放つ。風は武器を粉々に切り刻み、岩は鎧の兵ごと壁に打ち付ける。ガチャンと金属がひしゃげる大きな音と共に、五、六人の兵士が戦闘不能となり床に転がる。
体を反転させて左側の兵士に手を向けた所で、ゲルマニドス皇帝が俺に声を掛けてきた。
「すまぬな。これは余興だ。レイズモンド、早まるな」
椅子に座ったまま、隣りにいるレイズモンドと呼ばれた宰相に片手を上げて、後ろに下がるように指示する。
「そうか、余興か。危くお前の部下全員を殺してしまうところだったぞ」
こちらも死なぬよう手加減はしたが、要は実力を知りたいと言う事なのだろう。リザードマンの国では力が全てというお国柄だ。床に降り黒い翼を背に仕舞いつつ、皇帝の顔を見据える。
しかし外交の場でそんな事するのかよ。国家同士の話というより部族間の抗争のように考えているんじゃないだろうな。
おい、リカールス。もう俺の傍から離れてもいいんだぞ。なぜ俺の胸に頭を埋め、腰に手を回したまま抱きついている?
「今回の越境の件、国境付近の辺境部族が先走って行なった事。まあ、良くある事でな」
「皇帝よ。いかなる理由があれ、もし我の眷属に対して危害が及ぶようであれば、獣人の国と同じ事がこの帝国でも起きるであろう。注意する事だな」
国境の越境は皇帝が仕組んだものだ。先ほどの、宰相の茶番劇もそうなのだろう。皇帝の意と異なる事を帝国内で勝手にする事など不可能だ。様子を覗い、もし失敗すれば他の者がやった事だとして納めるつもりだろうな。
それに対して我らは一切の容赦はしないと、俺に抱きついていたリカールスがすくっと横に立ち皇帝に要求を突きつける。
「辺境部族とは言え、その責は帝国として取ってもらいたい。帝国に対して、正式な謝罪文と損害賠償金を要求いたします」
きっぱりと言ってのけるリカールスに皇帝は目をやり、こちらの表情を覗いつつ静かに物言う。
「分かった。その申し出を受け入れよう。詳細については後ほど話し合おうではないか。ここまで長旅だったのだろう。宴を用意している。ゆっくりするが良い」
あっさりと要求を受け入れ謝罪したな。これも事前に決めていたシナリオのひとつなのだろうが、決断が早い。こちらとしても皇帝のこの言質が取れれば上等だ。
皇帝は椅子から立ち上がり階段を降り、こちらに歩み寄ってくる。
「貴様は気に入った。今後、良き隣人として付き合ってほしいものだな」
先ほどまでの物言いとは違い、大声でフレンドリーに接してくる。
隣りのリカールスが帝国風なのか、膝を軽く折り服の裾を持ち会釈する。俺はそのまま右手を出す。
「んん、なんだこれは?」
「握手というものだ。右手を同じように出せ」
皇帝が出した手を握り握手する。戦わずとも話で解決できるなら、それに越したことは無い。このような事をリカールスひとりに任せるのも酷な話だ。俺が出張って解決できるならその方がいい。
「横の女はお前の妃か。中々肝の据わった良き者だな。宴では予の妃も紹介しよう」
ガッハハと高笑いして横の扉へと消えていった。リカールス、顔を赤くしてモジモジしなくてもいいぞ。
ここの皇帝は皇国の天子と違って、話の分かる男のようだ。だが、国というよりも部族の親分同士と言う態度で接してくるな。
皇帝の権威や体裁など気にした様子もない。国内も国外も力でねじ伏せれば良いと言う単純な考えなのかもしれん。前世の薄汚れた政治家共に比べれば、よほどましだがな。
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