その④

「不可解な点?」

「ええ…。今回、私たちはお忍びで屋敷を抜け出しています」

「ああ、成程」

 そこで桂馬は合点がいったように頷いた。

「道理で。大切なお嬢様と一緒に居るのに、護衛が一人だけで、おかしいと思ったんだ」

「そうですね…」

 まさかこんなことになるとは考えていなかった、浅はかな自分に嫌気が差しつつ、明美は続けた。

「あの男は、私たちがタクシーの予約を取っていることを知っていたのです。それで、駅に到着していたタクシーの運転手から車を奪い、私たちをさらいました。これは、おかしい…というか、気味が悪いことですね」

「そうだな。お忍びで家を出たのに、どうしてそのことを知っているのかって話だよ」

「最初は、家の者に抜け出したことがバレて、無理やり連れ戻されそうになっているのだと思いましたが、男たちの言動を見る限り、それはありませんでしたね。あれは、確実にお嬢様を誘拐しようとしていました」

 桂馬が誘拐された天音を救出し、二人の男の内一人を戦闘不能にしたというのに、後味の悪いものが残った。

 川の湿気を孕んだ、生温い風が橋の下を通り抜ける。

「別に、あの男たちの正体なんてどうでもいいわよ」

 口を開いたのは天音だった。

「反社会的な人間から恨みを買ってるのは、私のお父さんでしょう? その火の粉が私に降りかかるなんて、とんだとばっちりだわ。それで、私の行動が制限されてたまるかって話」

 天音は桂馬を指して言った。

「あんたの実力はわかってる。そして、信頼してる」

「おう」

「私はこのまま、お母さんが入院してる病院に行くわ。あんたも一緒に来なさい」

「おう! 任せとけや!」

 明美の不安を他所に、勝手に話を進めてしまう天音と桂馬。

 明美としてはまだ、すぐに屋敷に戻った方が良いと考えていたが、やはりお嬢様の指示には逆らえなかった。

 心臓が逸り、頬を冷汗が伝うのを感じながら、天音に問う。

「あの…、本当に、お母さまの病院に行くつもりですか?」

「当たり前じゃない」

 頬を膨らませる天音。

「せっかく外に出たんだから、最後までやり遂げるわよ! もしまた、変な輩が襲ってきたら、桂馬が蹴り殺してくれるし」

「おう! 蹴り殺すぜ!」

「お嬢様も桂馬様も、物騒なことは言わないでください」

「桂馬! 遠慮なくやっちゃっていいからね! 堂々咲家の力で隠蔽してあげるから!」

「そういうところで、他者から恨みを買うのではないでしょうかね?」

 とにかく、天音がもう意思を曲げないとわかった明美は、腹を括った。

 屋敷を抜け出してきた時点で、首になる覚悟も、命がけでお嬢様を護る覚悟もしたのだ。もうやるしかないと思った。

「…わかりました、私はお嬢様のメイドですからね…、お嬢様の意思に従います」

「よし! 決まりね!」

 そうと決まった天音は、立ち上がり、力強く拳を握った。

「じゃあ、まずは、お母さんへのお見舞いを買いに行くわよ!」

 桂馬もやる気に溢れた顔で頷くと、足元のぺんぺん草をちぎって口に放り込んだ。

「よっしゃ、じゃあ、行きますか」

「ってか、あんたさっきから何食べてんの?」

「草」

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飛べ! 桂馬‼ バーニー @barnyunogarakuta

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