その③

 明美と天音に「気持ち悪い」と言われた桂馬は頬を痙攣させた。

「ま、まあいい」

落ち着くため、生えていたヨモギの葉をちぎって齧る。そして、なぜ「キメラ」になったのかを説明した。

「あんたらは知らないと思うけど、十四年前に、『島田』っていうマッドサイエンティストが居てだな…、そいつが開発した『キメラ製造機』の実験体にされたんだよ。どうしてそんなことになったのか…、話したら一日以上かかるから聞くな」

 蹄で地面を打ち、カツン! カツン! カツン! と乾いた音を立てる。

「というわけで、オレは、上半身は人間、下半身は山羊のキメラになっちまったわけ」

「ってことは、赤ちゃんのころにはもうすでに、その身体ってこと?」

「…まあ、そうだな。おかげで、不便と思ったことはねえ。これが当たり前だからな…」

「…そうですか」

 桂馬がどうしてキメラになったのかを知った明美は、それから、彼の傍でシロツメクサを貪っている山羊の方を見た。

「ええと…、じゃあ、これは」

「こいつか? こいつはオレの『オヤジ』だよ」

 桂馬はそう言って、オヤジの頭を撫でる。オヤジは草を咀嚼しつつ、「めえっ!」と鳴いた。

「走り方、戦い方は全部オヤジに教わった。生き方も、食べ方もな」

「ということは…、このミディ…じゃなくて山羊は、名前通り『親父』さんってこと?」

「今、ミディアムって言おうとした?」

 天音の不穏な発言に戦々恐々としつつ、桂馬は頷いた。

「ああ、言葉と人間界での生活は流石に人間に教えてもらったけど、こいつはオレの父親みたいな存在だな。ってか、オレよりも強いし」

「はあ…」

 明美が恐る恐る手を伸ばすと、オヤジは身を屈めて、頭を撫でやすいようにした。

「佐藤! 噛まれるかもしれないから近寄らないで!」

「大丈夫ですよ」

 大げさな天音を微笑ましく思いつつ、オヤジの頭を撫でる。雨風に晒されながら山道を走り回っている割に、さらさらとした毛並みをしていた。皮越しに堅い頭骨の感触もわかる。

 人間に慣れているおかげで、オヤジは嫌がる様子を見せなかった。むしろ、「めへええ…」と鳴いて、気持ちよさそうだった。

 明美は指を滑らせ、オヤジの喉、脚、腹の順に撫でる。

 そして、悲鳴をあげた。

「きゃああああっ!」

「佐藤! どうしたの? 噛まれたの? 佐藤!」

「この山羊、おっぱいがありますよ! おっぱいがいっぱい!」

「ほんとだ! オヤジじゃなくてオフクロだ!」

 キーキーと騒ぐ二人に、桂馬は白けたような顔をする。

「別に名前がオヤジってだけで、雄とは言ってないぞ。角も無いし…」

 天音と明美がオヤジを愛でるのを見届けた後、桂馬は話を元にもどした。

「ちなみに、オレの脚は、オヤジの遺伝子を元に構成されているんだ。まあ…、使い方も鍛え方もオヤジの方が上なんだが…」

 言いかけて首を横に振る。

「ま、オレの話はこんなところだな」

 用心棒の山羊男の素性が割れたところで、桂馬は二人に聞いた。

「…これからの話をしようじゃねえか」

 その質問に、天音と明美は目を見合わせて口を噤んだ。

 桂馬は地面を這うようにして生えていたハマヒルガオの蔦を引きちぎり、スルメを食べるみたいに、ちびちびと齧った。

「契約した以上、オレは用心棒としてあんたらを護るが、その前に知っておく必要がある」

 桂馬の目が神妙に輝く。

「さっきの連中はなんだよ」

 さっきの連中…つまり、天音を誘拐しようとした男たちのことだった。

 明美は言いにくそうに口を開いた。

「…わかりません」

「わからないって…。心当たりはあるだろうよ」

「…そうですね」

 隣に座っている天音を抱き寄せ、犬をあやすように頭を撫でる。天音はまんざらでもないようだった。

「堂々咲家は、戦前から続く名家。家を存続させるために、いろいろな黒い部分に手を染めてきました。その分、いろいろな人間から反感も買っています。あまりお嬢様の前では言いたくありませんが、お嬢様を狙う輩が居てもおかしくありません」

「天音を誘拐したら、身代金がもらえるとか、うっぷん晴らしができるとかな」

「きっと動機はそうなのでしょうが…、少し不可解な点がありまして」

「不可解な点?」

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