その②

【桂馬、天音、佐藤、オヤジ】

 現場から離れた桂馬、天音、明美の三人と、オヤジは、ある川の橋の下に身を隠した。

 薄暗いが、土がからっと乾いたその場所に腰を下ろした桂馬は、自身の胸を指しながら、目の前の天音と明美に言った。

「それじゃあ、改めて自己紹介だ。オレの名前は、鈴白桂馬。日雇いの用心棒をしながら生活してる」

 傍に生えていたタンポポの葉をむしり、口の中に放り込んだ。

「さっき、天音のお嬢さんに、用心棒として雇ってもらったわけだが、その実力は、さっきの活躍を見てもらった通りだ」

 葉を咀嚼しながら、きりっとした目で言う。

 ドンッ! と胸を強く叩いた。

「この鈴白桂馬さまに任せとけ。契約したからには守り抜くからな」

 力強く言う桂馬を見て、天音が明美に耳打ちをする。

「ねえ、佐藤、私、自分のことを『○○さま』って呼ぶ人を初めて見たわ」

「お嬢様、私も二十六年生きておりますが、初めて見ました。これは貴重なので、よく目に焼き付けておきましょう」

「お前らぶっ飛ばされたいの?」

 とはいうものの、桂馬のその自意識過剰とも思える自信に思うことがあって、明美は恐る恐る聞いた。

「あの…、確かに、桂馬様の実力、拝見いたしました。弾丸のように飛び出し…後は見えていませんが、見事、お嬢様を誘拐した人たちを打ちのめしましたね…」

 ちら…と、桂馬の足元を見る。

「あの…、その足は、なんですか?」

「ああ、これか?」

 桂馬は面倒くさそうな顔をしながらも、袴の裾をまくり、彼の下半身に備わった山羊の足を見せた。

「見ての通り、山羊の足だよ。言わなかったか? 『オレの脚は山羊の脚』って」

「言われましたけど…」

 佐藤が聞きたかったのは、「彼の脚がなんなのか」ではなく、「どうして山羊の足があるのか?」だった。

だが、人を見た目で差別してはいけないこの時代、深く追求することも憚れた。

 まあ、きっと、複雑なことがあったのだろう…。

 そう思い込むことにして、口を噤んだその時…。

「ねえ! どうして山羊の脚なんかになったのさ」

 箱入り娘の天音が、容赦なく聞いた。

「お嬢様!」

すかさず天音の口を塞ぐ。

「いいですか? 堂々咲家のご令嬢とあろう方が、人の見た目にケチをつけるのはいけません! 例え、見た目が気持ち悪くとも、口を出さないのが大人の対応! いいですか! 例え気持ち悪くとも!」

「いや、私気持ち悪いなんて一言も言ってないんだけど。確かに気持ち悪いけど」

「おい…」

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