第六章『猫動く』

【斎藤】

 もうすぐ○○駅に着こうとするとき、斎藤のもとに一本の電話がかかってきた。

 出るか出まいか迷ったが、液晶に表示された名前が「篠宮」だったため、仕方なく携帯を開き、耳に当てる。

「もしもし、私だ」

「報告っす」携帯の向こうからは、若い女の声が聴こえた。「さっき、烏の偵察隊から報告がありまして…、誘拐されたお嬢様は危機を脱したみたいっす」

「あ…?」

 斎藤の声が裏返る。

 動揺からか、走行するリムジンが少しだけぶれる。

「…どういうことだ? 二人は、タクシーに乗り込んだのだろう?」

「はい、猫の偵察隊で確認済みっす。ですが、その後、空中を監視していた、烏の偵察隊の報告では、『脱出された』と…」

「まるで意味が分からん」

 斎藤のこめかみに血管が浮き出る。

「相手は、女二人だぞ? 私の…」

 言いかけて、やめる。代わりに、電話の向こうの女が言葉を紡いだ。

「斎藤さんの舎弟っすからね、抜かりは無いはずなんすけど」

「………」

 舎弟…という言葉に嫌なものを覚えつつ、斎藤は咳ばらいをした。

「もう少し詳しい話を要求する。どうして脱出されたんだ?」

「ごめんなさいっす。動物の偵察隊の行動範囲は威武火市全域っすけど、対話に難ありっすからね。まだ『逃げられた』っていう報告を受けただけなので…」

「そうか…」

 苛立ちを隠しきれないまま頷く。

「あいつらには、私の方から直接連絡を入れる。篠宮、お前は引き続きお嬢様を、偵察隊を使って探せ。そして、隙があれば、お前がお嬢様らを誘拐しろ」

 本来、天音らを屋敷に連れ戻すのを目的としているというのに、斎藤の口からは物騒な言葉が洩れた。

「私も、すぐに向かうから…」

 そう話して通話を切った斎藤は、前を向き直る。

「くそ…、何が起こっているんだ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る