その⑤

「おい…」

 明美が呆れていると、向かい側からタクシーが猛スピードで走って来るのが見えた。

 フロントガラス越しに、怒りで顔を真っ赤にした偽運転手が確認できる。

「あ…、あの男、意識を取り戻したのか…」

 道路の端に停車した車。その前に倒れている仲間。その仲間を横目に握手を交わす桂馬と天音、そして明美を見た男は、歯を食いしばり、さらにアクセルを踏み込む。

 タクシーが加速し、桂馬らに迫った。

「おっと、突進してくる気だな…。これは分が悪い」

 桂馬はへへっと笑うと、手を握ったまま天音を引き寄せ、脇に抱えた。

「え…何するの?」

「ここから離れる。明美さんはオヤジに跨ってくれ。振り落とされんなよ」

「わ、わかりました」

 言われるがまま、オヤジの屈強な背中に跨る明美。

 車が突進してくる次の瞬間、桂馬とオヤジは地面を蹴り、その場から離脱した。

 三人と一匹が視界から消えたため、急ブレーキをかけるタクシー。タイヤは地面を激しく擦りながら、路肩の車に当たらないギリギリで停まった。

 辺りに立ち込める焦げ臭さ。

「おお、怖いね」

 それを民家の屋根の上から見ていた桂馬は、大げさに肩を竦め、また跳躍した。

「とりあえず、あいつらのいない場所で作戦会議だ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る