その④

 一仕事を終え、これから向かう堂々咲邸の庭に生えた芝の味に想いを馳せていると、天音が「ちょっと!」と声をあげた。

「佐藤! もしかして、帰るつもりなんじゃないでしょうね!」

「…そのつもりですけど」

 明美は嫌な予感を抱きつつ頷いた。

「お嬢様、まさか、帰らないおつもりですか?」

「当然じゃない!」涙を引っ込め、顔を赤くしながら地団太を踏む天音。「私はお母さんのところに行くの!」

「気持ちはわかりますが、お嬢様は誘拐されかけたのですよ? 流石に、これ以上は…」

「やだやだ!」幼子のように駄々をこねる。「ちょっと誘拐されかけただけじゃない! それに、誘拐した男は、この山羊男が倒してくれたし、もう大丈夫だって!」

「お嬢様、万が一…ということもありまして」

「それを何とかするのが、あんたの仕事でしょうが!」

 言葉の槍が明美の胸に突き刺さる。

「ぐふっ!」

 明美は唸ると、その場に膝をついて蹲った。

「…そうですよね。確かに、あのタクシーの異変に気付かず乗り込み、易々お嬢様を奪われたのは、私の落ち度でございます…。ああ…、私はいつもこうだ。給料安いし、旦那様にはセクハラされるし、仲間には怒られてばっかりだし…、婚期逃しそうだし…」

「ご、ごめんってば!」

 涙を落とす明美に、天音は慌てて駆け寄った。

「佐藤はよくやってくれたって。ごめんね、酷いこと言って…」

「じゃあ、一緒に屋敷に帰ってくれますか?」

「それはヤダ」

 それはそれ。これはこれ。

 母のところに行くと決めている天音は、はっきりと首を横に振った。

「おい、どうするんだよ」

 締まらない会話を続ける二人に、桂馬が痺れを切らして聞いた。

「オレはどっちでもいいぜ? 何処か行きたいところがあるってんなら、このまま用心棒としてついていってやる。もちろん、その分報酬はいただくけど」

 その言葉に、天音の目が輝く。

 すかさず、明美が言った。

「桂馬様! お嬢様に変なことを言わないでください」

「よし! 決めた!」

 天音が振り返り、桂馬を指す。

「あんたを雇うわ!」

「いくらだず?」

「庭の芝十キロ! あと、海外から取り寄せた岩塩もあげちゃう」

「乗った!」

 天音と桂馬が力強い握手を交わす。

「「交渉成立!」」

「おい…」

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